第19話 ガンズの逆襲

「とにかく戻ろうぜ、王様のところによ」


 手の痛みが軽くなったラザと斬蔵が肩を並べて歩く後をセレスとエレナが着いて歩く。


「どうして敵の怪我なんか治してあげるのよ? セレスったらお人好しなんだから」


 エレナが不思議そうに、そして不満そうに言うとセレスは神妙な顔で答えた。


「だって……ザンゾーさんが手を差し出したんだよ、放っておく訳にはいかないじゃない」


「そんなものかしらねぇ……あっ、セレス、もしかして」


 セレスの答えに納得がいった様な、いかない様な顔のエレナだったが、何を考えたのか、急に目を輝かせてセレスに迫った。


「もしかして、何よ?」


 迫るエレナに気圧されながらもセレスが口を尖らせながら言うと言い返した。するとエレナはとんでもない事を言い出した。


「あんた、ザンゾーさんの事……」


「な、何を言い出すのよ! ザンゾーさんは救世主様なんだから敬うのは当たり前でしょ!!」


 こんな時に何て事を。セレスは真っ赤になって否定するが、それが返って仇になってしまった。


「あれっセレス、顔赤いよ。冗談で言ったんだけど、まさか本当に……」


 戦闘は終わったとは言え、あちこちに亡骸が転がり、血糊がべったり付いている城の廊下でまさかの女子トークが始まった。だが、そんな事には全く気にしない様子で斬蔵とラザは何やら話をしながら歩いている。


「聞いたところによるとレイクフォレストとクリムゾンフレイムってのは長いコト仲良くやってきたんだろ? それが何でまた、いきなり戦争なんか吹っ掛けたんだい?」


 斬蔵がラザに尋ねた。別にレイクフォレストとクリムゾンフレイムは『仲良くやってきた』訳では無く、アクアパレスを含む三国が微妙なバランスを保っていただけなのだが、そんな事はどうでも良い。大事なのは、何故クリムゾンフレイムがそのバランスを崩す様なマネをしたのかだ。するとラザは肩を落として話始めた。


「若……ガンズ様は変わってしまわれたのです」


 ラザの話では、ガンズも昔はあんな風では無かったらしい。だが、火の国の王子として力を求めているうちに一本の刀と巡り会い、それを手に入れてからやたら好戦的になったらしい。


「ふうん、よくある話っちゃよくある話だ。まったくドコの国にでもそんな話ってのは転がってるモンなんだな」


 斬蔵はチラッと振り返って背中に背負ったムラマサを視界の隅に見た。ガンズの手に入れた刀と言うのも妖刀と呼ばれている類の刀なのだろうか? だとしたらこのままでは終わらないかもしれないな……と思いながら。


          *


 広間ではガンズを包み込んだ巨大な蕾をウィリエール王やモーリス、レザインにオルベアと言った面々が取り囲み、戦意を失ったクリムゾンフレイムの兵達はざわざわしながらそれを遠巻きに見ていた。


「ガンズ様はどうなってしまわれるんだ?」


「まさかあの中で花の養分にされちまうとか?」


「これから俺達、どうすれば良いんだ……」


 頭目を失ったクリムゾンフレイムの兵達はざわつくばかりで動くに動けない。下手に動けばガンズと同じ目に遭わされると恐れているのだろう。そんな中に斬蔵とラザが広間に戻ってきた。


「しっかし改めて見ると凄ぇな。人喰い花ってヤツか?」


 斬蔵が巨大な硬い蕾を見上げながら言うとラザの顔が険しくなった。いくらラザが穏健派だとしても王子を殺されてしまえばこのまま国へ戻る事は出来無い。斬蔵やレイクフォレストの少女と少しは解り合えた様に思えたが、それとこれとは話が別なのだ。だが、モーリスは呆れた顔で反論した。


「人聞きの悪い事を言うものではない。言っただろう『この中で頭を冷やせ』と。彼奴ならこの蕾の中で成長しとるわい。人間的にな」


 この蕾は中に取り込まれた人間が自らを見直し、その者が何か気付きを得て、人として成長した時に花が開いて中の者が開放されるもので、言ってみれば矯正施設みたいなものだとモーリスは笑った。


「へえ、俺もガキの頃、悪さして納屋に閉じ込められたモンだが、そんなトコか」


 斬蔵が巨大な蕾に近付き、コンコンと軽く叩いてみると、植物の繊維がみっちりと詰まった感じの固さが拳を通じて感じ取れた。


「誰かソコに居んのか? クソっ、ココから出しやがれ!」


 斬蔵が叩いた音に反応したのか中からガンズの声が聞こえた。おまけに足蹴にでもしているのだろう、蕾の下の方からゴンゴンと衝撃音が聞こえる。


「おいおい……中のヤツ、全然反省してねぇみたいだぜ」


 斬蔵が呆れた様に言うとモーリスがガンズを諌める様に言った。


「ガンズ殿、いくら暴れてもその蕾は壊せん。貴公が自らの行いを省み、人として成長した時にこの蕾は花と開く。貴公がどんな花を咲かせるか、楽しみにしているぞ」


 確かにいくら巨大な蕾だと言え、その中には剣を振るだけのスペースは無い。闇雲に剣を突き立てたところで厚く、固い花弁を貫く事は不可能だろう。また、火の魔法を使えたところで蕾が燃え落ちる前に術者自身が焼き尽くされてしまうに違い無い。言ってみればガンズは完全に『詰んでいる』状態だ。その場に居る誰もがそう思った。


「ガンズ様、どうかご自身を省みられて、成長なされたお姿をお見せ下さい」


 ラザが懇願するが、残念な事にそれは逆効果だった。蕾の中のガンズの声がより不機嫌なものに変わったのだ。


「その声、ラザか。手前ぇ、レイクフォレストの連中なんぞに懐柔されやがって! 後でぶっ殺してやるからな。こうなりゃ俺の本当の力を見せてやらぁ!」


 ガンズにはまだ奥の手が有る様だ。斬蔵が警戒して一歩飛び退いて下がった。すると緑色の蕾に赤い点が出来て、それが徐々に大きく広がっていった。


「こ、これは……」


 信じられないといった顔のモーリスの目の前で赤い点から剣の切っ先が飛び出した。その剣は燃える様に赤く、刀身の中程まで花弁を貫くと、一気に上に斬り上げた。


「ガンズ様!」


『ぶっ殺してやる』と言われながらも嬉しそうに近付くラザだったが、切り裂かれた蕾の中から出て来た者の姿に顔色が変わった。


「ガンズ……様……?」


 ラザは明らかに動揺が隠せないでいる。それもその筈、ガンズの身体は一回り、いや二回りは大きくなり、その顔はどう見ても人間の物では無かったのだ。


「……イフリート……」


 ラザの口から言葉が漏れた。


「そうよ、俺は炎の魔人イフリートと同化したんだよ! お前等全員消し炭にしてくれるぜ!」


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