頼りになる先輩


「あ、てめえわかってんだろ?どこ敵に回してんのか」

「ひい!」


 山口先輩の圧に負けてか、男は俺の上からどき、逃げるように這い出した。


「逃がすわけねえだろ」


 山口先輩はその男の足を掴むと、縄で縛りだす。男はろくな抵抗もできずすぐに拘束されてしまった。

 しっかりと解けないか確認して、なにか持っていないかボディチェックを済ませた後、山口先輩は俺に目線を向けた。クソ怖い。ひ、と口から声が漏れた。


「次はお前か」


 そうして山口先輩は徐々に近づいてきて、振りかぶり、拳を思いっきり振るう。俺はあまりの迫力に、目を閉じて、いつぶん殴られるかとビクビクしていると、想像以上に弱い衝撃で頭を小突かれる。

 ゆっくり目を開けると、いつも以上にむっとした表情の山口先輩がいた。


「はあ。お前な、なんでやり返さなかった」

「いや……こっちが悪くなるかなと」

「バカか?その気持ちは立派だけどな、お前死ぬとこだったぞ?殴られてくらいじゃ死なないとでも思ってたか?一回殺してやろうか!」


 はあ、と山口先輩はため息を吐いて、ぶっ倒れて動けない俺の隣に座る。


「何人も殴られて死んでる奴がいる。今、自分の状態わかるか?血だらけだぞ、大怪我だ。俺が来んのが遅かったら死んでてもおかしくねえ。沢本を助けてやんねえといけなかったとか、前科着くのが嫌だったとかよ、理由は分かんだよ。でもよ、もうちょっと考えろや。死んだら元も子もねえだろ?」


 諭すような声で、山口先輩は語る。

 確かに、ちょっと考えなしだったかもしれない。みんなに常識があるものと考えすぎてたかもしれない。今回のやつだって、そんなになるまで殴るなんて狂ってる。


「正直な、人は簡単に殺せる。でも、人を殺すかもしれないからこそ、そうならないような立派な心が必要なんだ。そんなのに縁がないなら良いんだが、こいつはその心がなかったな」


 拘束され、転がされている男を見て、吐き捨てるように言う。心から軽蔑する表情は、見ていてぞっとするほど冷たかった。


「おい、血がたれてるぞ。全く。そんなにハンカチの予備はないってのに」


 そう言いながらも、真っ白なハンカチで俺の顔面を拭いてくれる。しばらくの間そのままになっていると、救急車の音が聞こえた。ちょっとすると、焦るように急ぐ音。そしてパトカーの音も聞こえ始めた。


「お、やっと来たな。……もう喋れないか。ま、これからはわからん。お前は相当殴られてるし、もしかしたら死ぬかもしれない。だけど、俺はお前のこと気に入ってるんだ。絶対死ぬなんて許さないからな」


 先輩の言う通り、俺はもうあまり喋れる状態ではなかった。だんだん意識が霞んできて、絶対死ぬなんて許さないからな、という言葉の後、目を閉じた。



 ●●●



 起きると、そこは病室だった。


「せん、ぱい?先輩!」

「お兄ちゃん!起きた!」


 直ぐ側の椅子に明らかに泣きはらした様な顔をした咲ちゃんとひまりがいた。二人は、起きた俺を見るなり、わなわな震えだし、挙げ句飛びついてきた。


「良かった、お兄ちゃん、死んじゃうかもって聞いて……」

「先輩がいなくなったらと思うと……」


 二人は啜り泣くような声をあげる。その二人の背中をとんとん叩きながら、壁にかかった時計の日付を見ると、約一日経っていた。なるほど。たしかにその間一回も起きてないなら心配もするか。

 

 俺の顔面はかなりの違和感に襲われていた。多くをガーゼのようなもので覆われている感じがするし、ヒリヒリするし、ガーゼに血が染み込んで、冷たくなっているところもあった。腕にも点滴が刺され、なんだか大袈裟にも見える。


「そうだ!看護師さん呼んでくるね!」


 と、二人は突然立ち上がり、走って病室を出ていく。……一人でも良いんじゃないかな、と思ったのは内緒だ。

 というか、この病室、やたら広い。俺が寝ているベッドから豪華だし、病室自体がまるで高級ホテルのようだ。大きな窓からは。雄大な山々が覗き、景色だけでも心が落ち着いてくるような錯覚を覚える。

 前においてあるテレビは家電屋さんでも見たことないくらいの大きさで、俺とは不釣り合いに思える。


「あ、高町様、起きられましたね。わかりました。えっと、これから担当医の診察を受けていただきます。すぐ隣のお部屋におりますので、準備でき次第、お越しください」


 それだけを伝えると、看護師さんは病室から出ていってしまう。特に何も準備することなどはないので、一応咲ちゃんとひまりに診察に行くというメッセージを送り、隣の部屋に向かった。

 ちなみに最上階みたいで、この部屋と隣の診察室、ナースセンター以外はなにもないみたいだった。



 コンコン、とノックをして中に入ると、まだ若そうな男のお医者さんが椅子に座ってお仕事をしていた。一般的な診察室とはあまり変わりなさそうだが、その道具一つ一つが新品のようになっている。あまりこの診察室を使う機会はないのかもしれない。


「どうも、高町和人と言います」

「うん。和人くん起きたね。私は小山康之っていいます。君の担当医です」


 どうぞ、と小山さんは患者用の椅子を指し示す。そこに座ると、まず今の俺の顔の様子の写真を見せられる。


「これが今の君の顔の様子。鼻の骨折はきれいに直したけど、ほかは外傷ばっかだったよ。縫うほどのところもなかったから、今はガーゼの下におくすり塗ってます。」


 そして、パソコンにレントゲンのような写真を写す。


「うーん、君はね、さっきまで寝てたでしょ?あれね、脳震盪です。脳震盪って、実は一回目はあんまり危険じゃないのよ。でもね、君の場合、殴られてる間に一回、そして救急車が来る直前に気絶したときに二回目なっちゃってるのね。危なかったよ」


 はは、と笑い話をするように笑みを浮かべる医師。それでいいのか。


「あの、それはまあ生きてるからいいんですけど、いつ退院できるんです?」

「うーん、あの脳震盪があるし、顔を中心に殴られてるし……一週間はみたいかな。昨日含めて一週間だから、今日含めず後5日」


 思ったより長い。暇だろうな……


「まあ、この病院の一階にはいろいろ売店とかもあるし、持ち込みとかも全然してくれていいからさ。我慢してよ」


 小山さんは苦笑いしながらそういう。


 これから、何して時間潰すか、暇だなあ、と漠然と思いながら、その小山さんの説明を聞くことになった。

 

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