第56話  幼き生き神と贄 《四条灯視点》⑧

 母様と贄様の儀式の後、キーちゃんは私を屋敷の部屋へ運び、すぐに儀式を行う場所へ母様を迎えに行った。


 一人部屋に残された私は……。


「あの子のせいで、大変な思いをさせられたけど、貰ったお花に罪はないものね……」


 言い訳のようにそう呟くと、白い花を生けた小皿を棚の上にそっと置き、その前に膝を抱えて座った。


 昨日、真人にこの花を差し出された時は、決闘の儀式なのかと思ったのだけど……。


『こ、コレ! やる! 女は花が好きだろ? あかり、嬉しいか?』

「……」


 褒めて欲しそうにこちらを窺う真人の顔が思い浮かぶ。


 私を喜ばせようとしてくれたのよね……?


 私を好き……だから?


『俺、葛城真人はあかりが好きで、恋人になりたいって言ってんの! あかりの気持ちはどうなんだ?』


『んむっ……!んむむっ……!!』

『んんっ……? んんんっ……??』


「〰〰〰!」


 真っ赤な顔で叫ぶ真人と唇にまだ残る生々しい感触を思い出し、頰が熱くなった。


 生き神としての資格を喪失したと思った時は、原因となった真人に対して恨みや怒りしかなかったけれど、誤解だと分かった今ではその気持ちは大分薄れてしまっていた。


 代わりに芽生えかけた浮ついた気持ちを抑えるように膝に顔をグリグリと擦りつけていると……。


「あら、可愛い花」

「「お、おや、野菊ですな……」」


「!!」


 いつの間にか儀式から戻られた母様と、(私を事務所に連れ出して儀式を見せた事でちょっと気まずそうな)キーちゃん、ナーちゃんが私の後ろに立っていて私は肩をビクリとさせた。


「これ、どうしたんですか?」


「え、ええと……。スタッフの人にもらったんです」


 私は頬を引き攣らせながら、またも嘘をつく。


「そう……。スタッフの人に優しくしてもらえてよかったわね。 儀式は終わったから、これからしばらく一人になる事はありませんからね?」

「わ、わぁ……。嬉しいわ」

「「よ、よかったですのぅ。次代生き神様?(もう無茶を言われませんように……!)」」


 ふんわりと優しい笑顔を浮べる母様に、取り繕うような笑顔を返し、キーちゃん、ナーちゃんはそんな私を縋るように見ていた。


 母様、沢山嘘をついてごめんなさい!


 内緒で屋敷を抜け出して、男の子と会ってしまってごめんなさい!

 内緒で母様達の儀式を見てしまってごめんなさい!


 キーちゃん、ナーちゃん。私が悪いのに、一緒に罪悪感を抱えさせて、気を使わせてしまってごめんなさい!


 沢山のごめんなさいを抱えて心がずっしりと重くなりながら、私は今度こそ、屋敷を抜け出したりしないと固く心に誓った時……。


「こんのたわけがぁっっ!!!!💢」

 バッチーン!

「うっわぁぁんっ! ケツ、いってえ!!」


「「「「!?」」」」


 屋敷のすぐ外で、菊婆の怒鳴り声と子供の泣き声がして、そこにいた全員が目を剥いた。


 ………!!


 この気は……!


「ひっぐ。ごめんなさいっ! ゔええっ!」」


「っ……!|||||||| 」


 私は外で泣いている子供が真人だと分かり、口元を押さえた。


          ✽


 それから程なくして、菊婆が深刻な表情で母様に報告に来た。


「儀式後でお疲れのところ、お騒がせして、大変申し訳ございませぬ」

「それはいいのですが、どうかしたのですか?」


「それが……。最近、賽銭箱に張り紙のイタズラが度々ありましたが、犯人が孫の真人だと分かりまして……」


「まぁ!」

「「なんと……! 犯人は菊婆の孫じゃったのか!」」

「……!||||||||」


 苦しげに菊婆が告げる言葉に、母様とキーちゃん、ナーちゃんは驚き、私は心臓をギュッと掴まれたような気持ちになった。


「今日など、屋敷の入り口にも落書きを貼ろうとしていたので、問い詰めたらそのような……。

 孫がこのような事をしでかしてしまい、本当に申し訳ありませぬ……」


 青褪めてその場で土下座をする菊婆の手にはくしゃくしゃになった紙が握られていて、そこに大きな汚い字で「ごめん」と書かれているのが読み取れた。


「っ……」


 私が唇を噛み締めていると、母様が菊婆の肩に手をかけ、困ったように呼びかけていた。


「まぁ、菊婆、顔を上げて下さい。子供のする事ですから」


「いえ、いくら子供とはいえ、やってはならない事がありますですじゃ。監督不行き届きだった儂も同罪です。

 真人にはこれから厳しく叱りつけ……」


「菊婆、もしかして、その子をぶつのっ!?」

「「「「?」」」」


 菊婆の言葉を遮るように、私は大声で問い糾してしまった。


 さっきの真人の泣き声が耳にこびりついて離れなかった。


「そ、その子にも、そうする理由があったんじゃないですか? ただでさえ、儀式が三日も続いて寂しい思いをしているかもしれないのに、叱りつけたり、ぶったりしたら可哀想!

 謝ったなら、許してあげて下さいっ!」


「生き神様……?」

「あかり……?」

「「次代生き神様……?」」


 激しく叫ぶ私に菊婆、母様、キーちゃん、ナーちゃん皆は呆然と私を見ていた。


 やってしまった……。

 真人にあんな思いをさせられたというのに、何で私は彼を庇うような事を言ってしまったのだろう?

 真人が、さっきみたいに、泣かされたり痛い思いをさせられたりするのかと思ったら、何だか堪らなくなってしまって……。


 気まずい沈黙に困って下を向くと、菊婆が跪く気配がして、私に静かに呼びかけた。


「生き神様……」

「……💦」


 何を言われるかしらとドキドキしながら、恐る恐る顔を上げると、菊婆は同じ目線にいて、泣き笑いのような笑顔を浮かべていた。


「孫の事をそこまで気遣って下さるとは、ありがとうございますじゃ。

 次代生き神様は、本当にお優しいお方ですな……」


「……!」


「菊婆。 あかりの言う通り、その子にも何か事情があるのかもありません。反省しているのなら、もう、今日はそれ以上叱らずに。私とあかりに免じて許してやってはもらえませんか?」


「生き神様……!」

「母様……!」


 母様も口添えして下さり、菊婆は恭しく頭を下げた。


「はっ、はいっ。生き神様と次代生き神様が仰る通りに致します。

 また、真人には二度とこのような事がないよう、屋敷に決して近づかなぬようにさせます」


 ……!


 真人は、屋敷にもう来ない。だったら私ともう二度と会うことはないわね。これでよかったんだわ……。


 そう思いながら、何故か胸の中を冷たい風が吹き抜けるような寂しい気持ちになった。

「「「……」」」


 そんな私を、キーちゃん、ナーちゃん、そして母様が物言いたげに見ていたのを、その時の私は気付かなかった……。






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