第32話 お支払い
そもそも学校側はプランター寄贈の経緯を知らないはずがないので、何もしなくても撤去されることはなかったのかもしれない。
しかし、今後はこの寄贈プレートを常に綺麗に管理していれば、間違っても邪魔だなんて思われることはなくなるだろう。
「先輩、生意気言ってすみませんでした」
「……お、おぅ、俺も知らなかったとはいえ、キツく言い過ぎたからな……」
作業指示を飛ばしていた石中部長に謝罪をする。
あえて運動部員たちの視線があるところで俺が頭を下げることで、なんとか先輩の体裁を整える。
悔しさみたいな感情がまったくなかったというと嘘になってしまうが、これで遺恨を残さずに済むなら安いものだろう。
俺が一晩かけて土の入れ替えをしておいた3基のプランターには、もういっぱいに苗が植え込まれ色とりどりの花たちが朝の日差しの中で萌え萌え高らかに叫んでいた。
鈴木さんが大切に抱き締めていたサフィニアも、ちゃんと元のプランターに植え付けられた。弱ってはいたがきっと大丈夫だろう。時間はかかるかもしれないが、綺麗な花を咲かせてくれるはずだ。
そして放課後、プランターに植え込みきれなかった苗の残りを土起こしを終えていた中庭に植えることになった。
俺の隣で、やっといつもの笑顔に戻ってくれた鈴木さんが苗を手にして植え込んでいく。
ただ不思議な点が一つだけ、特別何かが変わった様子は見られないのだが、以前ほど苗たちの悲鳴が聞こえてこないのだ。
【うそでしょー、なんでわかんないのよー……?】
【人間同士ってどうして伝わり合わないのかしら? 変なの!】
【陽射しの向きが変わったんだ。なぜ気が付かないんだ?】
そんなよくわからないことを、これ見よがしにやれやれとため息混じりに言ってくる。
何を言っているつもりなのかさっぱりわからないが、あの阿鼻叫喚がなくなったということは鈴木さんがより上達してきたということなのだろう。
「ん? ど、どうしたの?」
「あっ、いえ。その、植え込み、上手くなりましたね」
「ほんとに? えへへ……、よかったー」
太陽みたいにあたたかいきらきらの笑顔をついうっかり見つめてしまい、俺の視線に気が付いた鈴木さんが照れながら分厚い眼鏡を曇らせる。
「……おい見ろデカ乳、あんな風にわたしが気が付いてないと思って二人してこそこそイチャイチャ良い雰囲気を醸し出すんだ! ムキーッ!」
「にゃああぁぁああ!? だからってあたしに当たってこないでよ!? アンタ知らないでしょうけどホントに痛いのよ! だから握るなっ!?」
残っている苗の多さに今日だけ特別に
「白崎先輩、じつは朝は言えなかったんですが『人は誰にも迷惑をかけずに生きることなんて出来ない』って先輩の言葉、心に刺さりました。ありがとうございます」
「そ、そうかい? そんな面と向かってはっきり言われてしまうと、さすがの私も照れてしまうではないか……」
執拗に榮先輩の胸を揉み続ける白崎先輩に礼を述べて、
「……それで、迷惑ついでと言うのもなんなんですが、部長に折り入って相談がありまして」
俺のただならぬ雰囲気に何かを感じ取ったのか、スッと神妙な面持ちになった先輩にそっと一枚の紙を差し出す。
それは今朝、
じつは咲子さんにお願いしたのは納品する花の用意だけではない。当たり前の話だが、用意してもらう花の代金支払いの猶予もだった。
俺がその場でパッと支払える金額で収まるはずがないし、クレジットカードなんて持っているはずもない。閉店間際にいきなり駆け込んできた高校生に、翌日の朝に花を納品して欲しい、でも代金は後払いで! なんてお願いを持ち掛けられて、快く引き受けてくれるような店舗などそうそうあるはずがない。
「ふむ、花の代金だね。どれどれ? ……………………おふっ、……なあ
「あるわけないでしょっ!? あと自慢なんてしてないからね!? つまんない冗談ばっかり言わないでっ。それでいくらなの? 見せなさいよ? ……………………おふっ」
伝票を見つめる二人の先輩が青ざめた表情で口元を手で覆う。
「うちの店への代金ですよね? そんなのわたしが話をつけますよ」
「いや、
小さく手を上げて進言した鈴木さんに、白崎先輩が毅然と言ってみせる。しかし、言い終わらないうちに口元をピクピクと引き攣らせてしまう。
「仕方ない……、今回は部長らしく私が個人的に出して始末つけようではないか」
「部活動の費用を先輩一人が肩代わりするのはダメですよ! だったらわたしも出します!」
「元はと言えば俺が勝手にやったことですから、やっぱり俺がなんとか……」
そんな俺たちのやり取りを見かねたのだろう、
「……はあ、仕方ないわね。園芸部とガーデニング部は部費も共用で折半してたから、こっちで貯めてた分から都合付けてあげるわよ。……ほら、畝作りも手伝ってもらったし、ハーブも貰ったから」
榮先輩が照れ隠しに目をそらしながら言ってくれる。
「陽和……、デカ乳なだけでも大概なのにベタなツンデレキャラでいく気なのか……? こてこてにも程があるだろう……? デカ乳、春のキャラ祭なのか……?」
「パン祭みたいに言わないで!? あと名前で呼んでおいてデカ乳って言い直すのやめて!」
あいかわらず二人の先輩がじゃれ合っている様子を眺めながら、ひとまずは支払いに目処が立ちほっと安堵する。
それと、間違ってはいないのだがハーブという言い方はまたあらぬ誤解を招くのでいい加減バジルと改めて頂きたい。
「
「ナスにはゴーヤみたいにイボイボは付いていないぞ? ……満足できるのか?」
「イボイボの有る無しで育ててるんじゃないわよ!?」
「そうなのか? 太くてイボイボがないと満足できない身体だと思っていたが違ったのか」
「たくさん収穫できればだいたい満足よ! そんなことよりどうするつもりよ?」
「うーん…………、気は進まないが、生徒会に掛け合うしかないだろうな」
腕組みして唸っていた白崎先輩が心底嫌そうに顔をしかめる。
「部費が足らなくなったら生徒会に掛け合えば助けてもらえるんですか?」
「助けてもらえるといえば聞こえは良いが、やつらは悪魔みたいな契約組織だからね。ほら、よく聞くことがあるだろう? 影で学校を牛耳っている悪の生徒会というやつを……」
鈴木さんの問い掛けに大仰に両手を広げてみせ、物々しい口調で脅かしてくる。
どこでよく聞くことがあるのか知らないが、陰で学校を牛耳る悪の生徒会なんて漫画やアニメの中でしか見たことがない。
「また適当なこと言って……。アンタが生徒会とそりが合わないだけでしょ。まあ、
宇陀川というのが生徒会長なのだろうか、榮先輩が呆れた風に肩を竦める。
「ノリの悪いデカ乳だな。――では、次の目標は生徒会打倒だな!」
「生徒会打倒! 面白くなってきましたねー!」
どこまで本気かわからない白崎先輩の軽口に、こちらもどこまで本気かわからない鈴木さんが肩をぐるぐる回して応じる。
「打倒じゃなくて部費の掛け合いをしませんか……?」
今朝、俺にすごくいい話をしてくれた白崎先輩と本当に同一人物なのだろうか?
一難去ってまた一難というのか、自ら進んで揉め事に首を突っ込みに行っているように見えてしまう。
これから先もちっとも穏やかな土いじりなんて期待できそうにないな……。
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