第30話 感情の爆発

「なんだよ、これ」


 様子のおかしい生徒、学校に近づくほど彼らの姿は多く見受けられた。その反応に対して教職員たちが対応策を出しているのかと期待があったが、学校に入ったあたりでそれは木端微塵にはじけ飛ぶ。

 校内を徘徊する生徒に便乗するべく、教職員もまた紛れ込んでいたからだ。


 雲斎から電話があった時点で嫌な予感はしていたが、まさか先生も変になってるなんて。

 自分の想像を遥に越えるスケールに思わずぞっとする。


―――はは、無理だろ。こんな状態で何ができるっていうんだ。


 大人もおかしくなっている今、静かに逃げ帰るのが正解なのかもしれない。雲斎には悪いがこんなんで俺が実行可能な行為なんて警察の通報を待つぐらいしかない。とっとと戻って身の安心を保証できる場所に移動……


「ようやくやな、西岡」

「っ⁉︎」


 聞き覚えのある関西弁。音の方に頭をずらすと、今学期一番の害悪『ナガッチ』がちょうど俺の後ろに生える桜の麓に佇んでいた。

 

 いつもより前髪を下ろしているのは本人なりのイメチェンかもしれない。外から見たら顔のパーツが把握できないのが玉に瑕だが。それに左ポケットに紙切れのようなものが……って、そんなことよりも。


「……どうしてお前がここに?」

「学校に登校するのは当然のことやろ」

「そうじゃない! こんな光景前にしてどんな神経をしてたら学校に来れるんだ!」


 俺の強い物言いにナガッチは一度黙るも、思いついたように再度喋る。


「それって西岡にも当てはまるやん」

「俺は………その、友達がここにいるって知って」

「もしかして雲斎か」

「! どうして」


 お前が知ってる、という言葉はナガッチが「ち、ち、ち」という人差し指を振る動作に遮られる。

 まるで篠崎さんを罵倒した昨日の朝のように何故か遠い方を向きながら、そのままの勢いで告げられる。


「あーし、雲斎がどこに居るか知ってるんやけど西岡も来る?」

「ああ、頼む。安否を確認したい」

「さっきまであーしと居たからそこは大丈夫。どれ、こっちや」


 桜の木にもたれかかっていたナガッチはそう言って姿勢を伸ばすと、俺たち二年生が授業を受ける校舎へと向かう。俺はナガッチに付いていきながら、彼女に疑問に乏した。


「にしても、俺が来るの知ってたのか?」

「どういう意味や、それ」

「木の麓にいたのもそうだけど、俺が来たとき『やっとか』みたいな言葉を言ってたから」

「………雲斎から聞いたんや」

「仲直りしたのか?」

「……まあ、着いたら話すわ」


 徐々に口数が少なくなっていくナガッチが不審に感じる。こいつが黙りこけるなんて珍しい日もあるものだ、などと悪い予感が胸に溜まっていく俺に話題を提供しなくなるナガッチ。


 会話のない中、普段の校舎を通って俺たち二人は数分後に一階の食堂広場に行き当たった。


「ここに、雲斎が?」


 徘徊する生徒の数は多くない。始めてくる食堂に興味津々になる俺、その一方ナガッチは先刻からずっと口を慎んでいる。


「雲斎はどこに居るんだ?」

「……なあ、西岡。突然で悪いんやけど質問に答えて」

「いいけど、何?」


 四方を展望するのを一度止め、ナガッチに視線を向ける。顔を下げて長い髪で表情が見えないことが不気味に思えつつ、耳を傾けた。


「あーしのこと、どう思っとる?」

「え、」


 ド直球ストレートの質問。今までなかった質疑のパターンに仰天する。稀代の性格悪さなナガッチが俺に関心を寄せるなんて日本が左右に真っ二つになるぐらいあり得ない事例だった。


「急にどうした」


 心配を装いながら理由を確かめようと尋ねた俺に、彼女は前髪で顔が隠れたまま首をかしげる。


「だって気になるやん。西岡は最近篠崎さんと仲良しやから、あーしみたく他の人をどう思うか聞きたくなるのは当然やろ」

「……俺と篠崎さんが仲良しなのってどこから聞いたんだ?」

「ええから、ええから。あーしの問いに答えてくれたら教えるわ」


 何故だろう、さっきから胸騒ぎが止まらない。心なしがナガッチと此処の環境が相まってより一層気味が悪い。雲斎と合流するためにも早く話を終える必要があるかもだ。


―――えーと、ナガッチをどう思ってるか…………苦手でこれ以上関わりたくない、とは言えねえよなぁ。上手に切り抜けるなら、


 不安な心情に何かおかしい学校。昨日とは打って変わりナガッチに強く言うのは憚はばかれた。


「友達として、お前はすごくいい奴だよ。クラスメイトから人気のムードメーカー的存在でいつも助けられてる」


―――よし。なんとか切り抜け、


「だったらあーしと付き合ってくれるか」

「は…?」


 ポツンっと固まってしまう俺。その挙動が目に入らないのか、ナガッチは連続して話を保ち続ける。


「ほら、あーしらって一年からの付き合いやん。お互い触れ合う時期も割とあったと薄々思ってたからこれからは恋人としてやっていくのもありかなって。最近は照れて会話もできへん日々だったけどここから始めていけばいいやん。相性だってバッチシや!」


 独り言みたいにしゃべり続けるナガッチ。あかんあかん、許容できん。無理無理、俺とお前が触れ合ったのって掃除程度だし、第一俺照れてねえし。相性バッチシとか占ったら真逆の回答が出てくる気がするわ。


「ナガッチ…」

「ん? なんやなんや、返事は今でもいいけど心の準備が、」

「ごめん、それは無理だ」


 え、とウキウキが途切れてしまうナガッチ、顔にかかった髪の毛がより悲しみを対偶してる気がする。この前だったら切れ散らかしていたが、不覚的要素しかない現状ではヤバそうなため、なるべく傷つけないようにセリフを催す。


「正直ナガッチがどうっていうより俺、恋って感情がそんなわかんないんだ」


 俺は高校に至るまで誰かに恋をしたことがない。された経験は覚えてないが中谷の足元にも及ばないであろう。ナガッチが嫌いな事ははぐらかしておくが、それを省いても俺は恋愛がどういったものなのか分からない。


「だからその、お前の思いに答えることが出来ないんだ、すまん」


 リアル感を出すべく俺はナガッチに頭を下げる。少々ぎこちなさは残るが、これで許しをもらえたら楽になる。


 そう思う俺だったが、斜め上から非常に稀な角度でミサイルが突っ込んできた。


「…篠崎さんか」

「え?」

「篠崎さんが西岡を‼」

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