第18話 よく見ると救世主は血塗れだった

 昨日まで瀟洒で美しかった城の廊下は一転して凄惨な様相を呈していた。あちこちにクリムゾンフレイムの兵の亡骸が転がり、壁には血糊がべったりとこびり付き、床には所々に血の海が広がっている。そんな中を怖々と進むセレスは斬蔵の腕にしがみつき、完全に怯えきってしまっている。


「うわあ……あんなところにも人が倒れてるよ……」


 その悲愴な光景にセレスが泣きそうになりながら言うとエレナも声を震わせながら呟いた。


「これが戦いなんだ……守る為とは言え、人がこんなに……」


 エレナは斬蔵をチラっと見た。返り血を浴びたのだろう、黒い忍者装束のあちこちが赤黒く染まっている。


 ――これって、ザンゾーさんがやったんだよね――


 豪快な笑顔を振り撒き、とぼけた事を言ったりする斬蔵に対して救世主とは思えないが、人間としての親しみを感じていたエレナだったが、急に斬蔵が怖くなってきてしまった。

 そんなエレナの変化に気付いたのだろう、斬蔵は深い溜息を吐いた。


「ふうっ、嬢ちゃん達には刺激が強過ぎちまったかな」


 斬蔵の言葉にエレナは返事が出来ずにいた。すると斬蔵は申し訳なさそうな顔になり、悲しそうな目でエレナを見た。


「そっか……怖くなっちまったんだな、俺の事」


「違っ……そんな訳じゃ……」


 エレナは何とか取り繕おうとしたが、うまく言葉が出て来ない。そのまま俯いて黙り込んでしまったエレナに斬蔵は更に深い溜息を吐いた。


「コイツはマズったなー。そりゃ怖くもなっちまうわな、こんなモン見せられちまったらよ」


 溜息を吐いた後、斬蔵がぼそっと言うと、セレスが大きな声で反論した。


「そんな事無いよ! ザンゾーさんは怖い人なんかじゃ無いよ! ザンゾーさんは私達を守る為に戦ってくれたんだもん。怖いなんて言っちゃダメだよ!」


 もちろんエレナにもそんな事は解っている。しかしあちこちに横たわる血塗れの亡骸と返り血に塗れた斬蔵の姿を重ね合わせると、どうしても怖さが先に立ってしまう。


「ありがとよ、嬢ちゃん」


 斬蔵は言うとセレスの頭をぽんっと優しく叩いた。


「エレナだってそれぐらいは解ってくれてるよ。でもな、ココとココは違うんだ。怖いモンは怖いんだよ。こればっかりはどうしようも無ぇ」


 斬蔵は一個目の『ココ』で頭を、二個目の『ココ』で胸を指して言うと、今度は寂しそうに溜息を吐いた。


          *


 少し歩くと廊下の壁にもたれて蹲るラザの姿が見えた。生きているクリムゾンフレイムの兵との遭遇に怯えたのだろう、斬蔵の腕を握るセレスの手にギュっと力が入った。だが斬蔵はラザに友人に会ったかの様に気さくに手を振った。


「よう、ラザだったっけ? お前さんトコの兵をかなり殺っちまったけど、恨まないでくれよな」


「いや、これはこちらから仕掛けた戦争だ。恨み言など言える立場では無い。それに貴殿が手にかけたのは私の指示に従わず闇雲に暴れまわった者共だけだ。むしろ戦意を失った者達を見逃してくれた事に感謝している」


 ラザが斬蔵を見上げる様にして言い、頭を下げた。それに応じる様に斬蔵はニヤリと笑うとラザに右手を差し出した。


「アンタ、なかなか話が解るヤツじゃねーか。行こうぜ、お前さん、ガンズとか言う王子が心配なんだろ?」


 ラザは腰を上げ、斬蔵の手を取ろうとしたが、右手に走った激痛に顔をしかめ、また蹲ってしまった。


「そっか、俺がぶっ叩いちまったんだっけか。かわいそうだが当分右手は使いモンに無んねぇな」


 セレスがラザの手を見ると、手首の辺りが赤黒く腫れ上がっていた。峰打ちとは言え斬蔵が闇牙で思いっきりぶっ叩いたのだ。それは鉄の棒でぶん殴られたのと同じ事、ラザの手の骨は砕かれてしまっているに違い無い。するとセレスがおずおずとラザの前に出て、しゃがみこんだ。


「ザンゾーさん、ちょっと待って下さい」


 セレスはポケットから何やら植物の種を取り出すとラザの手の腫れた部分にそっと置き、自分の手をかざして呪文の詠唱を始めた。


「崇敬なる芽吹きの力よ、今少しこの者に力を貸したまえ」


 セレスの詠唱が終わるとラザの手に置かれた種から小さな芽がほんの少しだけ顔を出した。だが、その芽は伸びる事無くそのまま萎れてしまった。するとセレスは萎れてしまった芽が付いた種をラザの手から取り、恭しく額に押し戴いてからポケットに仕舞ってからラザに尋ねた。


「どうですか?」


 セレスのよくわからない行動に呆気に取られているラザだったが、セレスに言われて手の腫れがかなり引き、痛みも軽くなっている事に気付いた。


「ああ、楽になったよ。ありがとう」


 ラザは驚きの表情で礼を言い、斬蔵はすっかり感心した様だ。


「嬢ちゃん、凄ぇな。魔法で怪我が治せるんだ」


 斬蔵が言うが、セレスは残念そうな顔で首を横に振った。


「いいえ、私なんかまだまだです。ラザさん……でしたよね? 完治させてあげられなくてごめんなさい」


 セレスによると植物の種が発芽する際のエネルギーを怪我人の治癒力として使わせてもらうらしいのだが、そんな事言われたところで斬蔵もラザも理解不能だ。また、セレスはまだ聖職者のタマゴなのでこの程度の治癒力でしか無いが、一人前の聖職者となると怪我や病気を完治させる事も出来る様になり、神官クラスともなると種を媒体として使わなくても様々な奇跡を起こせる様になるらしい。


「これが『木の国』の力か。『火の国』クリムゾンフレイムには治癒の魔法など無い。若がレイクフォレストを欲しがるのも解る様な気がするな」


 痛みの軽くなった右手を見ながらラザが呟くと、セレスは悲しそうに言った。


「治癒ぐらい隷属なんかさせなくたって、いくらでもしてあげるのに……」


 すると斬蔵が難しい顔で口を挟んできた。


「だが、こんな事になった以上、これからはそうもいかんだろうな。ここからは偉いさん次第だ」


 斬蔵の言う『こんな事』とは言うまでもないだろうがクリムゾンフレイムがレイクフォレストに攻め込んだ事だ。ガンズ王子の身柄がモーリスにより巨大な蕾の中に拘束されている現在、交渉はレイクフォレストが有利な事は明白、斬蔵が普段こなしている任務レベルであればそれを盾に取り、相手を捩じ伏せる事も出来るだろうが、国レベルの話となれば話は別だ。高度な政治的判断が必要となってくる。もちろん斬蔵にはそんな能力は無いし、権限も無い。『偉いさん』つまりウィリエール王がどう出て、ドグマ王がどう応じるかと言う事だ。


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