第8話 三十一音


 ジンジャーエールの氷をさらにかき混ぜながら西日がカウンターの窓辺に差し込み、照らされた椅子の脚が長い影となって床に映っていた。


「ふん、三十一音に託すだけじゃないか。誰だってできるよ。椿もチャレンジしたらどうだよ。そんなに難しい話でもないし」


 燕の目に余る自信はやはり若気の至り、というあれなんだろうか。


 新人賞となれば読者歌壇のようにはそう、簡単に追い風は吹かない気もする。


 面映ゆい燕に青筋を立てるような心配なんて、とてもじゃないけれども口が裂けても言えない。




「またあんたは自慢ばっかりするんだから。ちょっとは店の中を掃除するなり気の利いたことでもしなさい」


 がむしゃらに話す燕に水を差したのは燕のお母さんだった。


 パーマが寝癖のように四方に向かって伸びている、燕のお母さんはほぼ一人で朝凪を仕切っている。




 真さんも補助的な従業員として働いてはいるものの、秘伝のアボカドソースやチェンダーチーズをどうやら、この先も伝授するつもりはないらしい、と前に口が軽い燕から耳にタコができるほど聞かされた。


 燕は日焼けした頬に皺をつくらせながら、うるせえ! ババア、と反抗期真っ盛りの十代男子らしいフレーズで臍を曲げた。




 燕が短歌を詠んでいる光景を私は見かけたことがない。


 よく初心者がやるように五本の指を折って、言葉に当てはめようとする、というシチュエーションだって目の当たりにしていないのだ。




 机にはまだ食べかけの照り焼きチキンバーガー、トッピングにアボカドソース入りが行き場を失ったかのように私を見つめている。


 すっかり、お馴染みになったテイクアウト用にわざと残しておこうか。


 灼熱の真夏の峠を超えたとはいえ、まだまだ食中毒には気を付けたほうがいい。


 見つめられたハンバーガーを前に私は一度唾を飲んでから与えられた課題のように一口齧った。




 燕のお母さんが作るハンバーガーは絶品だし、数週間おきには食べたくなる。


 たださすがに二日連続は難問だった。


 無理くいに詰めたパティがゲップを催す。真さんに会いたいだけの口実のために、燕の実家に少ないお小遣いを奉納しなくても良かったんじゃないか。


 最後の一口、私を見つめていたハンバーガーを何とか胃袋に収める。


「美味しかった?」


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