第22話 魔剣ムラサメ

 エレナは技の名を叫ぶや否や連続して目にも止まらぬ斬撃を繰り出した。斬られた者の血や肉が飛び散る様を数多の花々が咲き乱れる事に見立てた必殺技……と言いたいところだが、まだ学園生のエレナに奥義など会得出来ている筈が無い。即興で考えたエレナのオリジナル技で、要は相手が回りが見え無いのを良い事に勢いに任せて斬りまくっているだけだ。だから『秘』奥義。実は奥義でも何でも無い。


 だが、いくら身体が軽く感じるとは言っても限界は訪れる。斬り疲れたエレナが呼吸を乱して動きを止めた。するとエレナの『気』も乱れたのだろう、霧が少しずつ晴れ、イフリートの姿が露になってきた。 全身に刀傷を与えてはいるが、イフリートはまだ片膝を着いたままで倒れてはいなかった。かなりの深手を負わせてはいるのだろうが、完全には仕留めきれていない。


 エレナが「もう一息だ」と呼吸を整えている間に異変は起こった。霧から開放されたイフリートは口から炎を吐き、自らの身体を燃やし始めたのだ。そう、霧という水分に冷やされた身体に熱を加えて体力を回復し、傷を癒そうとしているのだ。そしてエレナの呼吸が整い、剣を振りかざしたのとイフリートが少し回復し、立ち上がったのはほぼ同時だった。


「おいおい、マジかよ……」


 まさに万事休すと言った顔で斬蔵が声を漏らした。闇牙が使い物にならなくなってしまった今、頼りになりそうなのはムラサメのみ。こうなったらエレナからムラサメをぶん取って自分が力の続く限り戦った方が良いのではないか? そう考えた斬蔵が動こうとした時、エレナも動いた。気合十分にムラサメを振り上げると、さっきと同様に霧を纏ってイフリートの回りを回り始めたのだ。しかしイフリートも元々はガンズ王子だけあって学習能力はあるらしく、霧がまだ薄く、エレナの姿が見えるうちに強烈な蹴りを放った。


「あぐっ!」


 イフリートの蹴りを喰らってしまったエレナは声にもならない声を上げて吹っ飛ばされ、倒れこむと動けなくなってしまった。斬蔵と違い、筋肉の鎧を纏っていないエレナの肋骨は二本や三本は折られてしまっているのだろう、呼吸するのも苦しそうだ。しかもエレナが吹っ飛ばされたのはかなり離れている場所だ。これでは斬蔵が助けに行く事もままならない。


「ごめん……セレス……もうちょっとのトコで失敗しちゃった……」


 悔しそうに涙を浮かべながらセレスに謝るエレナを見て斬蔵がブチ切れ、懐から取り出した六本の苦無を両手にイフリートに飛びかかった。闇牙で文字通り歯が立たなかった相手に苦無で挑むなど愚の骨頂も良いトコだ。そんな事は解ってはいるが、斬蔵は感情を抑えきれなかったのだ。


「へっ、俺、忍者失格だな」


 忍者は冷静沈着に、時には冷酷冷徹に任務を全うしなければならない。斬蔵は感情のままに勝ち目のない敵に突っ込む自分を嘲笑うかの様に呟くと、まず右手に持った三本をイフリートの足元めがけて投げた。だが、イフリートは動きを止める事は無かった。


「あーあ、やっぱバケモノ相手じゃ影縫いは通用しねぇか」


 言いながらも斬蔵は左手に持つ三本のうち一本を右手に持ち替えた。


「多分、無理だろうな……でも、やらない訳にはいかねーよな」


 斬蔵は左手の二本でイフリートの目を狙い、外したら、右手の最後の一本でやはり目を狙う気だ。それでイフリートの隙を作り、エレナからムラサメを回収、後は体力がどこまで続くかという作戦だが、上手くいくものか? 


 斬蔵がジリジリと迫るが、イフリートはもはや斬蔵の事など意に介していなかった。イフリートの頭にあるのは自分を追い込んだエレナ、そして魔剣ムラサメのみだ。

 完全に回復したイフリートは斬蔵には目もくれずエレナに襲いかかろうとした。慌てて斬蔵が苦無を投げるが、闇牙さえも通さないイフリートの肉体に通用する訳が無い。苦無はあっけなく弾き返されて乾いた金属音と共に虚しく床に転がった。と、同時にイフリートは倒れているエレナに向かって剣を振り上げた。


「ダメか……」


 斬蔵の口から無念そうな声が漏れた。イフリートの振り上げた剣は炎を纏い、振り下ろせばエレナの身体など焼き尽くされてしまうだろう。


「俺を追い込んでくれた礼だ。死ね!」

 

イフリートがエレナめがけて思いっきり剣を振り下ろした。誰もがエレナの死を覚悟したその瞬間、今までの霧とは桁違いの夥しい水蒸気がエレナを、正確にはエレナが倒れていた場所を中心にして噴出し、辺りは真っ白になってしまった。やがて水蒸気は水滴となり、広間、室内だと言うのに豪雨の中に居る様な感覚に陥る程となり、やっと視界が開けた。そこで斬蔵達が見た物は薄い衣を纏い、片手で軽々とイフリートの剣を受け、エレナを守る様に立つ一人の小柄な少女の姿だった。





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