【新約外伝】あたしと先生の異世界転生

橙ともん

フィクション♡

第333話 最後の魔女――魔女の最後と最期


 どうして人の世は、いつの時代も残酷なのだろう……

 我ジャンヌ・ダルクも、数々の受難を受けてきたから、あなた達の辛苦は痛いほど理解できる。


 本当の神という存在は、我に聖人になれと言った。

 これを聞いている大衆よ――

 我を魔女として火刑に処したところで、それは大衆の一時的な満足を得るに過ぎないことも……


 我は魔女に非ず。

 ただの100年戦争を生きた先導者だ。

 結局、我が死んでから祖国フランスは勝利を得る。


 我ジャンヌ・ダルクは、

 無力な我を我自身が悔しがり、怒って、怖くなり……

 聖人になってからも、時々我はこう思ってしまうのだ。



 ――しょうがないと思え


 しょせんは、死んでいく命だ



 繰り返されるこの言葉、

 普通の人として生きることを許されなかった我が人生、

 そして、生への未練と羨望――



 これは復讐なのか?


 我の心の奥底にある聖人という偽衣で隠されている……それは怒り?



 怒り――



 蘇る。


 虚構の中から今蘇る。


 今蘇る。



 永遠に暴露するは、本当の神への冒涜ぞ――




       *




 大美和さくら先生は一人、ラノベ部の部室でノートPCに向かいせっせとキーボードを打っている。

 部室にはカチカチとその機械的な音が反響している。

 いつものラノベ部らしくない、まるで武器庫で黙々と剣を研いでいるような冷たい音だ。

「……ところで、私はなんでこんな文章を書いているのでしょうね」

 ふと、独り言を呟いた。

「もう終わったと思っていた預言に、まだ続きがあったなんてね」

 一瞬、キーボードを打つ手が止まる。

 が、すぐにまたカチカチと文字を打ち始めた。

 先生は何を思ったか? 文字を打っていた無表情の口元を、少しだけ緩ませた。

「新子友花さんに、あれほどアドバイスをしておきながら、未来を存分に……とかなんとか言っておきながら」

 思っていたのは、新子友花との部室でのとあるやり取りの場面だった。

「……実は、それすべてが、私――大美和さくらが読者に伝えたかった預言という名のイルミナティの世界の破壊工作を暴こうとしてやる野望だったなんて」


 今更、誰にも言えませんね。こんな……


 こんな、おバカなこと


 大美和さくら先生はそう心で寂しく呟くと、キーボードに乗せていた両手を下ろして、打つ手を止めた。

 しばらく、じっと画面を眺めたかと思うと、ゆっくりと後ろを振り返った。

 そこには先生が新子友花に告げたラノベを書く上で、とても大切なポイントが大胆に大きく早書きで残されていた。


 ――電子型ホワイトボードに電子ペンを手に持ち、チャチャっと大きくキーワードを書いたのは大美和さくら先生自身である。

 何と書かかれているのか?

 まあ、預言シリーズを読んだことのある方であれば、容易に思いつくはず……。

 ……いつもの如くですけれど。



『フィクション♡』



 最終改訂版はハートなんですね……。

 大美和さくら先生は、振り返ったままでしばらくそのフィクションの文字を見続けた。

「ラノベなんてフィクションの塊なのですから、2人は思う存分フィクションを書いちゃってくださいな!」

 先生は新子友花に伝えたラノベを書くポイントを、もう一度口ずさむ。

 ふふっ。

 思い出し笑い……先生が笑みをこぼす。

「な~んて、大見得はって言っちゃったけれど、あれでよかったのかしらね」

 クスクス……と、今度は肩を揺らして思い出を懐かしむ。

 すぐ、一通り笑い終えると再び両手をノートPCのキーボードの上に置いた。

 呼吸を整え小さく息を吸い込むと、さぁ~て! と心中で呟く。

 目に力を入れ気合を自身にかけた。


「……」


 しかし、大美和さくら先生の両手は一文字も進むことはなかった。

 無言のまま――

 無表情のまま……、けれど両眼だけが怒りに満ちていた。


 いいえ、よくなんかありませんから……


 先生は心の中に怒りを、憎しみからくる怒りなのか、それとも悔しさからくる怒りなのか、その両方なのかもしれないが、兎に角――


 そうです……

 その通りです……


 怒りで書いていることは確かだ。


 だって、私は知ってしまったのですから……

 世界最悪の日に起こる大災害の預言の内容を……



『おのれ、イルミナティ、

 どうして私達は出会ってしまった?

 この悪魔崇拝め――』



 大美和さくら先生の怒りは、イルミナティという秘密結社に向けたそれだった。

「知ってしまったが最後でしたね。だから私は教えたい、伝えたいと決断しました。これが先生としての、最後の授業になるのかもしれませんけれど……」

 ゴーレムが笛を吹かれて硬直していたかのように微動だにしなかった両手が、ようやく動き始める。

 カチカチとキーボードを軽快に打つ音が、ラノベ部の部室に木霊する。

「それはもう……しょうがないですね。先生として、新子友花さん……あなた達若者に、うんじゅっさいの私が伝えなければいけないのです。先生としての義務――」

 義務。

 預言を書き残すことが、大美和さくら先生にとっての自分なりの義務なのだとしたら、その意気込みはどこからくるのだろう。

 学園時代、元新聞部の記者としての追求心?

 ラノベ部を新設した自分の、フィクションを物語にして作品にする行為のための正当性?

 国語教師として文芸をいくつも読んで生徒に教えてきた、先生としての本分なのか。



 ラノベ部顧問としての、指導…… …  『義務』





 新子友花さん。

 あなたには無関係の内容ですからね。

 だって、これフィクションなんですから……。




       *




 最後の魔女は、大天使として昇天して行ったが、

 それでも、闇を滅ぼすことはできなかった――

 最後の魔女は、天から再び預言書を書くことを決断した。



 最大危機は西暦2023年4月20日の金冠皆既日食である。

 金環日食と皆既日食と部分日食のすべてを観測できる、天体現象として極めて珍しい日である。

 この日、新型肺炎の毒性は更にワンランクアップしてしまい、


 オメガ株――


 の兆しを世界の科学者たちは発見する。

 実際には猛毒性の鳥インフルエンザ等の既存のウィルスを、人為的に遺伝子操作させたものが使用したものである。

 西暦2030年からオメガ株は世界中で猛威を振るうことになるだろう。



 本格的な第三次世界大戦は、西暦2022年12月26日に朝鮮半島から勃発した。

 黒海に面した国の大統領は訪米して、イルミナティから次の指示をもらった。

 局地戦を、西暦2026年に完成するサグラダファミリアの前年、

 西暦2025年3月26日の部分日食に終結させるようにと……。


 イルミナティが計画する第三次世界大戦のセカンドステップは、東アジアへと移行させるだろう。




       *




 大美和さくら先生は、ふとキーボードを打つ手を止める。

 部室の窓の外を見つめた――


「私にとって田舎の友達は……もうキャラクターと同じなのですよ。フィクションですよ! キャラクターは死なないからね……」


 その言葉は、かつて新子友花へ語ったフィクションの本質という内容だった。


「先生の知っている新子友花さんも、忍海勇太くんも、神殿愛さん、東雲夕美さん、そして新城・ジャンヌ・ダルクさん―― 狐井真白さんに狐井剣磨くん」


 空に浮かんでいる雲は、ゆっくりと流れている――

 安らかな視線をその雲に見上げるのだった。


 雲の間から、太陽の光が姿を現す。

 現したかと思ったら、すぐに雲の後ろに隠れてしまった。

 部室内は薄暗くなる……。

 今度は、大美和さくら先生のノートPCのライトが先生を眩しく照らし出す。


「あなた達と出会った理由は、いったい何なのでしょうね? この世界が因果でできているというのであれば、先生が今書いている預言書もまた、先生が書かなければならない因果の結晶なのでしょうか?」



 キャラクターは死にません―― フィクション♡



 それは、新子友花に語ったフィクションの本質だった。

 続けて大美和さくら先生は、心の中で静かに「フィクション」という言葉を思い浮かべる。

 ラノベ部を新設した先生が、何時いつでも心に誓うキーワード「フィクション」だ。


 物語が“そうあってほしいと願望させる”ための本質であり、

 同時に“そうあってはいけない”という生きるキャラクターに命を与えるための自戒の言葉。


 頭の中で巡り巡らせる異世界を、冒険する自分を、自分たちを……。

 ラノベ部顧問の大美和さくら先生は、どこまでもフィクションするのである。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

 登場人物と団体名等は、すべて無関係です。

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