かけがえのない服選び
並んで歩くお嬢とかけがえさんの少し後ろを歩いていると、お嬢が振り返って俺を呼んだ。
「空木さんどうしてそんなに後ろを歩いていらっしゃるんですか?」
微笑み混じりのお嬢に質問に追従するように深鏡さんも頷いた。
「何も下着を選ばせようって言うんじゃないんだからちゃんとついてきなさい」
「ふふ、なんでしたらお手を繋ぎますか? 人通りも多いですし、そうした方が空木さんも安心ではないですか」
「フッ、良かったわね。ついでに深鏡とも手を繋ぐ栄誉を受けておくかしら?」
「いやいやそんなことされなくてもついていきますけど……」
なんていうか、二人が目を引きすぎるから落ち着かないんだよなぁ。
蜂蜜みたいな甘くて柔らかい金髪のお嬢(帽子は深鏡さんに「別に監視されてるわけでもないしいらないわ」って取られた)は、ひとつきりしかない真っ白のワンピースもあってザお嬢様って感じのかわいらしさがあるし、丁寧に手入れされたことがわかる濡れ羽の髪の深鏡さんは、男の俺と変わらない身長とすらりと伸びた足や、服の上からでもわかるスタイルの良さも手伝って、雑誌のモデルみたいな美人さんだ。
そんな二人が並んで歩くとなれば、自然と人の目を引いてしまう。
現にさっきからすれ違う人が一度はお嬢と深鏡さんの方を振り返ってる。今のカップルなんてたまたま深鏡さんと目があって、彼女が微笑み返したりしたものだから男性がぼけーっと深鏡さんに見とれて女性にローキックを食らっていた。
しかしこれに関しては男性に非はないと思う。こんなの当たり屋と同じだ。美人の当たり屋だ。
正直、俺は釣り合っていないと思う。
並んで歩くには気後れするし、自分を荷物持ちだと割り切って歩くのが気分として楽なんだよなぁ……。
「今日は何から買うつもりでいるのかしら、空木」
「ええと、まずはお嬢の私服、というか部屋着かな。あとパジャマ。今は俺のを貸してるけど、いつまでもそうってわけにはいかないからさ」
「私はべつに空木さんのお洋服でだいじょうぶですよ?」
「いやいやダメですって。ちゃんと体に合ったサイズのを着ないと何かと危ないですからね」
「まほろ、空木は彼シャツ状態のまほろを見ると空木の内なる獣が解き放たれそれうで大変、と言ってるのよ」
「ま。そ、それは……」
「深鏡さんは適当なこと言って俺の立場を危うくしないでくれない? あとお嬢も本気に取らないでくださいね」
適当なことを囁かれて、頬を赤くしたお嬢から顔を離した深鏡さんがフッと俺へと笑って見せた。明らかに面白がっている。
「う、空木さんっ」
お嬢がきゅっと胸元で拳を握って、ほんのり頬を朱に染めたまま俺を見上げてくる。
「す、す、すこしくらいなら、内なる獣さんを、解放しても、だ、だいじょうぶ、ですよ? その、お、お辛いときもあるでしょうし……」
「安心してください、俺くらいになれば内なる獣なんて出る前に殺せるんですよ」
主に深鏡さんと約束した報酬100万とか将来のコネとかそこら辺を理由に。
まあそもそも中学生のお嬢にそんな感じの欲望持つの、普通にアウトすぎるしな。
「むう、そうですか……」
何故か少し不満そうなお嬢を連れて、俺たちは近くの店に入った。
やたら美人な二人が入ってきて店員さんはギョッとするやら、なんとなく高貴なオーラに引かれてか服を勧めてくれたりしたが、「深鏡の着るべき服を決める栄誉は深鏡以外に与えられることはないわ」みたいなよくわからない言葉で店員を撃退していた。
撃退しなくても良かったんじゃなかろうか……。
お嬢が深鏡さんに勧められた二つのパジャマを手に取って、ううん、と唸る。
一つはもこもこした薄いピンク色のパジャマ。少し子どもっぽいけど、これから寒くなっていくことを考えれば腐らなさそう。
もう一つはシンプルなデザインのワンピースに近い形のもの。かなりラフではあるものの、カーディガンでも羽織ればコンビニくらいならこれで出ても問題なさそうな感じ。
お嬢は矯めつ眇めつ見つつ、それでも決めきれなかったようで、今度は俺へと目を向けた。
「空木さんはどちらがいいと思いますか?」
「お嬢が家で着てて楽な方でいいんじゃない? どっちも似合うだろうし」
「ま。お上手ですね。
でも、いまは空木さんがどちらの服の私が好きか、というお話をしてるんですよ?」
「そうだったんだ……。それこそお嬢が好きな方を選ぶのがいいと思うよ、俺は」
俺の答えに、お嬢がムッとしたように頬を少し膨らませる。
「でしたら、これにします」
そう言ってお嬢が手に取ったのは近くにあった大人用のコーナーから大人っぽいネグリジェを手に取った。
それはお嬢の年齢の女子が着るにはまあまあ過激な感じのやつだった。かなり、こう、スケスケな部分がある。
「い、いや流石にそれはさ……俺も一緒に住んでるんだし……」
「ま。私が好きな方を選ぶのなら空木さんには関係ないのではないでしょうか?」
「いや、それは」
「空木さんが言われたんですよ? 私が好きなものを選んだら良い、と」
にこり、と微笑みが添えられたお嬢の言葉には得も言われぬ圧があった。
深鏡さんはそんな俺たちのやり取りにくすくすと笑いながら肩を揺らす。
「あら、まほろが一手上ね。空木、甲斐性のある男は、勇気を出して服の好みを聞いてくる女に恥をかかせないものよ」
「悪かったですね。俺は深鏡さんに甲斐性無しの安パイ男と言われてるもんで」
恨みがましく深鏡さんを睨むが、深鏡さんはをそんなもの気づいていない、とばかりにどこ吹く風で微笑んでいた。
ああ、もうさあ……。
天井を見上げて、視界の端でちらっとお嬢の手のパジャマを見比べる。
そして、シンプルなデザインのワンピースタイプのものを指さした。
「個人的な見解を述べるならそちらの方がお嬢に似合ってて、動きやすそうでいいと思います」
「動きやすそう、ですか」
「空木、女子の服のチョイス的にそれどうなの?」
お嬢がきょとんとしたように目を丸くし、深鏡さんがやれやれと首を振った。
「うるさいな。意見を求められてちゃんと言ったんだからいいでしょうが」
「フッ、まあそれもそうね。まほろはどう? 及第点かしら」
「ふふ、そうですね。せっかく選んでいただいたのですから、参考にさせていただきます。
これって試着とかはできるのでしょうか」
「良かったわね、まほろをまた空木の色に染められるわよ」
「言い方!!」
そんなこんなでお嬢は俺の選んだパジャマを持って試着室に引っ込んだ。ついでとばかりにもう一つとネグリジェも持って入っていたけど、見せてくることはあるまい。
……さて、図らずも深鏡さんと二人になっちゃったな。
お嬢が着替えるのを待つとはいえ、ちょっと二人きりは落ち着かない。
「ええと、深鏡さんは何か買ったりとかしないの? ここ服もそうだけど、アクセサリとかも置いてあるみたいだよ」
「アクセサリ?」
「うん。イヤリングとかピアスとか髪留めとか、なんかそういうやつ。
そう言えば深鏡さんってそういうの全然つけてないけど、興味ないの?」
深鏡さんは俺と同い年らしいし、そのくらいの年頃ならアクセサリとか多少なりとも興味があるものじゃないだろうか。
だが、深鏡さんは「何を馬鹿な事を」と言うように、いつものように厚顔不遜に笑った。
「フッ、空木よく聞きなさい。真に美しいものにはね、過度な装飾なんていらないの」
自分がそう、と言いたいのだろう。
「深鏡がそう、ということよ」
念押しするように解説された。ちゃんと伝わってます。
「飾り立てることで保証される美しさなんてたかが知れてるわ。むしろそう飾り立てることがかえって自分の自信のなさを際立たせると思わない?」
「深鏡さん、深鏡さん、ここそういうアクセサリとか売る店だからね。あんまりでかい声でそういうこと言うのやめようね」
「深鏡には不要ね」
「深鏡さん?」
自信満々のいつもの調子。厚顔不遜な、絵に描いたような美女。
でも、俺の勘違いでなければ、その言葉には少しだけさみしさがある……ような気がした。
何度も不要だと繰り返すその言葉は、どこか自分にそう言い聞かせるようにも聞こえるのは、俺の気のせいなんだろうか。
「深鏡のこと聞いたんでしょう?」
俺がそんなことを考えていると急に深鏡さんが切り出してきた。
何かなど、わざわざ聞き返さなくてもわかる。お嬢との血のつながりのことだ。
「……俺、態度を変えたつもりはないんだけど?」
「バレバレよ。『態度を変えないようにしよう』って態度の変化が見えるわ」
すごいこと言ってるな……。
試着室の方に目を向ける。まだお嬢は出てきそうにない。
「……ごめん」
「なんで謝るのよ」
深鏡さんが薄く笑んで、そう言った。
「でも、深鏡さんが俺に隠してたってことはやっぱりそれはあまり知られたくなかったことなんじゃないかって。
だから、ごめん」
「別にそれほどでもないわ。ただわざわざ教えて敬われるのも面倒だっただけ。
深鏡は、深鏡なの。お嬢様扱いなんて御免だわ」
深鏡さんは俺を見ずに、どこか遠いところに目線を合わせている。
その横顔はいつもと変わらず美しくて、だからこそ触れがたい見えない壁があるようだった。
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