第6話 セレスに出来ること

 義勇軍募集の話はその日のうちに国中に広められ、当然聖マリウス学園の学園生達の耳にも入って来た。もちろんセレス達が義勇軍に加わる訳は無いのだが、やはり気になるものは気になる様で、教室はその話題で持ち切りだった。


「やっぱり戦争が始まっちゃうのね……」


「大丈夫。言ったでしょ、セレスは私が守ってあげるって」


 怯えるセレスを元気付ける様にエレナは言うが、エレナの目にも不安の色が隠しきれてはいない。そもそも義勇軍を募ったところで一週間やそこらで統制された部隊が出来る訳が無いのだ。急拵えの義勇軍でクリムゾンフレイムの軍にどこまで対抗出来るものかという懸念は大きい。

 怯えた目のセレスはレイクフォレストに伝わる言い伝えを思い出した。それは『聖なる泉に剣士が現れて敵を打ち払ってくれる』というもの。だが、それを口にしたセレスにエレナは呆れた様な口ぶりで言った。


「そんなの、作り話に決まってるじゃない」


「でも……」


 藁をも縋る思いなのだろう、まだ何か言いたそうなセレスにエレナは決定的な言葉を吐いた。


「だいたい『聖なる泉』なんてドコに有るって言うのよ?」


 これにはセレスも黙って俯かざるを得なかった。だが、豊かな自然に恵まれたレイクフォレストだ。大きな湖には山から川が流れ込んでいる。川を遡って行けば『聖なる泉』とやらがどこかに有るのかもしれない。そう思ったセレスは顔を上げて力強く言い切った。


「私、探してみる!」


「うえっ!?」


 セレスの突拍子もない宣言にエレナは思わず変な声を出してしまった。するとセレスは思い詰めた顔で自分の思いを話した。戦う事が出来無い自分にはこれぐらいしか出来る事が無いのだと。


「いや、セレナは治癒魔法とか使える様になったじゃん、私なんかと違ってさ」


 エレナの言う通り、成績優秀で毎日神に祈りを捧げている優等生のセレスは聖職者としての第一歩とも言える治癒魔法を会得している。逆に言えばエレナは聖職者としてはまだまだだという事なのだが……

 まあそれはさておきセレスの無茶な行動をなんとか止めようと説得するエレナだったが、セレスの決意は揺るがない。遂にエレナは諦め顔で言った。


「わかったわよ。でも、セレス一人で行かせる訳にはいかないわ」


 説得を諦めたエレナはセレスと共に聖なる泉とやらを探しに行く事に決めたのだ。聖なる泉が本当に存在したとしても、そこに救世主が現れたりしてくれるのだろうか? という思いを抱きながらも。


 始業のベルが鳴り、ホームルームの時間となった。先生は教室に入るなり教壇にも立たず、ざわつく学園生達に向かって厳かに言った。


「この非常事態に急遽全校集会を行う事になった。講堂に移動する様に」


 セレス達が先生の指示に従って講堂に移動すると、既に学園長のモーリスが壇上に立ち、難しい顔をしていた。


「皆もう知っているとは思うが……」


 学園生が揃ったのを確認したモーリスは重々しく口を開いた。もちろん話はクリムゾンフレイムが侵攻してきた事について。モーリスは騎士団と神官や聖職者達が協力してクリムゾンフレイムに立ち向かう事が決まったので無闇に心配せず、出来るだけいつも通りの学園生活を送る旨を話した後、強い口調で付け加えた。


「無用な外出は控える様に。あと、義勇軍の噂も聞いておるだろうが、間違っても参加しようなどとは考えない様にな」


 全校集会が終わり、いつも通りの授業に戻ったが、皆授業に身が入る筈など無いし、この非常事態に『いつも通りの学園生活』など送れる訳が無い。教室中がざわつく中、セレスは聖なる泉についての文献をこっそり紐解いていた。しかし具体的な場所などどの文献にも記されてはいなかった。そもそも聖なる泉自体が実際に存在するかどうかすら怪しい『伝説』でしか無いのだから。


「どうセレス、聖なる泉の在り処は解ったの?」


 昼休みにエレナが尋ねたが、セレスは首を横に振るしか無かった。


「そりゃそうでしょうね。でも、行くんでしょ?」


 エレナが溜息混じりに言うと、セレスはコクリと首を縦に振った。もちろんこれはエレナの想定の内だ。


「そんな事だろうと思ってたわ。セレスは私の事バカだバカだって言うけど、セレスだってバカじゃないのよ。しかたがないわね、じゃあ今日から探し始めましょうか。バカ二人で仲良くね」


 言うとエレナはニヤリと笑った。こうしてセレスとエレナは救世主を求めて聖なる泉を探す旅に出る事になった? いやいや授業をサボる訳にはいかない。なにしろ学園長のモーリスから「いつも通りの学園生活を送る様に、無用な外出は控える様に」と全校集会で直々に釘を刺されているので目立つ事は出来無い。と言う事はセレスとエレナが動ける時間は放課後から夕食までの数時間だけだ。しかも残された期日は一週間にも満たない。こんなとてつもなく厳しい条件で救世主と巡り会うなど、それこそ『神の奇跡』が働かない限り不可能だろう。いや、神の奇跡を信じるからこそセレスはこんな非合理的だとしか思えない救世主探しを始めようと言い出したのかもしれない。毎日毎日サボる事無くマジメに神に祈りを捧げるセレスに神様は応えてくれるに違い無い。いや、応えてあげて欲しいとエレナは思うばかりだった。


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