運動能力の秘密


「先輩。出場競技決まりました?」


 昼休み、いつものように廊下にやってきた咲ちゃん。隣にまだひまりはいないが、少し慣れたのか、又は彼女が認知され始め、視線を感じにくくなったからかあまり気にする様子はない。


「俺は走る競技系だな」

「なるほど。ちなみに私は借り物競走になりました」


 うちの学校では、なかなかおもしろい内容を借りたりしないといけない借り物競走。「カップル」とか、「メスシリンダー」とか、持ってくるのが一苦労のものもある。もはやカップルってなんだよ。二人持ってこないといけないじゃないか。


「あー……頑張ってくれ」


 多分苦労するだろうけど。そう思っていると、咲ちゃんは大袈裟ですね。ただの借り物競走じゃないですかと笑うが、その目に俺は目をそらすしかない。

 ちなみに、あまりにものすごいのだと、達成できないときもある。去年の場合、「温泉豆腐」のお題を取った人は未達成だったはずだ。


「うん。応援してるからな」

「なんですか!なんか心配になってきたじゃないですか!」


 ぶるりと体を震わせ、「一体どんな地獄なんですか」と戦慄している。

 まあ、相当運が悪くない限りはそんなことないからな。まあ大丈夫だろうと思う。。


「それにしても、走る系って、具体的にはどれに出るんです?」

「100m走」

「だけですか?」

「そうだな。去年俺は騎馬戦やら棒倒しやらいろいろやったから、去年やってないやつに譲ったんだよ」


 去年はなぜかやる気が漲っており、それはそれは体育祭でも活躍?できた。騎馬戦などは最後の最後まで残ってみせたし、棒倒しでは怪我するくらい精一杯頑張った。だから、別に今年は良いか。となってしまったのだ。


「ほー、なるほど。じゃあ精一杯先輩のこと見てますね」


 期待の目で見てくるが、止めてほしい。もしかしたら大敗するかも……まあ、同じくらいの速さで組み合わせされるから問題ないか。


「というか、俺多分当日生徒会の手伝いさせられるんだよな」


 生徒会と体育祭実行委員で作られる体育大会。もちろん、生徒会にもある程度の仕事はある。その中でも大きな仕事はもちろん会長たちがやってくれると思うが、細々した雑用を押し付けられるのは容易に想像がつく。


「生徒会って大変なんですね」

「ああ。まあ、悪くはないぞ。あの人達、面白い人達だし」


 そう言ってやると、咲ちゃんはへえ、と聞いている。きっと入学式のときの十亀会長のイメージが強く、まだ面白い人、というのがどういうことかわからないのかもしれない。


「まあ、あの生徒会のことだから、きっと咲ちゃんもひまりにも、いつか接触してくるさ」

「私の話した?」


 ぬるっと後ろから声がかけられる。びっくりした。この声はひまりだが、いつもとは逆から来たのだろうか。


「おう。ひまり。いつもとは逆方向から来たのか?」

「落ち着いたみたいに話してるけど、お兄ちゃんが肩ビクってなったの気がついてるから」


 ひまりの方を振り向くと、くすくす小さく笑っている。兄をからかうか。正面を向けば、咲ちゃんも口元を抑えて笑っていた。恥ずかしい。


「はあ。ちゃんと話しかけてくれよ」

「わかった。お兄ちゃん」


 ひまりはわかったのかわかってないのかわからない顔で頷く。これは警戒していないといけないかもしれない。このままでは普段の生活も脅かされそうだ。

 ひまりをじろりと見つめると、見透かされた、と言わんばかりに目をそらし、これ以上は敵わないと言わんばかりに別の話題に切り替える。


「そうだお兄ちゃん。私は体育大会、100m走に出るから!」

「おー、一緒か」


 ひまりも100m走か。確か俺よりひまりのほうが速かったよな。


「どうせ第一走者になるだろうな」

「そうでしょうね」


 俺と咲ちゃんは顔を見合わせる。

 咲ちゃんもひまりも、そう特別体がスポーツに向いた感じではないというのに、平均以上のスコアが出せるため、だいたい一番早いやつが集められる一発目の走者に選ばれがちだった。

 この学校も例にもれず、一番早いグループは一発目に走ることになる。つまり、ひまりは今年も一発目に走る、ということである。ちなみに俺は平均よりは早いが、トップ層には全く届かないくらいである。


「にしても、咲ちゃんもひまりも、体も小さいのに、なんであんなに活躍できるんだ?」


 昔からの疑問だった。体の大きな子のほうが絶対有利であるようなフィジカルが試されるような競技でも、何故かこの二人は強いのだ。

 例えば、柔道の授業では明らかに自分より大きな経験者もいる中、腰技縛りでオール一本勝ちとか、ラグビーでタックルされたのを弾き返したりとか、明らかに体幹だけではだけでは説明がつかないくらいなのである。


「うーん、気がついたらこうなってたんですよ。最初はこんなでもなかったんですけど、ひまりちゃんと遊んでるうちにだんだんスポーツが得意になって」


 本当に不思議だ、と言わんばかりの表情を浮かべる咲ちゃんだったが、それ、妹のせいじゃない?


「なあ、ひまり。お前ってさ、周りにいる人の運動能力高めるオーラでも出してるのか?」

「多分ないよ!私、遊ぶ時運動ばっかだったからさ。特に、咲ちゃん以外の子もいるときは、その子の部活の競技で遊んだりもしてたからかも」


 咲ちゃんも頷いている。確かに、うちにはグローブや多種多様なボールなどがあり、それぞれが使い込まれていた。


「というか、じゃあ俺が今平均よりちょっと運動できるのって……」

「ちょこちょこ私と遊んでくれてたからじゃない?」


 ああ。そういうことか。ひまりとは、ちょくちょく近所の草野球に遊びに行っていた。

 草野球と言っても本格的なものではなく、止めた選手が体を動かすためにやっているようなカジュアルなものだったのだが、その時から、やたらひまりは動きを教えるのがうまかったのだ。

 「お兄ちゃん。こうしたらもっと動きやすいよ!」とか、「体をこう使えば、もっとパワー出るよ!」とか。そういったことに従えば、簡単に体が動くようになったものだ。


「なるほど。ひまりは体の使い方が尋常じゃなくうまくて、それを教えるのも尋常じゃなくうまいのか」


 ようやく納得した。しかし、ということは


「ひまり、今回お前らのクラス、クラス競技あるか?」

「ううん。ないけど」


 咲ちゃんも頷いている。良かった。これでクラスマッチでひまりがみんなにいろいろ教えていたら、他のクラスを蹂躙するだけのやばいチームが出来上がっていたところだった。

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