第33話 ワールド・ネイキッド・ガーデニング・デー
「よしっ、生徒会打倒も目標の一つだけれど、ひとまずそれは置いておこう。今はもっと大事な目標があるからね、うかうかはしていられないよ」
ひとまずどころか、ずっと置いておいてほしいのだが、不遜に胸を反らせて言い放つ
「生徒会打倒より大事な目標ですか?」
「そうとも! 去年からずっと、晴れて私が部長となった暁には、これだけは絶対に外せないと考えていたイベントがあるのだよ!」
「イベント……、課外活動みたいなものですか?」
中学の時の園芸部でもそうだったが、街のボランティア活動の一環として駅前の花壇を整備したり街の一斉清掃活動を手伝ったりなどの課外活動があった。イベントというからにはきっとそういった類いのものだろう。
「ふふん、物知りの
「五月の第一土曜日、ですか? ……いや、ちょっとわからないですね」
「あっ、はいはいっ! 先輩のお誕生日に一票!」
「違うわよ。
ピンと腕を伸ばして回答した鈴木さんに
誕生日まで覚えているとか、仲良すぎるだろうこの先輩二人。ガーデニング部と園芸部なんて分かれていないで、さっさと元通りに一つの部に戻れば良いのに……。
「ふっふっふ、何を隠そうその日は『ワールド・ネイキッド・ガーデニング・デー』なのだよ。全世界のガーデニング愛好家たちがこぞって服を脱ぎ捨てて裸で庭仕事に励む、世界裸ガーデニングデーなのさ!」
「「「……………………………………は?」」」
胸の前で祈るみたいに手を組んで、祝福を受ける聖母像のように中空を見つめる白崎先輩の言葉に俺たち三人は揃って耳を疑ってしまう。
「ど、どうせまた華蓮の冗談でしょ、そんなイベントあるわけないじゃない……」
「ちゃんとあるぞ? ほら、そのスマホで調べる……、なんて言ったかな、ブブル? してみればすぐにわかるぞ」
正確にはググる、だ。
白崎先輩は本当にアナログ人間なんだな、今どきググるって単語を知らないなんて生活に支障をきたすんじゃないか?
訝しそうに眉根を寄せて、けれど促されるまま榮先輩がスイスイ検索をかけ、
「――なによこれ!? 裸じゃないっ! なに考えてんのよっ!?」
「裸ガーデニングデーって言っただろう? 日本語わからないのか? そんなだからデカい乳した女は頭悪いって言われるんだぞ?」
「うわー、全裸ですけど的確に急所は隠してますねー!」
検索して出て来たということは実在するわけで、白崎先輩の妄言って可能性は無くなってしまった。
すぐ隣で鈴木さんもスマホの画面を食い入るように見入っている。すごく自然に言っていたせいで聞き逃すところだったが、急所って言い方はどうにかならないのだろうか? いやまあ間違ってはいないのだが……。
「想像してみたまえ、きっと気持ちいいぞぉ? ほんのわずかな時間とはいえ、一糸まとわず大地の一部としてありのままの姿で自然と触れ合うのさ! 最高だと思わないかい?」
演説めいて両手を広げる白崎先輩の熱弁は冗談を言っているようには見えない。
「……そ、そうね。じゃあ、あとはガーデニング部のみんなでイベント楽しんで――」
「どこに行くんだ陽和?」
嫌な予感がしたのだろう、適当にはぐらかしながらそろりそろりと立ち去ろうとした榮先輩の肩をがっちり掴んで、
「今回のプランターの件では陽和にも植え付けを手伝ってもらったりしたからな。極めて癪だがガーデニング部の部長として礼を言わせてもらうよ。そこで、その世界裸ガーデニングデーは部の垣根を越えた付き合いとしゃれ込もうじゃないか!」
「絶対イヤよっ!?」
「文字通り、裸の付き合いというやつだな!」
「バカじゃないの!? イヤったらイヤよっ!?」
「やっぱり支えるブラがないと垂れるのか?」
「そういう問題じゃないから!? それに垂れてないわよっ!!」
「ま、まずいよ鮫島くん……!」
もはやじゃれ合っているだけの無益な争いを見つめていると、おずおずと鈴木さんが耳打ちしてくる。
そりゃあ確かにまずい。いかがわしいイベントと断じてしまうと公式団体から怒られてしまいそうだが、いくらなんでもさすがにまずい。
「ええ、そうですね……」
「裸になったらBカップって嘘ついてたことがバレちゃうよ……っ! どうしようっ!?」
「――び、……って、えっと、そっちですか」
榮先輩は本気で嫌がっているみたいだが、飽きもせずにじゃれ合っている先輩二人の姿を、鈴木さんはあわあわと見守っている。
どうしようと言われても、俺にはどうしてあげることも出来そうにない。そもそも嘘がバレなければ裸になることには抵抗はないのだろうか……? あとBカップが嘘ってことはそれよりは大きいということだよな……。
そろそろと条件反射で視線が鈴木さんの胸元を捕らえ――、い、いやいや、いかんいかん。こんな獲物を品定めするみたいな不躾な視線で何を考えているんだ俺はっ!
「そ、そんなことよりも! 預かっていたパキラですが、きっともう大丈夫そうなのでお返ししようと思うのですが?」
「ほんとに!? ありがとうっ!!」
カップ数の嘘がバレる心配でハラハラしていた表情を、パッと蕾を綻ばせるみたいに笑顔を咲かせて、俺の手を取りぎゅっと握り締めてくる。
――熱っ、と狼狽えた俺が手を引っ込めるより早く、鈴木さんはハッと我に返り放り投げるみたいに手を離すと、やけに頬を紅潮させて俯き、眼鏡を曇らせながらもじもじと指を絡ませ始める。
突然の嬉しすぎる知らせに気持ちが高揚してしまったのだろう。
一瞬、熱した鍋肌に触れたくらいの熱を感じた気がした。
しかし、そんなのいくらなんでも気のせいだろう。高熱でうなされている人だって手のひらがそんな高温になんてなるはずがない。
「では、今度の休みに持って行きますね」
「……うん、楽しみにしてる」
曇らせた眼鏡越しに鈴木さんがあどけなくはにかむ。
「……見ろデカ乳、ああやって私たちが気が付いてないと思って部の風紀を乱すようなまぐわいへと発展していくんだ」
「……そう? あたしにはヤバい取引を持ち掛けてる売人みたいにしか見えないけど」
「黙って見てれば今にチュッチュチュッチュし始めるに決まってる! ムキーッ!」
「にゃああぁぁっ! だからってあたしの胸で憂さ晴らしするのやめなさいよ!? ちょっ、垂れてない! 垂れてないから持ち上げてたぷたぷすんなっ!?」
鷲掴みだけにとどまらず、下から持ち上げて執拗に揺らす攻撃はなかなかに目のやり場に困ってしまい視線を逸らすと、
「ヤバい取引の売人って、鮫島くんのことなの?」
「え、……ああ、俺の見た目がこんなですから」
「ふうん?」
自分の顔を指差す俺の姿を、きょとんとして鈴木さんが見つめてくる。
そういえば初めて接した時から一貫して、俺の見た目に驚くことも怯えることもなかったな。よっぽど視力が弱くてぼんやりとしか見えていないのだろう。
今度、パキラを返しに行った時にでも視力がいくらなのか聞いてみよう。
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