episode5 幻夢
俺は今、夢を見ている。
夢を夢だと認識している……なんだっけか、
今まで明晰夢なんて見たこともなかったが、まるでゲームのイベントシーンを登場人物の視点で見ているような気分だと感心してしまう。まるでVRMMOだ。
手足どころか口すら自分の意思では一ミリも動かせないことに関してはとても残念だが、それでも俺の心は少し躍っていた。
『…………』
夢の中の俺?なのか誰なのか。とりあえずこの夢の主人公は、見たことがあるような無いような。そんな一軒家のL字階段を上っていた。
手に4つのおにぎりと、2つのみそ汁が入った器を乗せた御盆を持って。
(……誰かの看病でもするのか?)
家の中から物音一つしない静かな空間に、トントンと足音が響く。
そのまま階段を上りきった俺視点の誰かは、その先にある可愛らしいピンク色のドアプレートが掛けられた扉を軽く2.3回ノックした。
コン、コン、コン。
しかし返事はない。俺の視点の誰かはもう一度をドアをノックする素振りを見せるが寸前でそれをやめ、室内にいる誰かに語り掛ける。
『日葵さん。開けても大丈夫か?』
…………生まれてから十数年毎日聞いている声が、俺視点から出た。
短い言葉だったが、間違いなく俺の声色。
端的に言えば”俺視点の誰か”は俺だった。
この夢の主役?が自分であることに少し高揚感を覚えてしまうと同時に、よく考えてみるとここが日葵さんの家の間取りと同じだということに気づく。
日葵さんがウチに来ることは多くても、俺達が日葵さんの家に行くことは少ない。最後に言ったのは俺が中2だか中3年の夏ごろだっただろうか。もう丸2年くらい前のことだ。
『……入るぞ?』
夢の中の俺は"返ってくるはずのない返事"を待たずして、手慣れた様子で部屋の中に入っていった。
室内は、俺の記憶とほぼほぼ一致した、シンプルかつ可愛らしい小綺麗なものだった。電気がついていないために鮮明には見えないが、暖色の木製家具で統一されている。
シンプルながらも木製のウォールシェルフに座っている数体のぬいぐるみや、向日葵のリースなど、部屋のレイアウトに力が加わっていて、とてもオシャレだ。
────ただ、だからこそ窓際に設置されたベッドと、その周辺が異様な雰囲気を醸し出しているように思えた。
カーテンから月明かりと街頭の光だけが差し込む、そんな薄暗い部屋だからか、余計に。
『………ご飯、持ってきたからさ。一緒に食おう。』
夢の中の俺はベッドまで歩み寄ると静かに腰かけ、サイドテーブルにお盆を置いた。
そしてベッドの方へと視線を向ける。
(…………。)
そこにいたのは、栗色の伸びきった髪にハイライトを失った琥珀色の瞳を持つ、酷くやつれた女性。
『……日葵さん?』
今朝俺が見た彼女のとは似ても似つかないが、間違いなく”朝吹日葵”その人だった。
彼女は俺の姿を確認するなり、大粒の涙を流す。
『……ぁ、ごめ……。私が、私のせいで……!』
途切れ途切れの言葉を発する日葵さんの頬には、幾重もの雫の跡があった。目元もむくれてしまっている。
そんな彼女に対して、俺は『違う。日葵さんは何も悪くない。』とだけ否定の言葉を口にして、
『……ほ、ほら、今日は具沢山のみそ汁作ってみたんだ!全部食えなくてもいいからさ、この油揚げとか大根とか少しでもいいから食ってくれよ!』
努めて明るく振舞っている。
割れてしまった陶器をボンドやガムテープで無理やり修復するようなその行為は、一人称視点では見ていられないほど痛々しいもので。
もういっそのこと■■■の死を■■ったことにしてしまえば、彼女を■■できると、そう思った。
しかし俺の身体は動かないまま、ただただ視点の主である俺の行動を眺めることしかできない。
あくまで傍観者。俺はこうして見ることしかできないのか。
夢の中の日葵さんは、涙をボロボロ零しながら懺悔を始めてしまう。
『…なつめ君。ごめ、なさい。■■は……私が……』
なにか、肝心な部分が聞こえない。耳に水が入ったみたいな、ボヤっとした何かしか聞こえない。
『……ッ、日葵さん。■■■は違うだろ?■丈夫。大丈■だ。』
……駄目だ。何かが聞こえない。けど、妙な焦燥感で地面がふわふわする。地に足がつかない。気持ち悪くなってきた。
『私があの時……少しでも、話して■■!……ちょっと、でも、■にしてればぁ……!』
日葵さんは関係ない。悪いのは全部あいつなんだ
俺が、■■■を■■たようなものなんだ。
…………あ、あれ?なんで俺は、この出来事を"知ってる"んだ?だってこれは夢で、日葵さんは今日も元気で。
だから、俺は知らない。俺はなにも知らないはずなのに────
『………日葵さんッ!!』
夢の中の俺の叫び声で、意識を呼び戻される。ぐわぐわした視界の中で、確かに虚ろな日葵さんと目が合った。
今朝見た琥珀色の瞳と同じはずのソレは、底なしの穴のようで、どこまでも落ちていってしまいそうで。
思わず目を逸らしたくなるが、夢の俺は彼女の瞳を離さない。
『このま■じゃ……俺が、日■さんが、死んじ■うよ。』
『……で、でも、私は『俺たちは、まだ駄目だ。意味■、分か■よな?』
彼女が言葉を紡ぐ前に、夢の中の俺は言葉を重ねた。
耳の中に水が入った感覚がまだ抜けない。夢だとわかっているのに酷く頭が痛い。
そしてそのまま、口を開く。
それが最良の選択だと信じて、俺の一言で、全てが終わってしまうなんて気づかずに。
『……もう、■■■のことは忘れよう。日葵さ■。』
xxxxx xxxxx xxxxx
「…………っ!!」
嫌な汗と、プレス機で押しつぶされるような頭痛、そしてカーテンの隙間から差し込む月光で目を覚ます。シャツが湿っていて気持ち悪いし、まるで何か病気にでも罹ったんじゃないかと錯覚するほどに体の内側に熱が籠って仕方ない。
……夢の内容を思い出す度に、得体の知れぬ吐き気に襲われた。実際今にも戻してしまいそうだ。
とりあえず落ち着こう。深呼吸すれば今にでも吐いてしまいそうで、だから水を一杯飲めば少しはマシになるはずだと口を押さえながら小走りで洗面台に駆け寄り、蛇口を思いっきり捻る。
服に水が跳ねるが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「……うっぷ……おえっ……。」
水道水を口に含むと同時に、喉の奥からせり上がってくるものを必死に抑えつけるも、手遅れだったようだ。もう喉の上の方まで逆流していたブツはそのまま全部洗面台にぶちまけられた。
「……おえ………うぇっ」
しばらくすると、ようやく胃液しか出なくなった。それでも不快感は消えないままだ。
「はぁ、はぁ。………一体何だったんだ、アレ。」
やっと落ち着いてきたところで、俺は鏡に映った自分の顔を見る。
「…………。」
そこには、何か言葉をかけてやることすらできないほどの顔をした俺がいた。
姉さんに似た、"凡そ好青年"は見る影もない。
見たこともないほど青ざめた血色の悪い肌が、今自分にどれほどの負荷がかかっているのかを物語っている。
「うっ………ふぅ。」
なんだか鏡の自分すら見たくなくて、吐瀉物がこびりついた洗面台に視線を落とす。
あれ、そういえば。
─────俺は、いつ寝た?
学校に行って、始業式を終えて、建駒さんにボールペンを返してもらって。
それで─────?
"久遠と電車に乗って"、"家に帰って"、"姉さんの用意してくれたご飯を食べて"……。
それで、眠くなってたんだっけ。
そうだ。そうだった。
妙な夢のせいですっかり忘れていたけど、"俺は疲れ果てて、ソファの上で転寝してしまった"んだ。
変な夢のせいで不安になってるだけだと自分を落ち着かせるも、夢の中の焦燥感、胸やけが収まらない。
「大丈夫、だろ……。」
そうわかっているのに、心が落ち着くまで俺は、その場から動けなかった。
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