カミラ
リアムが死の森に踏み込んだとき、リアムの母親――もといカミラは良からぬ気配を感じて目を覚ましました。
カミラは窓の外を見やります。そこにはうつくしい銀世界が広がっていました。
いつか夫と出会ったときも雪が降っていました。カミラはぼんやり当時のことを思い出しています。
リアムが生まれる前、カミラがまだ少女だった頃のことです。カミラは都会に住んでいました。
彼女の家は古くから続く由緒ある家系で、今とはちがう裕福な暮らしをしていました。
ある日、カミラはお祖父さまと車に乗ってこの町へ訪れていました。あの教会の墓地にカミラのお祖母さまが眠っているのです。
カミラはお祖母さまのことが大好きでした。しかしカミラは赤いドレスが雪で濡れてしまうのを嫌がって、馬車から降りようとしません。困り果てたお祖父さまは1人で教会に行ってしまいました。
それからしばらくして、カミラはあんまり寂しくなったので泣き出しました。お祖父さまは神父さんとおしゃべりをなさっているようでなかなか戻ってこないのです。
すると、窓の外に青年が顔を出しました。
彼はカインという名で、のちにリアムの父親となる人です。
カインはカミラに話しかけます。
「お嬢ちゃん、こんなところに独りでどうしたんだい?」
カミラは知らない人が話しかけたことによる驚きでさらに泣き出します。
「お祖父さまが戻ってこないのよ! お祖父さまはわたしのことを忘れてしまったのかしら。私はきっと狭くて寒い車の中で凍え死ぬのだわ……」
カミラが涙を拭うために白い手のひらで顔を覆った途端、車の扉が開きました。そしてカインはカミラを抱き上げ、急いで教会に運び始めたのです。
しかしカミラは今まで男の人に抱き上げられたことがなかったので、不安で体を震わせました。
「僕はこの教会に庭師として働いているんだ。力には自信がある。だから安心しておくれ」
カインは教会の入り口にたどり着くと、カミラを降ろして言いました。
「今は冬だから花は咲かないが、もうすぐクリスマスで準備することがたくさんあるんだ。僕は庭づくりは誰にも負けない自信があってね。クリスマスになったらまたきておくれ」
その瞬間、カミラは気づいてしまいました。カミラはカインのことが好きになっていたのです。
それからカミラはお屋敷を抜け出してはカインに会いに行くようになりました。
そしてふたりが結ばれるのにそれほど時間はかかりませんでした。
カミラは「カイン」が戦場から帰ってくることを思い出しました。
『今日はあの人が帰ってくるんだわ。たくさんご馳走を用意しましょう……。そしてリアムをたくさん甘やかしてやるんだわ……。私のかわいいリアム。カインとよく似た愛しい我が子。あの子は幸せに育て上げなければ。これからの不幸にあの子を触れさせてやるものですか』
それからカミラはリアムにおはようのキスをしようと子供部屋へ向かいました。
母親は落胆と焦燥と共に、目覚めたときに感じた良からぬ気配の原因にようやく気がつきました。
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