田舎聖女物語

遠野めぐる

プロローグ



 聖女とは、激動の世を生き抜く人々を守り、正しき道へ導き、光を与える存在である。

 強靭かつ清廉な心を持ちし彼女らに、民は常に畏敬の眼差しを送り、どうか暮らしが良いものになりますようにと、祈りを捧げてきた。

 そうだ、そんな素晴らしい職業に、私はなれたのだ。しかも、卒業するのは一握りと言われた戒律厳しい聖女学院を、首席で卒業することが出来た。そんなとてつもない栄誉を、誇らずにはいられないだろう。

 きっと聖導院も期待して、私をとても大きい都市に配属させるに違いない。


 聖女学院を卒業したてで、自信に満ち溢れていた私は、そんなことを思い浮かべながら、期待に胸を膨らませていた。

 の、だが。


 * * *


「聖女さま、ご本読んでー!」

「うわああぁぁん! エリンがぼくのおもちゃ取ったぁ!」

「これあたしのだもん! リックがあたしのおもちゃ盗んだんだよぉ⁉」

「聖女さま……あのね、おしっこいきたいの……」

「……」

 春が来たというのに、遠くに聳える山の峰々は、未だ雪化粧で白く染まっている。

 その山間部に小さく根を下ろす村、リーンドルの端にある聖堂の執務室。

 新任の聖女であるアナは、そこで怪獣のように暴れまわる子供の群れに、笑顔をひくつかせていた。

(……なんで、聖女である私が子供の面倒を見ないといけないのよっ⁉)

 綺麗な笑顔の裏にこだまする内なる叫びは、胸中に霧散するだけで、部屋に響くことはなかった。

  

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