第58話 幼き生き神と贄 《四条灯視点》⑩
「ど、どうして、名前を教えてないのに、あかりって呼んだの?」
初対面の筈の女の子に、名前を呼ばれて嫌な予感がしながら問い質すと、その子はにっこり笑顔になった。
「あ、やっぱり君があかりちゃんなんだ? 友達の様子が最近おかしくて、ボーッとして、島の子の誰でもない名前を呟いていたから、もしかしたらと思って。
真人くんって知ってる……よね?」
「……!💥💥」
やっぱり、真人繋がりだったわ〜!
最初に教えてしまった私も悪いけれど、将来の生き神様の名前を外部に漏らしてしまうのは、社責任者の孫としてどうなの?
やっぱり菊婆にきつく叱ってもらうべきだったかしら?
私はよろめきながらも、深呼吸をし、出来るだけ誤魔化す方向に持って行く事に決めた。
「わ、私の名前は仮にあかりとしておきましょう。けれど、その真人って男の子は知らないわ。どんな子なの?」
「あれっ? 知らないの? 自分にとって、真人くんは、憧れなんだよね……」
「そ、そうなの……。カッコいい人なのね?」
「うん。皆の人気者なんだ。」
戸惑う私に、その女の子は可愛らしくニコッと笑うと、小首を傾げて、真人について説明してくれた。
「友達の葛城真人くんは、この屋敷を取り仕切っている責任者の菊婆の孫で、じゃんけんが強くて、かけっこも速いんだ。 茜ちゃんは、真人くんの許嫁になりたいっていつも言ってる」
「そ、そう……なの?」
真人はじゃんけんが強くて、かけっこも速くて皆の人気者?
この子にも茜ちゃんという女の子にもモテているの?
イタズラをしたり、他の子を泣かせたり、無茶をして怪我をしたり、嫁の来手がないという、とんでもない男の子じゃないの……?
菊婆からの評価と子供達からのそれはかなり違っていたみたいで、私は衝撃を受けた。
「その真人くんが、最近、女の子にどんなに言い寄られても、心に決めた相手がいるから! って、突っぱねるようになってね。
かと思うとボーッと物思いに耽って何かブツブツ呟いたり、皆と遊んでいる最中に一人で抜け出してどこかへ行ってしまう事があって……。
不思議に思って、今日、真人くんの後をつけてみたんだけど、この屋敷の前で「あかりっ……」って呟いてふうっとため息をついていたんだ。
真人が帰った後、ここに誰がいるのかと調べていたら、転んでしまって、君と会ったって訳なの」
「そ、そうだったのね……」
私は何と言っていいか分からず、落ち着かない気持ちで指をモジョモジョと動かした。
「君を初めて見た時、こんな綺麗な子がいるのかってびっくりしたよ。
君が真人くんの好きな人なら納得だし、二人はお似合いだと思う。自分も島の女の子達も諦めるしかないかなって思ったんだけど……」
「……!」
私は女の子の話を聞いて顔を曇らせた。
真人ったら、菊婆に言われていたのに屋敷に来たらダメじゃない。
それに、せっかく許嫁になってくれそうな子がいるのに、私の為にチャンスをふいにしちゃダメじゃない。
だって、私は生き神の責務があるから、真人とは将来絶対に結ばれないんだから……。
「いいえ! そんな風にはならないわ……!」
「そ、そっかぁ……」
目の前のフワフワ髪の女の子は、わたしの言葉にホッとしたような明るい表情になった。
将来、この子もしくは他の島民の女の子と真人が手を取り合って夫婦になっている様子を思い浮かべ、私の胸はチクチクと痛む。
どうして、こんな気持ちになるの……?
私は自分の気持ちに戸惑いながら、言葉を無理矢理押し出した。
「そ、その真人って子の事は知らないけれど、あなたの想いが叶うといいなと思うわよ……?」
「! //ありがとう。あかりちゃん。彼に負けないぐらいカッコいい人になろうと思うの。その時に、君とまた会いたいな……」
「え、ええ……。会えたらいいわね」
「約束だよ?」
「ええ。じゃ、私はこれで……」
やっとの事でそう言うと、逃げるようにその場を去った。
暗い気持ちで部屋に戻り、ふと棚に置かれた小皿に目を遣ると、真人にもらった白い花が傷んでいた。
水を毎日取り替え、こっそり生命力を送ったりしてどうにか鮮度を保とうとしていたけれど、切り花だもの。限界はあるわよね……。
「生き神だからって、なんでも出来るわけじゃないわ……」
傷んでしまった白い花にそっと手を添え、そう呟くと私はある事を決意したのだった……。
*あとがき*
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