第21話 エレナが抜いた刀は……

「ザンゾーさん、もうやめて! あんなバケモノ相手に一人で敵うわけ無いよ!」


 セレスの悲愴な声が飛び、それを聞いたガンズは誇らしげな顔で叫んだ。


「バケモノぉ!? まあ、お前等みたいな弱っちい人間にはそう映るのも無理無ぇか。これが俺様の力だ!」


 狂気に満ちた目で叫ぶイフリートにラザは落胆し、膝を落とした。


「あれは……もうガンズ様では無い……」


 絶望に満ちたラザの声に斬蔵は苛立ちを感じ、思わず怒鳴ってしまった。


「泣き言ってんじゃねーぞ、このバカ野郎! 手前ぇ、あのバカ王子の子守り役なんだろが。だったらちゃんと怒ってやんねーとダメだろ、『おいた』が過ぎる子にはよ!」


 とは言うものの、必殺技は通じず、『闇牙』が使え無い程曲がってしまった今、斬蔵に出来る事は……


 あった。一つだけあった。目には目を、そしてバケモノにはバケモノを。相手がバケモノならこっちもバケモノで対抗するしか無い。だが……

斬蔵は覚悟を決めた。


「ムラマサ……使う者にまで仇為す妖刀か……だが、ビビってる場合じゃ無ぇよな」

 斬蔵がムラマサを抜こうと背中に手を伸ばした時だった。


「あれっ、無ぇ!!」


 ムラマサを抜こうとした斬蔵の手が空振りした。イフリートに足蹴にされて吹っ飛ばされた時、背負っていたムラマサがどこかに飛んで行ってしまっていたのだ。焦って辺りを見廻した斬蔵の目にセレスの足元に転がっているムラマサが映った。しかもそれに気付いたセレスがムラマサを拾おうとしている。


「よせ、嬢ちゃん! ソイツに触るんじゃ無ぇ!!」


 斬蔵の叫びも虚しくセレスはムラマサを拾い上げ、事もあろうに柄に手をかけ抜こうとした。


「バカ! やめろ! ソイツは妖刀、下手すりゃ刀に喰われちまうぞ!」


 斬蔵が喚くが、セレスは動きを止めようとしない。


「ううん、妖刀だったら私の命を使ってイフリートをやっつけられますよね」


 セレスが微笑みながら言った。完全に死を覚悟した者の目だ。だがその刹那、横から手が伸び、何者かがムラマサをセレスから奪い取った。


「セレス、アンタは私が守るって言ったでしょ」


 顔を引き攣らせながら、ムラマサを手にエレナが笑った。


「おいっ、何しようってんだ? 嬢ちゃん、俺がやるからソイツを俺に渡せ!」


 斬蔵が言うが、エレナは俯いて首を横に振った。


「ザンゾーさん、もうボロボロじゃないですか。セレスに救世主扱いされたからって、何の縁も無い国の為に戦ってくれてありがとうございます。初めは私、貴方の事を救世主だなんて信じてなかったけど……」


 エレナの手によって柄が鞘から離れるに従い封印の札が破れていき、そして札が真っ二つに裂けようかという時、エレナが顔を上げ、堂々と言い放った。


「今では救世主だって信じてます。だから、力をお借りしますね。セレスを、この国を守る力を!」


 エレナの手によって刀身が鞘から抜かれた。その瞬間周囲にはもうもうと霧が立ち込めた。そしてエレナがムラマサを上段に振りかぶると同時に切っ先から水が迸った。その様子を見た斬蔵の口から思わず言葉が溢れ出た。


「ありゃぁ妖刀ムラマサなんてモンじゃ無ぇ、魔剣ムラサメじゃ無ぇか!」


『魔剣ムラサメ』それは邪を退け、妖を治める力を持つと言われる伝説の刀。その特徴として、抜けば茎(なかご)から露を発生させ、使う者の気が昂ると水気を増すと言う。エレナが刀身を鞘から抜いた時に霧が立ち込めたのは、エレナの気が極限まで昂っていた事の現れだろう。


 似た名前の響きから『妖刀ムラマサ』と思われていた斬蔵が神社から奪取した刀は『魔剣ムラサメ』だったのだ。


「大樹百枝式武技術剣技、参る!!」


 掛け声と共にエレナの持つムラサメが一閃した。それは斬蔵が驚く程速く、高く、そして綺麗な太刀筋で、イフリートは虚を突かれた訳でも無いのに避ける事が出来なかった。


 肩口にムラサメの一撃を受け、イフリートは片膝を着いた。刀傷に加え、ムラサメが発する水気と冷気がダメージを倍増させているのだろう。


「凄ぇ。あの嬢ちゃん、達人級じゃねぇか」


 斬蔵は驚いたが、それ以上にエレナ本人が驚いた。今まで何度、何百度となく剣を振ってきたが、これ程までに速く動け、これ程までに高く跳べた事など無かったのだ。しかも、身体が恐ろしく軽く感じ、セレスから奪い取った時は重かった剣が今では重さなど全く感じ無い。まるで自分の身体の一部の様にすら思えた。


「凄い……この剣……」


 エレナがもう一撃加えるべくムラサメを振り上げると、ムラサメが発する霧はエレナの姿がうっすらとしか見えなくなる程にまで濃くなった。


「目眩しのつもりか? 小賢しい!」


 エレナとしてはそんなつもりは無かったのだが、イフリートが憎々しく吐いた言葉に「その手があったか」とばかりにエレナはグルグルとイフリートの回りを猛スピードで回り出した。すると霧が渦を巻き、やがてイフリートの足元が、そして遂には全身が霧に覆われた。


 霧と言うのは細かい水滴が空中に漂う現象だ。そして火は水に弱い。イフリートは弱体化している筈、エレナは一気に勝負に出た。


「大樹百枝式武技術剣技秘奥義 百花繚乱!」


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