第2話 妖刀奪取2 ~謎の男~


 ――ヤバい!――


 まさかこんな距離まで気配を感じさせずに近付かれてしまうとは。この男、よほどの手練なのだろう。となると下手に動くのは命取りだ。


「うーん、俺個人としては別にどーこーしよーってのは無ぇんだけどよ、上から言われたもんでさー」


 計り知れない恐怖を感じながらもそれを悟られまいと軽口を叩く斬蔵に併せる様に男も軽い口調になった。


「上からの命令だってんなら、そんな刀放っといて帰った方が良いんじゃないか。怒られるかもしれんが、死ぬよりはマシだろう」

この男、軽い口調ではあるが言っている事は恐ろしく物騒だ。しかもその目は鋭く、『死』という言葉に重みが感じられる。


「うーん、アンタ強そうだもんな」


 斬蔵は少し間を置いてから、認める様に言った。斬蔵は任務を放棄してしまうつもりなのだろうか? すると男は軽い口調から一転し、低い声で諭す様に言った。


「賢明な判断だ。では、その刀を置いて立ち去るが良い」


「『立ち去るが良い』って、見逃してくれんのかよ。俺達ぁ、アンタの仲間を殺っちまってんだぜ」


『アンタの仲間』とは斬蔵達が鳥居で戦い、殲滅した黒い影の事だ。だが、男は澄ました顔で答えた。


「ああ、アレは木偶人形だよ。儂がちょっとした術で操っとったんだが、退けたのはお前さん達が初めてだ。なかなか見事な戦いぶりだったぞ、面白い物を見せてもらった礼と言ったところかな」


 斬蔵が今日連れていた忍びは九人。それをこの男は一人で追い払おうとしたのだ。しかも口振りからすると、今までに何度もムラマサを奪おうとした者を葬ってきた様だ。おまけに木偶人形とやらを斬った感触は人間を斬った時の感触そのものだった。

 この男は一体どんな術を使ったと言うのだ? 斬蔵は腹の底からぞっとしたが、それを感じ取られる訳にはいかない。


「そっか……じゃあ、遠慮無く立ち去らしてもらうとするか。行くぞ、お前等!」


 斬蔵は精一杯強がったセリフを吐き、一歩飛び退いて男から離れると配下の二人と共に脱兎の如く走り出した。


「おい、コラ! 立ち去れとは言ったが、刀を置いてとも言った筈だぞ!」


 男が叫ぶが、斬蔵は既にかなりの距離を駆け抜けている。


「アレっ、そうだっけ? まあ、細かい事は気にすんなや」


 嘲笑うかの様に言いながら走り続け、本殿から飛び出した斬蔵は外に待たせていた配下の者達に大声で叫んだ。


「お前等、走れ! とんでも無ぇヤツが来るぞ!」


 斬蔵の声に忍者達が一斉に走り出した瞬間、背後から轟音が鳴り響き、おびただしい量の岩石が炎を纏って本殿から噴き出して斬蔵達を襲った。


「これもヤツのまやかしか……って、熱ぃ!」


 斬蔵のすぐ傍をかすめた石の熱さは本物だった。気が付けば岩石が纏った炎があちらこちらに燃え移り、辺りは火の海と化している。


「こんなの初めて見たぜ。あの野郎、とんでもない術を使いやがる」


 呟いた斬蔵の目に水を湛えた池が映った。

 炎から逃れるにはそこに飛び込むしかあるまい。だが、罠かもしれない。もし池に毒でも流されていれば一巻の終わりだ。しかし迷っている時間は無い。このままだと灼熱の炎に焼かれ、やっぱり一巻の終わりなのだから。斬蔵は思い切って池に飛び込んだ。


「アイツ等、大丈夫かな……」


 斬蔵は配下の忍者達の身を案じながら竹筒を取り出し、口に咥えた。有名な水遁の術と言うヤツだ。


 水中に身を潜めたのは良いが、斬蔵は「水から上がればまたあの男が居るんだろうな……その時は勝てるんだろうか?」などと少し気弱になってしまった。だが、斬蔵には弱気になっている暇など無かった。冷たい池の水がだんだん温くなってきている事に気付いたのだ。


「ヤベぇ、このままじゃ茹だっちまう!」


 あの男が降らせた炎を纏った岩が池の水を沸かせているに違い無い。そう悟った斬蔵は水が冷たい方へと慌てて泳いだ。だが、池の水の温度はどんどん上がっていく。そして水温が少し熱めの風呂ぐらいになった時、斬蔵は妙な術を使う男と一戦交える覚悟を固め、思い切って立ち上がった。だが、斬蔵は目に映った予想だにしていなかった景色に驚愕し、思わず言葉を漏らした。


「あの、嬢ちゃん……妙な事を尋ねるが、ココはいったいドコなんだ?」




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