俺だけ聞こえる花の声
亜麻音アキ
プロローグ
「ひひひっ!」
恍惚の表情を浮かべて、息を漏らすみたいな特徴的な笑い方でニッと白い歯を見せる。
泣き叫ぶ悲鳴が渦巻く中心で。
「とっても喜んでくれてるね、ひひっ!」
どこまでも無邪気に表情を綻ばせながら、心の底から楽しそうに声を弾ませる。
周囲に響き渡る阿鼻叫喚の叫び声と相まって、さながら狂気じみて見える。
「この子なんてとってもかわいらしい!」
踊るように軽やかな足取りで、断末魔のような声をものともせずに手を差しのばす。
その姿はもはや、冷酷かつ無慈悲なヴィランの女王のようだ。
「ひひっ! ふんふふ~ん、ひひひっ!」
悶え苦しむ声に混じって、あまりにも場の雰囲気にそぐわない鼻歌が風に乗る。
俺が目にした光景は、地獄絵図と呼ぶに相応しい惨状だった。
……それはさすがに言い過ぎだろうか。とはいえ彼女を取り囲む状況を見る限り、異彩を放っていることだけは確かだった。
それが『太陽の子』と呼ばれる彼女の真価を目の当たりにした俺の印象だった。
そう、あくまで印象だ。
こんな印象の話だけだと、ここはいったいどんな地獄の一丁目なのか、はたまたどんなファンタジー世界に転生したのかと思われてしまうだろう。
しかしながらここは見紛うことなき現実、特筆すべき点の見つからないごくごく一般的な高校のありふれた中庭だ。
そんなどこにでもあるほがらかな春の放課後、苦しみ悶える絶叫の大合唱が響き渡っている。
けれど、その叫び声は彼女には届いていない。届かないのだ。
それどころか彼女にとっては、歓喜の歌が輪唱されているかのように感じているのだ。ひどすぎる落差だがそれゆえに絶望を植え付け、かける言葉を見失わせるのに十分すぎた。
こんな理解の追いつく暇のない太陽の子なんて呼ばれる彼女との出会いは、やっぱり取り立てて運命的なものでもなければドラマチックな展開なんてこともなかった。
――これは、そんな太陽の子と出会ってしまった、ほんの少しだけ人とは違う俺の、ほっと心をなごませるたくさんの花たちに囲まれたお話だ。
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