かけがえのないブランコ
二人で食べていたおでんが器からすっかりなくなってしまうと、深鏡さんは俺へと切り出した。
「最近、まほろとはどうかしら? 問題はないかしら?」
どうやらようやく本題に入ったらしい。まあ、俺がおでんなんか買ってこなければもっと早く切り出していたのかもしれないけどさ。
「元気にやってる……というか、ちょっと前よりも元気かもな。いっしょに住むようになってからかなりお茶目になってる気がする」
「あら、お茶目、ね。具体的には?」
「この前カードゲームを教えて遊んだら経験とかねじ伏せるリアルラックでぐうの音も出ないレベルでボコボコにされた」
「フッ、それは挑むジャンルが悪かったわね。
なにせ、まほろの運の良さは筋金入りよ。前コイントスの表裏どちらが出るか当てさせたら16回連続で当てて見せたわ」
「それはもうちょっとした異能でしょ……」
16回て。よくわかんないけど余裕で0.001%を下回る確率だろう。
俺が働くよりもお嬢に宝くじとか買ってもらった方がいいのではなかろうか。
「ま、そういうところもまほろは父親似なのよ。
亡くなった御伽々翁も恐ろしいほどの豪運の持ち主で、事業の資金確保のためにカジノで荒稼ぎしようと渡米した結果、米国のカジノの三割から出禁を食らったらしいわ」
「武勇伝のスケールがでけえ……。深鏡さん、そんなことまでよく知ってるなあ」
「まあこのくらいはね」
言いつつ、深鏡さんはふう、とため息。
声の調子はいつもと変わらないものの、なんだかいつもより疲れているような、そんな様子だ。
「やっぱり、大変?」
「?」
「お嬢との色々だよ。上の幹部の人たちと交渉してるんでしょ?」
ああ、と深鏡さんが声を漏らした。軽くブランコを揺らしながら、言葉を選びつつ俺の質問に答えてくれる。
「まあ、あまり芳しくはないわね。
そう言ってまたため息を吐く深鏡さん。
その横顔はいつも通り厚顔不遜の気配を感じさせるものではあったけれど、やっぱり隠し切れない疲労があるようだった。
「深鏡さん、大丈夫? 一か月持つ?」
「心配しなくても深鏡がちゃんとまほろの居場所は作るわ。それが深鏡の役目だもの。
心配性ね、空木は」
いや、そうじゃなくて。
「深鏡さんの身体が大丈夫かって話だよ。ちょっと無理してるでしょ?」
「―――」
一瞬、深鏡さんが呆気にとられる様に目を開いた。
「……ま、まあ、まほろのためにも深鏡がいなくなると困るものね」
「いや、深鏡さんだから心配してるんだけど……」
ぐ、と深鏡さんが何かパンチを受けたようなボクサーのように身体を揺らがせる。
そして珍しく俺を見上げるように、キッと睨んできた。
「深鏡の心配とは生意気ね、空木の分際で」
す、すみません……。
「……フッ、でも」
深鏡さんがきいきいとブランコをゆっくり揺らしつつ、薄く微笑んだ。
夜という黒をアクセサリにして、彼女の濡れ羽色の澄んだ黒髪が揺れる。
それはやっぱり著名な絵画のように俺の目を離さないような、そんな強い引力があった。
「でも、そうね。ありがとう、と言っておくわ。
フッ、深鏡がお礼を言うなんて滅多にないことよ? 感謝しなさい?」
「感謝を述べられた後に感謝を述べたことに対するお礼を求められてる!?」
「当たり前よ。深鏡の笑顔とお礼にはおでんの玉子の100倍は価値があるわ」
「一万円くらいか……案外手頃だね」
「……訂正するわ、まほろの笑顔の次くらい、にしておきなさい」
深鏡さんがブランコから立ち上がった。
「じゃあ、深鏡はそろそろ行くわね」
「もう? お嬢と会ったりとか……」
「言ったでしょう? 深鏡は深鏡でやることがあるの。まほろの無事がきけたならそれでいいわ」
フッ、といつも通りに彼女は微笑んだ。
ううん、このまま深鏡さんを帰していいものだろうか。
俺にできることはないから、せめて無理してない確認するために、また顔を合わせる予定を作りたいもんだけど……あ、そっか。
「深鏡さん、今度俺お嬢の服とか買いに街に出ようと思うんだけど、着いて来てくれない?」
「買い物?」
「うん。ほら、お嬢今パジャマとかないし、私服も今の白のワンピース一着みたいだし、それにシャンプーとかも俺の兼用でさ。
だから新しいの買いに行こうと思ってるんだけど、俺そういうのよくわかんないけど、深鏡さんはそういうの詳しいでしょ? なにせお嬢のメイドなんだしさ」
ええと、だから……どうだろう。理由としてはこんなもんで十分かな。
「……そうね。そうね。それは空木にだけ任せるのは不安ね。
いいわ、予定は合わせる。いつ行くかしら?」
お、乗って来た。良かった良かった。
「じゃあ今週末に駅前のデパートとかどう?」
「そっちはよくないわね。孫系列だけれど御伽々の店があるわ。
少し離れてるけど電車通りのデパートにしましょう」
「おお、それは危なかったな。
ん。おっけー。じゃあ週末に電車通りの方で。時間は11時くらいに」
「ええ、構わないわ」
頷き、深鏡さんは今度こそ俺の元から去って行こうとする。
夜を溶けるような彼女に、俺は声を上げた。
「頑張って深鏡さん。できることは多くないけど、俺もできることは何でもするから」
「フッ、空木ができること、ね。具体的には?」
え、そう言われると困るけど……そうだな……。
「あー、疲れたらまたこうして二人でおでんを食べたり?」
少し、深鏡さんが笑った気がした。
「……ふふ、ほんとうに生意気ね、空木」
深鏡さんはそう言い残して夜に溶けるように俺の元から去って行った。
でも、その言葉はどこからいつもよりも優しかった……気がした。
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