第8話 タイムリミットは明日
翌日も、そのまた翌日も、セレスとエレナは聖なる泉(だったら良いなと思う場所)へ出かけたが、二人の前に救世主が現れる事は無かった。そして遂にクリムゾンフレイムの定めた期日は明日へと差し迫った。
町中の家という家が襲撃に備えて窓に板を打ち付けたり、扉を補強したりしている。もちろんセレス達の住む聖マリウス学園の寮も同様に建物の出入り口の補強をしてはいるが、相手は『火の国』クリムゾンフレイムだ。焼き払われてしまっては『木の国』レイクフォレストはひとたまりも無いだろう。言葉少なく夕食を終えたセレスはそっと席を立とうとした。
「セレス、まさか今から森へ行こうなんて思って無いわよね」
エレナが見透かしたかの様に言うと、セレスは思い詰めた顔で大きな目に涙を浮かべた。
「だって……救世主様が、今この瞬間に現れているかもしれないじゃない」
セレスはどうあっても救世主を見つけ出したい様だ。エレナが何故そこまで救世主にこだわるのかとセレスに尋ねたところ、セレスは小さな小さな声で答えた。
「私に出来る事なんて、これぐらいしか無いもの……」
「まだそんな事言ってるの!?」
エレナが途中でセレスの話を遮った。その声は呆れている風にも怒っている風にも聞こえる。
「こんな時間に森へ行かせられる訳無いじゃない! もしかしたらクリムゾンフレイムの兵がもうどこかに潜んでるかもしれないのよ! そもそも聖職者の仕事は救世主を探しに行く事じゃ無いでしょ!!」
エレナは危険を冒してまで聖なる泉に現れると言う救世主を探そうとするセレスを必死になって止めようとした。もちろんエレナの気持ちはセレスにも痛い程解ってはいるのだが、セレスにはセレスの強い思いが有る。俯いて黙ってしまったセレスにエレナは優しく問いかけた。
「ねえセレス、今の私達、聖職者のタマゴがみんなの為に出来る事って何かな?」
「お祈りすること……かな?」
セレスが自信無さげに答えると、エレナは優しい笑みを浮かべて諭す様に言った。
「うん、そうよね。お祈りだったら森へ行かなくても出来るわよね。大丈夫、毎日欠かさずお祈りしてるんだもの、セレスの思いはきっと神様に届いてるよ」
そこまで言われてしまえばさすがのセレスもエレナの言葉に抗う事は出来ない。小さく頷いて歩き出そうとしたセレスをエレナは慌てて呼び止めた。
「ちょっとセレス、ドコに行くの?」
「大丈夫、教会でお祈りするだけよ。ごめんねエレナ、心配かけちゃって」
救世主を探しに行きたい気持ちは山々だがこれ以上エレナを心配させる訳にはいかない。セレスは寂しげにエレナに微笑みかけると寮を出て、教会へ向かった。
セレスと別れたエレナは部屋に戻り、一人でごろごろしていたが、戦争になるのかと思うと落ち着かない。と言うか、やはり怖い。セレスには「自分が守ってあげる」と言ったものの、本当に守ってあげられるのか? エレナは大樹百枝式武技術の稽古で使う木刀を手に取ると寮の中庭に出て黙々と素振りを始めた。
無心になって木刀を振り、型を打っているうちにどれぐらい時間が経ったのだろう、全身汗だくになったエレナは動きを止めると大きく深呼吸した。中庭からは教会の窓に明かりが灯っているのが見える。
「セレスったらまだお祈りしてるのかしら?」
呟いたエレナは木刀を肩に担ぎ、教会へと足を向けた。
エレナが教会の扉を開けると、思った通りセレスが祭壇に向かって跪いて神に祈りを捧げていた。
「それぐらいにしておいたら? 戦争が始まる前に倒れちゃうわよ」
エレナの声に振り向いたセレスの顔は青白く、チャームポイントの大きなツリ目が心なしか窪んで小さく見えた。
「ほら、凄い顔してるわよ。寮に戻ってお風呂入ろっ」
エレナが言うとセレスは無言で小さく頷き、立ち上がろうとしたが長時間祈りに集中して疲れていた為に大きくふらついてしまった。
「ほらっ、言わんこっちゃない!」
慌てて抱きとめたエレナにセレスは弱々しく微笑み、詫びる様に言った。
「ありがとう。ごめんね、迷惑かけちゃって」
その儚げな笑顔は聖職者と言うより聖者と言って良いほど神々しく思え、同性ながらもドキっとしてしまったエレナは思わず自分の思っている事とは違う事を口走ってしまった。
「バカ、謝ってるんじゃ無いわよ。まったくセレスったら世話が焼けるんだから……」
言いながらもエレナはセレスに肩を貸す様に歩き、寮に部屋に戻った二人は着替えを用意して浴場へと向かった。
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