第19話 同情


 振り返ると険しい顔をした真さんが臨んでいた。


 真さんも異変に気付いたのだろう。


 燕の表情が一瞬戻った。


 普段の真さんならあまり軽はずみに口にしないような発言だった。


 若いうちって、まだ真さんもまだ二十代なのに、それを言わせるまでに波乱に満ちた紋章があったから人生を受け入れたように言うのだろうか。




「知ったことじゃねえよ!」


 獲物をしとめ損ねた蟷螂みたいに血走る燕の眼の色は本気だった。


「燕君が悔しいのは十分分かる。だからって、死んじゃいけないだろう」


 真さんの台詞はごもっともだった。


 誰が答えても同じ結論に至るだろう。


 耳鳴りが幾度も響き回る夜を除いては。


 みんな知っている。


 死、という怪物がよりによって身近である、普遍的な事実を。




「真さんはいいよなー。俺みたいな高校生の気持ちなんて同情もしないんだろう。自分が苦しい思いばかり避けてきたから」


 背筋が伸びきった真さんの黒い影が屋上にしっかりと伸びていた。


「さっき、電話があったんだ」


 真さんの口から息をのむような時間が流れた。


「幸彦に心臓の欠陥が見つかった。この前まではあんなに元気だったのに」


 私も驚きを隠せなかった。


 幸彦ちゃんってあの幸彦ちゃんだよね? と念を押したいくらいだった。


 生死に関わる電話だったのだ。




「燕、また来年チャレンジすればいいじゃないの。あんたはまだ高校生なんだし」


 たとえ、周囲から孤立してもみんなと繋がっている艫綱を自ら切り裂きたくはない、と強く信じ切る私がいる。


 不適切なエールを私自身に告げるように吐き続けるしかなかった。


「燕、まだ十が三年はあるんだからさ。燕、あんたらしくないよ」


 エールなんて度が過ぎた、と悔やんでも遅い。


 どうすればいいんだろう。


 プライドという、鍋に火に油を注ぐだけだった。




 燕は滅多に泣く素振りなんて見せないのに顔が真っ赤に染まり、梅干しのようにぐしゃぐしゃになっている。


 燕はこんなに状況が悪化しても反論もしない。


 吸い込まれるように柵を掴み、それはスローモーションのように見えた。


 まばたきする時間もなかった。


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