第3話
和室に置いた気がするが、部屋を見回してみても、見慣れた紙袋が見当たらない。それどころか、隅にあったはずの久紀子の荷物が何もない。かばんはどこだろう、そういえば、携帯はどうしたかな。
「お土産なんていいから、とにかく顔を見せておいで」
母に押し出されるようにして、外へ出た。何かが釈然としないまま空を見上げると、きらめく雪が、しんしんと降り続いている。
地面に触れるとすっと消えてしまう、泡雪だ。見ている限りでは、溶ける寸前に、一番輝くようだった。
なぜ光るのだろう。そう見えているだけだろうか。
五十手前くらいから、眼が日に日に衰えていくのを感じていた。なにか病気の兆しかもしれない。帰ったら、調べなくては。
町並みは前に訪れた時からちっとも変わっていないのに、身体はしっかり衰えていくのだから参ってしまう、と久紀子はひとり苦笑した。
ふと、前回来たのはいつだったかと考える。二年、いや三年前だろうか。年に一度は帰るようにしていたのに、どうしてこんなに間が空いたのだろう。
息子の大学受験のせいだったか、そうだ、翌年続いて、娘の受験もあったし……頭に靄がかかったようで、どうにもうまく思考がまとまらない。
大体、今度はなぜ一人で来たのだっけ。
そう思った時には、もうおばちゃんの家の前だった。年季の入った、ちんまりとした一軒家。
一応、チャイムを押したものの、「おばちゃん、久紀子でーす」と言いながら、玄関のすりガラスの引き戸を、どんどんと叩いた。この方が早いし、確実なのだ。
とたとたと、中から足音が響いて、勢いよくドアが開いた。
「あらぁ、久紀ちゃん。久しぶりねぇ。こっちに来たってお母さんから話は聞いていたよ。さあ、あがってあがって」
おばちゃんは忙しないほどてきぱきと動いて、スリッパを出し、久紀子が脱いだ靴を揃える。
そうだ、おばちゃんはいつだってきびきびとして、エネルギーが有り余っているような人だった。
髪は黒々と豊かで、しっかり化粧をしているし、背筋はしゃんと伸びている。母とはえらい違いだ。
……違いすぎるくらいに。
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