【File1】五十嵐脳病院⑤

 【05】後日譚


 五十嵐脳病院の探索から数日後。

 藤見女子高校部室棟二階にあった倉庫は、すっかりオカルト研究会の部室として生まれかわっていた。

 部屋の中央にあるテーブルは学習机を六個合わせた物だったが、それなりに見映えのするテーブルクロスをかけたので様になっていた。

 茶器類も百円均一で売っているような安物だったが、ひと通りそろっている。

 かつては雑多な荷物が押し込められていたスチールラックはというと、すっかり本棚と化していた。『眼球譚』、『フーコーの振り子』、『ドグラ・マグラ』、『黒死館殺人事件』、ケッチャムの長編、ポーの短編、猟奇犯罪の実録もの、UMAやUFOなどのオカルト関連書籍などなど。例の郷土史研究会報も全巻背表紙を揃えていた。

 すべて茅野の趣味である。

 その他には電気ポットや小型の冷蔵庫まで完備してある。

「……くふふふっ。こういう、ライトノベルに出てくるような部室にずっとあこがれていたのよ」

 ご満悦な笑みを浮かべ、電気ポットのお湯を、カップにセットしたドリップ珈琲コーヒーへと注ぎ入れる茅野だった。

 そんな彼女の様子を、テーブルにほおづえを突きながらまったりと見つめていた桜井が気だるげに言う。

「……でもさー。結局、何にも撮れてなかったよね。幽霊とか」

「そうね」

 五十嵐脳病院で二人が撮影した動画や写真を確認したところ、それらしきものは一つも映っていなかった。

「あーあ。せっかく現地まで行ったのに不思議な事は何もなしかあ……」

 と、残念そうな桜井であった。

 しかし、茅野の方は何とも言えない困った笑みを浮かべる。

「それが、そうでもないのよ」

「え?」

 桜井が目を丸くする。茅野はティースプーンでぐるぐるとカップの中身をかき混ぜながら語る。

「実は、解釈に困っている事が一つあって……」

「何さ?」

「あのスマホなんだけど」

「ああ。そういえば忘れてた。結局、あれはどうなったの?」

「単に過放電でバッテリーがゼロになっていただけだったわ」

「ふうん。で、結局データは見れたの?」

「ええ。ロックは掛かっていたけれど、一度初期化してからデータ復旧アプリを使ったの」

 そう言って茅野は足元のスクールバッグから、あの診察室で拾ったスマホを取りだし電源を入れる。画面を人差し指でなぞりながら操作して、桜井の方へと手渡した。

「その、ピースしてる子が多分、このスマホの持ち主よ」

 画面には友達と一緒に顔を寄せ合い、右手でVサインを作って満面の笑みを浮かべる少女の画像が表示されていた。どこかのカラオケボックスで撮られたものらしい。

 桜井は、そこに映っていた少女たちの制服を見て驚く。

「これ、ウチの学校の制服じゃん」

 茅野が神妙な表情でうなずく。

「この子、まきおりって言うらしいんだけど……五年前に死んでいるらしいの」

「五年前……何で?」

 桜井がスマホを茅野に返却する。それを受け取りながら茅野は質問に答えた。

「交通事故。ほら、あの五十嵐脳病院へ向かう途中の坂道に献花があったでしょう?」

「ああ……あのが供えてあった場所?」

「そう。牧田さんはあそこでトラックにかれて死んだらしいわ」

「そうなんだ……」

「それから、これを見て」

 茅野は立ちあがり、本棚から『郷土史研究会報1』を抜き取る。それから桜井の隣に立ち、最後のページをめくってテーブルの上に置いた。

 茅野は奥付の発行者の欄を指差す。その名前を見て、桜井はきようがくする。

……」

「そうよ。彼女は郷土史研究会だったみたい。これ以外も、すべて彼女の名前が奥付にあるわ」

すごい偶然だね。だって、あたしたち、この郷土史研究会の会報を見て、あの病院へ行く事に決めたんだもん」

「驚くのは早いわよ。梨沙さん」

「え、まだ何かあるの?」

「私、実は牧田圭織さんの顔に見覚えがあったの。そのスマホの写真を見てびっくりしたわ」

「はい?」

 桜井がけんにしわを寄せて首を傾げる。

 茅野は再び自分の座っていた席に戻り、少し冷めた珈琲をすすった。

「……この部屋を掃除した日、段ボールを運んでいた私にぶつかってきた女がいたでしょ?」

「まさか……」

 桜井が息をむ。茅野は神妙な表情で頷いた。

「牧田圭織は、あのときの女とそっくりなのよ」

 流石に何とも言えない表情で固まる桜井。

 ごお……と、古めかしいエアコンの冷気を吐き出す音だけが部室内に響き渡る。

「……本当に?」

 数秒後、疑わしげな表情でまゆをひそめる桜井。

「本当よ。口元の右端の黒子ほくろ 、特徴的だからよく覚えているわ。あのぶつかってきた女も同じ場所に黒子があった」

「いつもの冗談じゃなくて?」

 茅野は、ふっ、と笑って首を横に振る。

「弟の男性器に角が生えているという話は噓だけれど、こればかりは本当よ」

「え……えっ。ちょっと待って」

「何かしら、梨沙さん」

「カオルくんのアレには、角は生えていないの? それは噓なのね?」

「当然よ。私の弟は人間だもの」

 平然とした顔で言い放つ茅野に向かって桜井は叫ぶ。

「そっちの方がびっくりしたよ!」

 それは今日一番の驚きの声だった。


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