年末のサーファー
kayako
あの日、いちばんやかましい海
その海は汚く、もう2日ほど波が殆どなかった。
僅かに波立つのは、時たま豪雨が降ってくる時だけ。
鈍い銀色の空の下、それでも俺たち二人はずっと、波を待っていた。
年末に来ると言われるビッグウェーブ。その伝説を信じて。
俺は傍らに立つ友に告げる。
「諦めてもいいぞ。命の保障は出来ない」
友は笑って答える。
「いや。君がやる限り、僕もやるよ」
ヘドロの塊が無数に浮く海を眺めながら、俺たちは待ち続けた。
そして――
突如、空の向こうから悲鳴にも似た轟音が響いたかと思うと。
謎の巨大な柱が一本、天からざぶりと海へ突入する。
あれが噂で聞いた、波を生む神の手というヤツか。
柱が海底に到達したのか、ごうっと地面が揺れる。と――
海面が一瞬ごぼりと盛り上がり、またたくまに大波と化した。
「う、うわぁあっ!? 来た来た来た!!」
「こ、これがあのビッグウェーブ!?」
俺たちは波に乗るべく、ボードを蹴って海へ飛び込んだ。
しかし、不規則に荒れ狂う波に揉まれ、何度もボードから落ちかける。
その眼前で、ごぼごぼと嫌な音を立てながら、柱が上空へゆっくり上がっていく。
大きく渦を巻く海面。
俺たちはその濁流に乗り――いつしか、柱の方向へ吸い寄せられていた。
柱の根元、俺たちが引き寄せられる先にあるものは
――ひたすらに真っ黒な闇。
海面に漂う全てのものを飲み込む勢いで、その闇は渦を巻いている。
その渦には当然、俺たちも巻き込まれかけていた。
「何だ、アレ……あんなものが、何故海底に!?」
「離れちゃ駄目だ! しっかり……」
「お、お前も!!」
黒い闇はやがて柱により引き上げられ、その正体を現す――
それは、巨大な籠の形をした塊に、真っ黒なヘドロがびっしりこびりついた、スライムにも似た異形。
あれは――あんな怪物が、この海に。この世界に存在したとは。
大量の海水と共に、スライムの身体から流れ出す体液。その中身は何故か、外側の黒に比してやたら明るい黄土色。やや赤みを帯びたその内容物は、人間の喉から時折吐き出されるアレを思わせる。
伝説の正体は、この怪物だったのか。
波にもみくちゃにされながら、俺は必死で友の手を握りしめて離さなかった。
しかし悲しいかな、俺も友もやがて濁流に飲み込まれていく。
先ほどまでそんな気配はなかったのに、天からは雪が降りそそいでいた。
これも大波と共に降るという、伝説の粉雪……か……
友の手を握りしめながら。
意識を失う刹那、俺が聞いたのは――間違いなく、神の声だった。
「ちょっと、何よこのシンク!?
排水口が詰まりまくって海になってるじゃない! 年末ぐらい、ちゃんと掃除しなさいよ!!」
「仕方ないだろ、ずっと忙しかったんだから!」
「私がいないとすぐこれだ! ゴミ受けも取り出して掃除しなきゃ。
あぁ、水がシンクにたまりすぎて、排水口からゴミ受け引き上げるのさえ一苦労……
嫌だ、何このゴミ受け、真っ黒!!」
「ん?
この二つの米粒……すごく執念深いな。くっついて離れない。
キャベツの切れ端に乗って、必死でジタバタしてる。おもしろ~」
「ほら、重曹振りかけるからどいたどいた!!」
Fin
年末のサーファー kayako @kayako001
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