味噌汁事件


「うう……まだちょっと恥ずかしいです」


 放課後になり外に出ると、校門のそばにひまりと咲ちゃんが立っていた。きっと待っていてくれたんだろう。


「まあ、二人共悪いやつじゃないから」

「まあ、そこは私もわかった。……ていうか、私たちにあれを教えてくれる時、やたら佐山先輩の目が曇ってたんだけど、あれ大丈夫だったの?」

「……世の中には、いろんな愛の形があるんだ」

 

 ひまりが少し心配そうに聞いてくるが、俺の返答を聞いて察したか、特にそれ以上踏み込むことなく前を向く。すると後ろからつんつん突かれる感覚を覚え、後ろを振り向く。


「ちなみに先輩はあの形の愛、有りですか?」

「うーん、わからん」

「そうですか。じゃあ止めときますね」


 咲ちゃんはふふっと口元を軽く押さえつつ笑う。……というか、何を止めておくんだ?気になるんだが……


「それは秘密ですよーっ!バラしちゃったらつまらないじゃないですか」

「なんか、高校に入ってから、少し咲ちゃん変わった?」


 なんだか、少し今までより気軽に接してくれてる気がして物凄く嬉しいのだが、なんだか男を勘違いさせそうな言動が目立ってきたような気がする。

 その言葉を聞いて、咲ちゃんは少し振り返るように顎に手を当て、うーん。と考え始める。そして、自分でもそこに気がついたか、みるみるうちに顔が赤く染まっていく。


「す、すいません……は、恥ずかしいことを……先輩にも、ご迷惑を……」

「い、いや!何なら嬉しかったけど!」

 


 弱々しい声を聞いて、つい出てしまった本音。あ、しまった、と思ったときには遅い。顔を真っ赤にした咲ちゃんは、少し嬉しそうな顔をして、


「じゃあ、このままで……先輩のお好みになりますよ」

「はあ!?」

「さ、咲ちゃん。流石にその発言は……!」

「……え?あっ!」


 さっきまでニヤニヤと傍観を決め込んでいたひまりが苦言を呈するほどの失言。それじゃあ、まるで咲ちゃんが俺の好みに合わせてくれるみたいな……

 それに気がついた咲ちゃんは、更に顔を真っ赤にして、しゃがみこんでうーうー唸りだす。哀れ咲ちゃん。言われた方も恥ずかしかったが、言ったほうがそれは恥ずかしいだろ。

 今も、「違うんです!」とか、「そういう意味じゃなくって!」と焦った言葉が聞こえてくる。


「いやあ、お兄ちゃんは罪な人だねえ……そうだ!私と咲ちゃんを娶って私達のお婿さんになってよ!そしたら解決じゃん!」


 ひまりはからかうような顔で名案じゃない?と、咲ちゃんに語りかける。それでもうーうー唸っている咲ちゃんについにひまりは諦め、こちらに目線を向ける。


「お兄ちゃんのせいでこうなったんだから、早く直してよ」

「咲ちゃんは物かっての。……はあ。咲ちゃん。ちゃんとさっきのは勘違いってわかってるから。今日は商店街でコロッケあげるから、早く行くよ」

「は!?私は何を!」

「あ、起きた」


 俺が声をかければ、簡単に起きてしまった。コロッケは偉大である。



 商店街で気のいい店主に、一個サービスしてもらい、二人の分だけではなく、俺の分まで入手してしまったので、せっかくなので、家でゆっくり食べるついでに遊んでいこう、ということになった。


「咲ちゃんそれうまい!あっ!」

「よし、ひまりちゃん一機落とした!」

「そこおろそかだぞ、咲ちゃん」

「ああっ!先輩ずるいです!」


 俺たちはと言えば、テレビゲームで対戦を行っていた。あんまり実力差があるならつまらないこともあるかもしれないが、俺たちは全然実力差がない。全員が平等に勝つ機会がある。といった様相で、それが特に熱中する理由になっている。

 だが、さっきで俺の3勝目。これで全員が3勝以上していることになる。区切りもいいな。


「よし、今日はそろそろ止め!コロッケもあるんだし……って、もう外暗くなってるなあ……そうだ。折角だから、咲ちゃん。今日はご飯食っていかないか?もういい時間だし、せっかくだからコロッケに合う味噌汁とかも、と思って」

「良いんですか?……じゃあ、お願いします」

「電話とか、俺しといたほうが良いかな」

「大丈夫ですよ。ひまりちゃんと先輩のこと、両親気にいっちゃってるみたいで……メールしてくれれば、いつでも食べてきてもいいし、食べに連れてきてもいいと言われてますから。というか、この前おじさん……先輩のお父様にも食べてっていいっていっていましたし。何なら、こちらがお礼のお電話したいくらいです」


 そういいながら、咲ちゃんはスマホを操作し、何かを打ち込んだあと、よし!と声を出した。きっとメッセージを送ったのだろう。

 俺はと言えば、コロッケに合うものをと考え、あんまり沢山の種類で食べるよりも、コロッケメインでと考え、味噌汁とサラダにとどめた。肉屋さん特製のコロッケは、肉がゴロゴロ入っており、甘いじゃがいもと合わさって、絶品だ。なら、極力それを十分に味わえる状態で食べたいのが人っていうもんだろう。


「ほい。できたぞ」

「あ、お兄ちゃんありがと!ね、コロッケだよね!味噌汁ある?」

「ああ。あるぞ」

「ね、ひまりちゃん。そんなにお兄さんのお味噌汁って美味しいの?」


 目をキラキラしながら味噌汁の有無を聞いてきたひまりに興味が惹かれたのか、咲ちゃんが興味深そうにひまりに聞くが、「あれは超絶品!」とどんどん勝手にハードルを上げていく。


「そ、そんなに美味しいんですか?ご、ごくり……!」


 咲ちゃんは、新たな絶品料理の気配に専門家のようなオーラを持ち始める。「別に俺が作った味噌汁ってだけで、普通の味だよ」といっても、「一度食べてみるまではわかりません!シュレディンガーの先輩の味噌汁です!」と、よくわからないことを言い出し、ダイニングテーブルに座る。


「食べていいですか?」

「ああ。どうぞ。ひまりも」


 いただきます。と言って、二人はがつがつご飯を食べ始める。この歳になると、人の目を気にして、不健康になるほど食べなくなる様な子もいるらしいが、二人は無縁かもしれないな。


「なんだか、二人のご飯を食べてるとこを見てるとさ、幸せに感じるよ」

「?そうなんですか。変な先輩ですね」

「お兄ちゃんが変なのは今に始まったことじゃないでしょ……あっ!味噌汁やっぱ美味しい!」


 なんだか、父性?みたいな、そんなのが芽生えてくる感じがする。この顔を見ただけのはずなのに、口角が上がっていくような、そんな感じだ。


「じゃあ、件の先輩のお味噌汁、いただきます」


 咲ちゃんは既に味噌汁以外をすべて食べ終わっており、締めに味噌汁を飲む決断をしていたようで、かなり真剣な表情で味噌汁を飲む。

 しばらく無言で味わい、ゆっくりまぶたを開く。


「美味しい!」

「美味しいか。それは良かったな。作った側としても幸せだ」

 

 ひまりちゃんはぱああ!っと表情を明るくして、どんどん飲んでいく。おかわりしてもいいですか?というので、なくなるまでならどうぞ、といえば、先におかわりに席を立っていたひまりと熾烈なおかわり争いをしている。



「ああ!とっても美味しかったです!特にあのお味噌汁!ひまりちゃんがあんなに言う理由がわかりました!ね、咲ちゃん!」

「ほんとに美味しい。多分お兄ちゃん味噌汁仙人だよ!」

 「なんで仙人なんだよ」


 ひまりたちは、ずっと味噌汁の感想を語り続けている。そんなに美味しいのか?自分で飲む分には全然わからん。両親に出したときも喜ばれたけど、あの二人は子供が作ったものすべてをべた褒めするから事実かわからないし。


「本当に!本当に美味しかったです!何なら毎日私にこの味噌汁を作って欲しいくらいです!」


 は?

 あー、うん。ひまりも口をパクパクしてるけど……


「突然俺にプロポーズなんて、情熱的なんだな?」


 ニヤリ、とからかうようにいってやると、意味に気がついた咲ちゃんが、顔を染め始める。


「そ、そうじゃなくってぇ……!」


 咲ちゃんは調子に乗ると失言しやすいみたいだな。と、頬を真っ赤にした咲ちゃんを眺めていると、焦ったようにひまりが立ち上がり、


「お、お兄ちゃん!私にもぜひ毎日味噌汁を作ってーーー!」


 と、顔を真っ赤にしながら叫んだ。おいひまり。お前までそっち側か。


 ちなみに、正気になった二人は並んで俺に弁解の言葉を並べてきたので、「大丈夫だ。お前らがほしいのは俺じゃなくて、味噌汁だな?ちゃんと理解してる。」というと、二人共不機嫌になった。なぜだ。

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