追いかけられない
「いやあ、意外と終わってみると短かったな」
あの日から一週間。ついに退院となった。家もかなり久しぶりに感じるが、病院にいた時間はあまり長く感じない。やはり毎日誰かしらが来て、盛り上げてくれたからだろうか。
斗真と凜花ちゃんが襲来したときは大変だった。二人共何故かキレていて、あろうことか被害者である俺に当たってきたのだ!なんでも、連絡が会長から来たことに腹をたてていたみたいだが。俺からきちんと連絡もらいたかったらしい。
「ま、これから普通の生活に戻れるわけだし、良かったかな」
遠野先生からは明日から普通に授業を受けていいし、学校生活に問題はないとのこと。処分は一週間の停学で、入院中に消費してしまったのだ。
まだ怪我は残っているけど、重症の怪我はない。せいぜい、殴られたときに付いた擦り傷とかがちょっとん怒っているくらい。でも、そっちのほうがかえっていい。クラスメートの奴らになんで休んでたのか聞かれた時、怪我って言った時信用されやすいからな。
「お兄ちゃん、なんかいる?」
扉が開き、顔をのぞかせるのはひまり。お母さんとお父さんは十亀会長の家に、入院のあれこれとか、犯人の男の処遇とかを話し合いに行っているので、今は俺とひまりのみだ。
「おいおい、なんで肌着しか着てないんだよ。上着きろ」
「いいじゃん。別にズボンは履いてるし」
「高校生だろが。恥じらいを持て」
そんなのしーらない、そう言い捨て、ひまりは堂々と部屋に侵入し、俺のベッドにダイブする。
「あー、お兄ちゃんの匂いがする」
「……俺は、ひまりの匂いがするとしか思えなかったけどね」
そう言ってやると、ひまりはぎく、とした顔をして目を泳がす。本当に、久しぶりに帰ってきてまずベッドに横になったら、俺じゃなくてひまりのふわふわした匂いがしたのだ。思わず、周りを見渡して俺の部屋であることを確認してしまった程。
「お前、もしかして、俺がいない間この部屋で寝てた?」
「……仕方ないじゃん!寂しかったんだからぁ!」
むきー!と、怒ったようにジタバタするひまり。認めたな。かわいい。
生暖かい目でじっと見つめていると、恥ずかしさが限界になったのか、「この話はおしまい!」と無理やり終わらせてしまった。
「今日お母さんとお父さん、十亀会長さんの家に行ってるじゃん?長くなりそうだから、ご飯食べといてって。せっかくだから食べいこうよ!」
「うーん、良いかもな、時間も時間だし」
時計は飯時を差し、もう作るには遅い。もうひまりが風呂に入った後なので湯冷めが気になるが、肌着で扇風機当てて暑いと言っている様子をっ見る限りは大丈夫だろう。
「どこか行きたい所ある?このあたりなんでもあるよな」
「うーん、天ぷら食べたいかも」
天ぷら屋は確か隣町にあったはず。そう遠くもないし、歩いていくか。
「じゃあ天ぷら食いに行くぞ。ひまり、まさかその格好で出るとは言わないよな」
「言わないよ!この格好見せるのはお兄ちゃんにだけなんだから!」
このブラコンが……と言おうと思ったが、俺も大概シスコンであるような気がしたので、口には出さなかった。
●●●
天ぷら屋は大変美味しかった。やはり専門店はサクサクで良いな。家で作るとどうしても冷えてベチャっとしてしまうので、尊敬する。何ならベチャッとならないコツ、教えてほしいくらいだ。
「うわあ、美味しかった!」
さっきからひまりは上機嫌である。やはり腹いっぱい美味しものを食べると人は上機嫌になるのもだ。俺も非常に気持ちが踊っている。
「ねえ、また行こうね!」
「おう。次は咲ちゃんも連れてくか。斗真とか凜花ちゃん誘っていくのも手だな」
生徒会のメンバーのみなさんはどうだろう。意外と好きそうだな。なんでかしらないが、今回の入院騒動で、みなさんと交流が増えたので、あのメンバーの誰かと来る、言うのも良いかもしれない。確か、星野先輩が俺と出掛けてみたい、と言っていたはずだ。
「うーん、こう考えると、今回は色々な人に迷惑かけたけど、俺からしたらそんなに悪くなかったな」
「何いってんの!?死にかけたのに?」
「死にかけたのに」
頷くと、ひまりは変なやつを見る目で見てくる。
「言っておくと、死にかけた事が快感だったとかはないからな。もちろん、それから付随したことが良かったってだけで」
あれから、小山先生から連絡先をもらえたし(なんでも、十亀会長の関係者の専属のお医者さんもやられているみたいだ)、ただでさえかなり関係が良好だった生徒会メンバーとは、全員から「友人である」と言われた。
遠野先生もかなり心配してくれていたみたいだ。ただ、遠野先生はあの病室、そして生徒会が勢ぞろいしていたタイミングだったから、すぐに何とも言えない表情で、「大変だろうが頑張れよ」という言葉をくれた。
凜花ちゃんと斗真も最初こそ不機嫌だったが、仲直りした途端、大丈夫だったかとか、異様に心配された。
クラスメートたちも、何人かは斗真を通して、菓子などを差し入れてくれた。
「確かに、お兄ちゃん、人望あるよね」
「うーん、まあ、普通じゃないか?」
普通に友達がいて、普通に心配されて、普通に心配ないよといえる。その普通が幸せであることに気がつけたのが今回の収穫だな。
「それは普通じゃないの。お兄ちゃんは、たくさん心配してもらえて、たくさん協力してもらえたけど、それは、日頃お兄ちゃんに良くしてもらってるからなの。何もしてこない人には何も返さないでしょ?」
「確かに、日頃のお返し、って言ってやってくれたやつもいたな」
「それはお兄ちゃんがお兄ちゃんだったから。……ま、そのお兄ちゃんが、みーんな好きなの。」
ひまりは道の途中だってのに、突然抱きついてくる。「私は、好きどころか、だーいすきだけどね」と笑う。
「でもさ、今回のこと、あんまり良かったなんて言ってほしくないの。お兄ちゃんが危ない目にあったのは事実だし、そのことで私がどれだけ不安で、寂しかったか」
その顔を見ると、いつもの冗談めかして笑う様子はなく、少し困ったように、けれども本心からであると言わんばかりの素直な目だった。
「わかった」
「わかったなら良し!」
そう言えば、ひまりはとんとん前に進んでいく。ブーツはもう暑いのか、咲ちゃんが履いていたのによく似たローファーを履いていた。そうして、ぴた、と立ち止まって、振り向かずに話しだした。
「私、お兄ちゃんが運ばれたって聞いた時、腰が抜けちゃったの」
ただでさえ小さなその背中はいまはさらに小さく見える。
「何も言葉を出せなくって、ただ涙が出てきて、息もできなくて。咲ちゃんが抱きしめてくれてなんとかなったんだけどね」
咲ちゃんがいなかったら、私のほうが先に死んでたかも。と小さく笑う。
「……私、もしかしたら、お兄ちゃんまでいなくなっちゃうかも、って思ったの」
今すぐひまりの近くに行ってやりたい気持ちなのに、その意思に反して、足は動いてくれない。
「もう大切な人は失いたくない。でも、それを前にしたら怖くってたまらなくなったの」
だから。ひまりは一息置いて、言った。
「和人さんが生きててくれて、本当に良かった」
もう聞くことのないと思っていたひまりのその呼び方。ただただ立ち尽くして何もできない俺をおいて、少しずつひまりは進んでいく。こういう時、走って追いかけて、そして抱きしめてやれるのが本当の兄なのだろうか。
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