観客がいるからこその弊害
「どうでした?」
「私達、結構良かったんじゃないのー?」
さっきのリレーで大活躍をした二人はと言えば、今はわざわざ生徒会のテントまで来て話に来た。
「ああ。正直、ここまでここまで運動できるとは思ってなかった。前見たときよりも出来るようになってなかったか?」
「あはは、そりゃあそうだよ。時間あったもん」
前にひまりが本気で走る姿を見たのは二年前。多少成長しているのは当たり前か。
「で、私はどうでしたか?」
ずっとひまりと話していると、咲ちゃんはずいっとこっちに顔を近づけてくる。その顔は、褒めてほしいとアピールしてくる小型犬のようだ。
「うん。びっくりしたな。なんか、ひまりよりも、咲ちゃんのほうが成長はしてると思ったけど」
「そ、そうですか?嬉しいです」
そう言って、咲ちゃんは俺にニコニコした表情で頭を差し出してきた。頭を撫でろということだろうか。本格的に小型犬になってしまったか。
咲ちゃんは確か、前見たときは女子の中では速いなあと思っていたけれども、今回のようにトップクラスの子たちが集まる中で抜かすことはできていなかった記憶がある。
しかし今回はとんでもない速さで、二人も抜いてひまりにバトンを渡せていたのだから、ものすごい成長だろう。
「おうおう?後輩侍らせちゃって!ドンファン気取りー?」
後ろからぽんぽん肩を叩いてきたのは沢本さん。にやにやしながらこっちを見てきているが、この人はこの二人が俺の妹とその友達という関係で仲がいいことを知っている。
「いじらないでくださいよ。二人が不快に思っちゃったら駄目でしょ」
「はああー、そう?うーん、私が見る限り二人は……ま、こっからは下世話な話か。まあ、私は二人の応援するよ。がんばれー後輩ちゃんたち」
沢本さんはひまりと咲ちゃんに心から応援するような目線を飛ばした後、俺にすこし引いた様な目を向けた。「え?これでわかってないの?健気で可哀想に……」などとぼそっと呟いていたが、どういう意味か。
「ま、相談役がそういうのに敏感だとは思わないことだね!見た目からさ。クソ鈍感男なんだから!」
「もしかして俺バカにされてます?」
どう考えてっも馬鹿にされているが、咲ちゃんとひまりは神妙な面持ちで「はい」と頷いていた。一体何をわかったのか。俺をいじるコツじゃなければいいけど。
「あ、その子達、さっき走ってた……和人くんの妹ちゃん達」
そこに、さっきまでリレーの記録に駆り出されていた星野先輩が戻ってくる。咲ちゃんとひまりはそれに気がつくとすぐに星野先輩に向き直り、頭を下げる。
「ああ、そんなに頭なんて下げなくってもいいので。いつも和人くんにお世話になってばかりですから。むしろこっちこそお礼したいと言うか!」
星野先輩があまりハキハキ話すので、ひまりや咲ちゃんはぽかんとしている。確かに星野先輩の見た目は、どちらかと言うと教室の隅でずっと本を読んでそうな見た目なので、声も小さく、ちょっと卑屈そうに思われることが多いだろう。
「ひまり。咲ちゃん。星野先輩は話好きの良い先輩だから心配しなくてもいいぞ」
「ええ!?私、初対面の印象そんな感じなんです?ああ、ショック!」
星野先輩は目を丸くして、2つ結びをと一緒に頭を振った。その様子を見た咲ちゃんとひまりはびっくりした様な顔で、笑っている。
星野先輩、見た目はほんとに図書委員とか学級委員長とかしてる感じだからな。今は本当はどっちかと言うと、その人達に注意される側だけども。
「というか、星野先輩は前より変わったんだ。ちなみに、なんでそんな変わったんですか?」
「う、うぇ!?そ、それは、君が原因と言うか……!ひ!妹ちゃんたちが怖いです!」
星野先輩が頬を赤くしながらもじもじしている様子を見て、何故かひまりと咲ちゃんの機嫌が悪くなった。なんでだ。
「先輩怖がってるから。機嫌直して」
咲ちゃんとひまりは自分の機嫌が悪くなっていることに気がついていなかったのか、俺の言葉にえ!?と驚いた後、恥ずかしそうにその不機嫌さを霧散させた。
「う、うーん。あの二人、ライバルかあ。勝ち目が……」
星野先輩は暗い顔で下を向いてブツブツ何かを呟いている。うーん、前の性格モードになってるな。
「相談役さあ、天然たらしでしょ」
じっとその様子を見ていた沢本さんがじとっとした目を向けてくる。そう言われても、俺は無実だ。
●●●
二人が自分たちのテントに戻ってしばらく経ち、特に知り合いの出場する様な競技もなく、今までで一番の暇に襲われた。
「うーん、びっくりするほど暇だ」
去年はここじゃなくて、クラスのテントにいたため、クラスメートと話したり、それこそ斗真と話したりできたわけだが今回はそうは行かない。俺の今回の仕事は、生徒会席に誰もいないという事がないようにする、ということにからだ。
と、いっても、そう簡単に生徒会に突然の仕事ができるわけもなく、ただただ暇なのである。
先輩たちは皆色々な仕事をこなしに行った。しかし、そろそろ誰か戻ってきてもいい頃だ。そう思ってふと後ろを振り向くと、大勢の観客の中に沢本さんがいた。謎のちゃらそうな大学生に声をかけられ、とんでもなく迷惑そうな顔をした沢本さんである。
まずいな、と思って、すぐに走ってそれを止めに行く。
「ちょっと、なにかありましたか?」
出来るだけ相手を不快にさせないように、笑顔を貼り付けて、そう聞く。男は全く不機嫌さを隠すことなくその顔をこちらに向ける。
「あ、んなもんねえよ。ガキはさっさと競技でもしてろ」
「ですが、うちの先輩となにか話していたみたいですから」
沢本さんは背が高く、スポーツ少女、という感じかつ、とてもかわいらしい顔をしている。十中八九この男はナンパだろう。実際、沢本さんはこの男に怯えるような目を向けている。相当しつこく言われているのかもしれない。
「それに、競技に戻らないといけないのは、私だけじゃなくて、この先輩もなんです。いい年こいてガキナンパする人にはわかんないと思いますが。未成年ナンパして、恥ずかしくないんですか?」
出来るだけ丁寧にその男を煽る。すると、激高した男は俺に拳を振るう。その目にはすでに沢本さんは写っていない。それに気がついているのだろう。すでに沢本さんはすでにここにおらず、席がある方に走っている姿が見えた。
どんどん殴られる。相手を煽っといてあれだが、俺はこいつになにかしようとか考えていなかった。日本の刑法上、もし殴られたとかの理由があったとしてもやり返したらやり返したもん負け。こっちも責任を追うことになってしまう。
にしてもいたい。やっぱこいつは大学生以上だったみたいだ。チャラチャラしたネックレスが鼻につく。
というか、高校生に馬乗りになって殴るの、どうかしてる。流石にこれ以上はまずいかも……
そう思っていると、突然男の拳が止まった。まるで掴まれたようにピタッと止まる。
「おい、てめえ俺の後輩にいろいろやってくれてるじゃねえか」
ああ、山口先輩だ。
山口先輩はその大きな体で、男も俺も覆って余りある影を作っていた。
そして男は山口先輩を見て、ひっと息を漏らす。山口先輩がガチで殺さんばかりの目で見下げてきていたからだ。
しかもそれは男だけではなく、俺にも向けられているように感じられた。
ああ、俺、死ぬかも。人生ではじめて死を覚悟する。
だって、先輩怖すぎるんだもん。
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