【File2】黒津神社⑦
【06】後日譚
日付が変わり金曜日になった。
鏑木克己は国道を疾走するミニバンのハンドルを握り、助手席に座る杉本奈緒の話を適当に聞き流していた。
悪友の『JKはシャワーの水滴を肌で
基本的に女子高生は収入がないので、金ばかりかかる。
鏑木は常に最低一人はATM女をキープしているので経済的な問題はない。
だが、それよりも、話題がことごとくつまらない。
今も「クラスの女子の誰々がむかつく」だの「教師の何々がキモい」だの「親が
そろそろ、この女も適当な後輩に払い下げてやるのも悪くないかもしれない。
あえて手
この手の馬鹿な女は、大抵その手法で処理できる事を彼はよく知っていた。
「ねえ、みーくん、聞いてるの?」
杉本が助手席で
鏑木は横目で、あざといアヒル口を作る杉本を
「今、運転中なんだから集中させろ」
「ねぇー、久し振りに会えたのに、どうしてそういう事、言うの?」
鏑木は「ちっ」と露骨な舌打ちをする。
すると、その瞬間だった。
突然、自分のものではない右手がハンドルを握って切る。
鏑木は慌ててブレーキを踏んで、怒声をあげた。
「何すんだ馬鹿野郎!」
最初は杉本が構って欲しくて、分別のない悪戯をしたのだと思った。
しかし、ハンドルを握ったままの右手を見た途端、鏑木は言葉を失う。
その右手は杉本のものではなかったからだ。
青白い血管の浮き出た不気味な白い手。
それは、助手席と運転席の隙間から伸びていた。
杉本も恐怖に顔を
後部座席に何かがいる。
鏑木が恐る恐るルームミラーを
センターラインを乗り越えていたミニバンに大型トレーラーが迫る――
◇ ◇ ◇
気がつくと割れたサイドウインドから遠くの雲間に月が見えた。それは満月になりかけの中途半端な月だった。
全身が重い。
その恐怖を
「あ……ううう……」
運転席から鏑木の
こうなる直前に見た白い右手。あれは、あの神社で目にした物と同じだった。
「な……あ、あ……あ……」
鏑木の言葉にならない呻き。
事故が起こる寸前の彼の横顔がふと脳裏を
ルームミラーを覗き込んだ鏑木の表情には
杉本には、それがどんなものであったのか想像できなかった。しかし、それが何かは良く理解していた。
本物の呪い。
あの廃神社に住まう
『人を呪わば穴二つ』
茅野の言葉が杉本の脳裏に
これは呪い返しなのか。呪いを行使した対価を支払わされているのか。それとも、その両方なのか。
杉本には判然としない。
しかし、彼女にとって、ひとつだけ確実な事があった。
「こ……こんなの、不公平だよ……」
既におかしくなりそうな程の痛みが全身を包み込み、のたうち回りたかった。
思いきって、無理に身体を
その瞬間、
「な、何で……私だけ……こんなの……世界は間違って……おか、おかしいよ……おかしい……私だけ、こんな……私、何もしてないのに……」
杉本の
恵まれない凡庸な弱者の代わりに苦しまなければならないのは、才能を持った恵まれた強者であるべきだ。
そうでなくては、釣り合いが取れない。不平等ではないか。
しかし、世の中は彼女が考えているより、ずっと無情で甘くはなかった。
騒がしい人の声が聞こえるが、誰も助けは来ない。
「……何で桜井は右足一本だけで済んで、私だけこんな……」
結局は才能のある者だけが報われて、凡人は理不尽な運命に虐げられる。
何と残酷な世界であった事か……。
杉本は独りで勝手に世界を呪い、運命に絶望した。
「何で、私ばっかり……」
その言葉と同時に猛スピードで事故現場に突っ込んできた軽トラックが、助手席のドアに衝突した。
ひしゃげたドアが更に杉本の腹部を押し潰し、臓器に致死の損傷を与えた。
それは、
杉本の脳裏に蘇った光景は、彼女がまだ幼き日の事だった。
その日、近くの市民体育館で行われた柔道教室に初めて連れて行ってもらった帰り道。夕暮れの住宅街の路地だった。
もう何年も前に他界した祖父が満面の笑顔で杉本の頭に優しく手を置いて、こう言った。
「奈緒ちゃんには、才能があるよ。柔道、続けなさい」
■ report 黒津神社
農耕が盛んな土地には神社が多くある。
これは農薬や肥料などが存在しなかった頃、農業はまさに神頼みであったからだ。
昔の人々は天に祈りを
しかし、近年の少子高齢化からくる担い手不足により、管理者のいない神社が増えている。
本稿で紹介する黒津神社も、かつては農民たちのせつなる願いを受け止める為に作られたのであろう。
しかし、今ではうらぶれており、その頃の面影は
それどころか夜な夜な
なお、数年前に東京のある映像製作会社が心霊ドキュメントの取材に訪れている事が、近隣住民の証言により判明している。
しかし、なぜかその時撮影された映像はお蔵入りとなったままだ。
危険度ランク【A】
ゆるコワ! ~無敵のJKが心霊スポットに凸しまくる~ 谷尾銀/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun
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