第10話 宣言

「ふあーあ、なんだか一段と作業した気がするな~」


 朝の登校中、欠伸で口を大きく開く。柄にもなく夜更かしをしたのが裏目に出たのだろう。けど、こればっかはしょうがない。なにぶん昼休みの必要経費と思えばいい。勉強と同じで慣れてないことを行うと体が反動を起こすのと同じ。


―――んなことより、時間の方がピンチなのが嫌だな。二日目にしてギリギリとは……


 自分が家を早く出ればいいだけの事だが、人間ついつい甘えてしまう。初日よりは余裕があるので、最低ラインを踏まえて全力疾走しなくていい時間帯が今日のこれ。それでも少なからず走る必要があるのは失敗したと思っているが。


 秒針が二十分を指す。俺は面倒そうに足の歩幅を縮めた。



・・・



「授業をやるなんて聞いてねえよー」

「初回授業」

「だとしてもだるすぎだろ。なんだよ、全部総合的学習がよかったのに」


 気分が右肩下がりの俺にぽんぽんと肩で慰める影。机を間に向かい合わせるようにして座るのが篠崎さんだった。


「災難、災難」

「まったくな。担任が前年度と月とすっぽんだし」


  思い返したら憂鬱になってきた。国語で新任の先生だからと寝ていたら怒鳴られるし、英語は『一年の復習やります』って小テスト受けさせられるし、文系なのに数学多いのは苛立つし、あーあ、やっぱりムカつくー!!


「極めつけの担任の無駄話、はあー最悪だ」

「それにこの後が音楽」

「なぜ二年生で美術か音楽を選択せねばならん!」

「公立だから」

「公立だから………じゃねえよ! むしろそれは金かけてる私立の特権だろうが」


  現時刻は一時五分の昼休みが始まったばかりの図書館。なんだか俺が愚痴を吐くだけで終わる予感がするが、三十分までに教室に戻ることを考えて、話ができるのは二十分間程度。いい加減昨日の相談内容を伝えないと、そう考え彼女に視線を向けると、憂いを熟慮する気配が汲み取れた。


「どうした、深刻そうな顔して?」

「西岡くんは、その…いいの?」

「何が?」

「…昼休みに友達と喋ってなくていいのかなって」

「……約束しただろ」


 寂しそうに声を漏らす彼女、俺は芯の燈った念を押し付ける。


「学校での振る舞いかた、それができるまでお前に付き合う。…ちょうど馬鹿の代名詞がクラスに居るから俺だけが馴染めねえなんてことは、ないと思ってるから」

「そう。信頼してるんだね、その友達のこと」

「ああ、信頼してる。……篠崎さんもそのうちできるさ」


どんな過去があるにしろ、学生が学校で永久に排除され続けるなんて非現実的。彼女の場合は、親切且つ親しくなると楽しく会話が進めるので何も知らない身からすれば輪に入れないこの状況にこそ違和感を掴むはずだ。


 ひとまず俺は現在進行形で絶賛頑張ってる中谷から聞き出した情報を書き記した紙を取り出す。そうして、間に設置された机に広げた。


―――まずはピックアップした二人、これに触れる。


  那覇士香織、雲斎桜莉。篠崎さんに二人について問いただす。

すぐさま返事は返上された。


「那覇士さんとは今年からだから交流はないかな、雲斎さんも同じ」


 素早く返事が返ってきたせいで早くも今後の方針が決まってしまった。別に悪いことではない……と思う。

俺個人として元長山グループの雲斎と話すのは無粋な気がする。となれば消去法で当て嵌めて、


「最初は那覇士さんに話しかけるのが無難だな」

「……やっぱり、会話がいいよね」

「振る舞い方だけできても、行き着く先は友達だからな。話せねえとどうしようもないし」

「でも良いのかな? もしかしたらその人の今までの関係性を壊しちゃうかもしれないのに」


  沈んだ表情を浮かばせる彼女、俺はその空気を破るべく親指と中指でパチンと響を旋律させた。注目をむける彼女に自分の価値観と照らしながら言葉を残す。


「自分が好きなものは堂々と好きって言え。それができない友達は諦めればいい。でもな、これだけは言っておく。高校は家の付近っていう理由で皆来てない、みんな選んでこの学校に来てるんだ。なら、気が合う女子の一人、二人居ないわけがないだろう。そして、その人間を探すのに、雰囲気が壊れようが友情が崩れようが学校が潰れようが知ったことじゃない。高校生だって人生の通過点なんだ。篠崎さんが信じた道を篠崎さんなりに進んでいけばそれで良いんだ。俺はそれを後ろから応援するから」


 シーン。

長々としたセリフに反響した声は俺らを沈黙へと誘う。秒針はきっかり二十五分を指しそろそろ動き出さなければ教室に遅れる時間帯だった。


「西岡くん、行こ」


 先に起立したのは篠崎さん。俺の右手を両手で掴まえて図書室の出口に向かう。


「え、ちょ……あ、」


 ドアの間近で手は離される。だが、次の瞬間顔が耳に寄せられた。


「ありがと、私頑張ってみる」


 慣れない事をして引かれたかも、と汗顔かんがいのいたりだったが上手くカンフル剤になったらしい。篠崎さんに分からないよう、一人安心する俺がいた。

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