初恋の人との晴れの日に令嬢は裏切りを知る

柏みなみ/ビーズログ文庫

第1章 婚約破棄と新しい婚約者①


「ティツィアーノ=サルヴィリオ、僕のこんやくろうパーティーにようこそ」


 エリデンブルク王国の王太子、アントニオ王子の婚約者の誕生日という事で、王宮にて私の十八歳のパーティーが開かれた。

 ……と思っていたけれど、彼の横に立っていたのはモンテーノだんしゃくむすめ

 れいな顔立ちに、つややかな金のかみげ、わく的なエメラルドのひとみを持つマリエンヌだった。

 だんじょうからきんぱつに青い瞳、整った顔立ちの王子様然としたアントニオ王子がこちらを見下ろしている。

 彼は自分の外見を理解しているようで、自身以上の容姿に身分、才能を持った存在はいないと思っている。

 その自信にあふれた彼は意味不明のドヤ顔でこちらを見下ろし、マリエンヌじょうは今から起きる出来事にえつを覚えているように見える。


「……殿でんの婚約者は私だと思っていたのですが、私は長年かんちがいをしていたのでしょうか?」


 こんな茶番のためにわざわざパーティーを開いたのだろうか。

 今、国境沿いにある自領、サルヴィリオ領でひんぱんしゅつぼつしているものの対応と、常にこの国をねらっているりんごくリトリアーノのきなくさい動きが予断を許さないじょうきょうで、こんなパーティーに来る時間など無かったのだ。

 父上が「せっかく殿下がお前の誕生日パーティーを開いてくれるのだからいききに行っておいで。こちらはだいじょうだから」と気をつかってくれたから、顔を出すだけでもと思い、服のまま急いで来たのだ。

 しかも、今特に魔物が頻繁に出没しているのはサルヴィリオ領にりんせつしているモンテーノ男爵領なのに、マリエンヌがこんなところで茶番をひろげているひまなどないはずだ……。

 と二人を冷たい目で見ていると、アントニオ王子は得意げに私を指差して口を開いた。


「ふん、今日から俺様の婚約者はこのマリエンヌ=モンテーノだ。お前のような女らしさのかけらも無い、けんまわす野ザルのような女とけっこんなどできるか。何の魅力も無いお前より、可愛かわいらしくしとやかなマリエンヌの方が王太子にふさわしいというものよ」

 ――ほーう。

 サルヴィリオ家に生まれた人間は男女関係なく団長となって代々国境沿いの魔物や他国から領民、国民を命をかけて守ってきている。それを野ザル呼ばわりとは……。

 確かに彼女のお胸のサイズは殿下のお好みど真ん中でしょうけどね。


「それに、モンテーノ男爵領がこんきゅうゆえに防衛費用がねんしゅつ出来ないため、サルヴィリオ家に警備のはばを広げてモンテーノ領の国境も警備するよう命じたが……それを口実に騎士団は大量のしょくりょうや備品などを強要しているとちんじゅつ書が来ている」


 ――ほー。

 自分のところで警備できないならせめて後方えんをとお願いしたことですか?全く後方支援がありませんけど。

 そもそも国境警備を広げたのも婚約者である殿下の顔を立てるため引き受けたんですけど? しかも、国境沿いの住民は重税に苦しんで、食べる物がないと言っていた。その為騎士団からしを行うことになったのだ。

 そのことは報告をあげているはずだけど……コイツ、読んでないな、報告書。


「なぜモンテーノ領にそんなひどいことができるのか理解に苦しむ。はっ……まさか、最近俺様とマリエンヌがいっしょにいるのを聞いてしっでおかしくなったか?」


 いや、急にどうした? こっちが理解に苦しみますが?

 一緒にいたことすら小耳にも届いてませんよ。


「ただでさえりょくが少なく軍神と名高い母親のように戦えんのだから、最低限の部下のとうそつぐらいしてはどうだ。さっきからダンマリじゃないか! そのざるのような脳みそでは言い訳も思いつかんか!? ハハハハハ!!」


 野猿は少なくともあんたよりよっぽどかしこいから。

 もはやキョトンの世界。クズの境地。

 そう冷え切った目でアントニオ王子を見ても、彼は意味不明の愉悦にひたり、周囲のドン引きの視線に気づいていない。

 彼が自分で言った『軍神と名高い母親』であるサルヴィリオ家をじょくしているのだ。

 この国のえいゆうとも言える存在を。

 二人を見ていると、一体今まで私のしてきたことは何だったのかとい思いが押し寄せてくる。

 彼が公式の場でちがう女性を連れているのはいつものことで、私のことをあんな女は好みではないと公言していた。それでも、婚約にならなかったのは、私が彼の対応を王家に文句をつけなかったからだ。

 母の『軍神』という名高い人気と、貴族たちからもしんらいの厚いサルヴィリオ家にえんだんを持ってきたのは王家だというのに。

 十年前に婚約が決まった時から、彼の王子としての資質に疑問を感じていたけれど、王子は彼しかいなかった。彼を支えて国を、たみの生活を豊かに……。このエリデンブルク王国をほこりに思える国にしたかった。

 けれど、彼ではダメだ。

 自分のことしか頭にない……、王子というプライドしかない男では国はほろんでいく。

 でも彼には五年前に弟が生まれ、ゆうしゅうで、そうめいと評判だ。先日も第二王子のアッシュ王子と話す機会があったけれど、話した内容はとても五歳とは思えない内容で、国をおもい、民を想う方だった。

 きっとあの方なら民はついてくれるだろう。

 もうめよう。

 こんな男、こっちから願い下げだ。これ以上こんな男に時間をくなどの骨頂。

 彼と私のベクトルは決して同じ方向を向くことは無い。彼も大人になれば立派な王にと思っていたけれど、本人にその意志がなければどうにもならない。

 

「―― アントニオ殿下。貴方あなたのおっしゃる通りです。私では殿下にふさわしくない。テト、アレを出しなさい」


 いつか、……いつかと思い、持ち歩いていた書類を後ろにひかえていた従者のテトからわたされた。


「こちらの婚約破棄の書類にサインをいただけますか? 二部ありますのでそうほうで保管いたしましょう」

「なんだ? ずいぶんと用意がいいじゃないか。貴様も俺様に相応ふさわしくないと分かっていたんだな」


 かえり、大声で笑う彼の振るいに王族らしさのかけらもないさようなら。

 愛もこいも無かったけれど、それでも彼のそばに立てるよう努力したつもりだ。

 婚約破棄しなかったのは母の期待に応えたかったからだ。それと――――。

 二枚ともにおたがいの署名があるのをかくにんして、一枚を彼の下

もとに残し壇上から降りた。

 そうして貴族れいじょうとして退室のための礼をとる。


「では、殿下。これで私は失礼いたします」

「あぁ、これからも国境警備に力をくすように」


 ごまんえつな彼はマリエンヌのかたき、勝ち誇ったように言った。


「はい、これからサルヴィリオ領の警備にじんりょくいたします。モンテーノ領にいた我が騎士達も自身の領地にもどれることを喜ぶことでしょう」


 そう言うと、二人は真っ青になった。


「待て待て! モンテーノ領は今後も引き続き警備しろ! これは命令だ!」

「なぜですか? 私は婚約者である殿下の顔を立てるために善意で引き受けただけです。もう婚約者でもございませんし、引き受ける理由はございません」

「ダメだ! これは命令だと言っているだろう! そもそも貴様も分かっているだろう? モンテーノ領は不作続きで国境警備に人員が回せないのだ!! りんじんが困っているのに助けないとは何事か!?」


 顔を真っ赤にして私を責めているけれど、問答するにもあたいしない。

 本当に不作だけが原因なら考える余地もあるが、そうではなく、モンテーノ家のろうの為の重税だと分かっている。

 もはや何からツッコんでいいのか分からない。


「今回の件は、殿下と私の口頭での個人的な話し合いのみのもので、正式な王命を下されたわけではありません。命令とおっしゃるなら正式に母に……陛下からサルヴィリオ家を通して下さい。そんな回りくどいことをされなくても……殿下が婚約者の方の領地を助けて差し上げたらいいではありませんか。殿下の婚約者には、国から大きな予算が割り当てられていたと思いますし。私はそこにはほとんど手を付けておりませんから。殿下の資産と合わせてえんじょなさってはいかがですか?」


 彼が私に割り当てられたはずの予算を使い込んでいたのはずっと前から知っていた。それを知った上で言うと、彼は真っ青になってふるえている。


「殿下、いい加減変わりましょう。貴方が守る民のためにも。周りがなんとかしてくれる、ではなく、ご自身が変わる努力をしなければ。周りがどんなに言葉にしても、ご自身が変わろうと思わなければ変われませんよ」


 彼はいかりで顔を赤くし、ワナワナと震えている。美しく整った顔もああなると醜

みにくいなと思いながら、足を進めた。

 周囲の人間はどうだにすることもなく、らんらんと目をかがやかせ、王家のしゅうぶんに夢中になっている。

 その視線を一身に集めながら広間を後にした。


「お嬢。いんですか?」


 王宮からサルヴィリオ領に向かう為、よくに乗った従者のテトが、こちらをチラリとも見ずに言った。


「何が?」

「王太子妃になるべく、あんなにがんばっていたのに」

「……テト、あんな男が自分の将来のだんってどうよ?」

「まぁ、俺なら関わり合いすらしたくないレベルですね。見事なクズっぷりである意味すごいっすよ。リタがいたら、ちがいなくしゅんさつしてましたね」


 リタとはテトのふたの妹で、私の専属じょだ。

 二人は旧クアトロ男爵家の次男の子だが、訳あって小さいころから私と一緒に育ってきた。

 兄弟と言っても過言ではないほどお互いのことをり尽くしている。

 二人ともそっくりな可愛らしい顔立ちに、くりいろの髪。そして綺麗なエメラルドの瞳を持っている。二人を見分けるとしたら、かみがたぐらいだろうか。テトは小さな一つ結びに、リタはお団子を結っている。

 リタもテトも騎士団に所属していたが、戦場について来られる侍女としてリタのはいえがされた。


「だからあの子は王宮に連れて来られないのよ。殿下のこときらいすぎて顔見たらじんしん出ちゃうし……」

「そっすねー。あれだけクズなら仕方ないっすけど」


 テトは、女の子にも間違えられそうな可愛い顔をゆがめて言った。


「……どうせこの婚約破棄のせいで次の結婚は無いだろうし、好きなことしちゃおうかな。元々騎士団長としての期間は殿下と結婚する予定の十八歳までのはずだったし……」


 本来なら来月の殿下のの誕生日に結婚式が予定されていたのだ。

 結婚目前での王家との婚約破棄ともなれば傷物あつかいで、もらがいるとも思えない。


「好きなこと……。例えば?」

「そうね、あこがれの騎士のもとしゅぎょうを積むとか?」


 するとテトはワケ知り顔で片方の口角を引き上げた。


「いいんですか? 団長職を退いて。好きだったでしょう?」

「いいの。ウチには優秀な弟がいるから」


 そう言って十二歳になった弟のオスカーをおもかべながらこしに下げているこくりゅうの剣にれた。

 最強の竜種から取れたかくで作った剣は世界最強の剣と言われ、軽く、かたく、魔力を何倍にもぞうふくしてくれる。

 この世界で貴族が貴族たる所以ゆえんは魔力が使えるからだ。

 生後、しん殿でんにおいて魔力判定がなされ、下から『青、赤、黒、白、金』の五段階で評価される。

 王族や上位貴族は総じて最高位の金とされる事がほとんどであるが、サルヴィリオ家ははくしゃく家にもかかわらず、代々金ランクのこうけいがれてきた。

 けれど私は赤ランクだった。

 アントニオ王子にもてきされた通り、私の魔力は下から数えたほうが早かった。

 ランクは努力だいで上げられるが、それでも二階級が上限だと言われている。

 そんな私に比べてオスカーの魔力判定は『金』という結果だった。彼は私の苦手な身体強化もすぐに使いこなし、次期へんきょうはく団長としても相応しい。


「そもそも騎士団長も殿下と結婚するまでの条件付きだったし。この剣も……ゆずらないとね……。団長をオスカーに譲るのはいとしても、婚約破棄に母上はどれだけおいかりになることやら……」


 母に団長就任後渡されたのはこの黒竜の剣だ。魔力の弱い団長が不安だったのか、せめて団長に相応しい剣を持てという意味だろう。


「……大丈夫ですよ。そもそも向こうが意味不明の婚約破棄を言い渡してきたんですから。お嬢がおこられることは無いですよ」


 テトはそう言うが、母は私が王太子妃になることを望んでいたと思う。

 だからこそアントニオ王子の許嫁いいなずけになった時、今までの教育のカリキュラムを一新し、厳しい家庭教師を三人もつけた。

 サルヴィリオ家の長子として、騎士としてのたんれんももちろん同時進行で行われた。

 魔力の弱い私が団長としてやってこられたのも、この黒竜の剣と、私特有の能力のおかげだ。

 私は生まれつき魔力が弱かったが、なぜか、視力、ちょうりょくきゅうかくは異常なほどすぐれていた。

 森のはるか奥までわたせて、つうの人では感じないにおいを感じとり、となりの部屋でハンカチを落とした音すら聞こえてしまう。

 この能力をフルに活用して隣国の動向や、魔物とうばつに対処してきたのだ。だけど……こんなことになったのも私の努力が足りないからと思われるかもしれない。

 母に持たされた黒竜の剣がズシリと重く感じ、思わず小さくため息がこぼれた。


「色々考えたいから、領地までゆっくり帰りましょう……」


 頭を整理したくて、本来翼馬で帰れば二日の道中を、ちゅう馬にえ三日かけてのんびり帰る事にした。

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