第10話 ギムナの街
――12日目。
ギムナは円に近い形をした3層の外壁に守られた都市だ。
都市の外側である第3壁の内側では、安全で広大な土地で多種多様な農作物が育てられている。
第2壁の内側では収穫された農作物の加工や保管が行われ、飲食店が軒を連ねている。都市内だけでなく、周辺の村々から集められた農作物もあって膨大な量があるから
都市の中心を守る第1壁の内側では都市の運営に欠かせない行政や有力な商会が拠点を構えている。一般人が立ち入ることのない場所。
王都のように栄えているわけではないが、北には巨大な湖があり、ほかの場所は穀倉地帯が広がっているため肥沃な土地として知られていた。
風光明媚な都市。夕方になれば夕日で染まった湖が煌めき、幻想的な光景が多くの人を魅了していた。
だが、若者にしてみれば退屈な都市だったらしく、若者の姿は少ない。
そんな都市であっても今の時期は外へ出ていた若者が帰って来ていた。
「4日後に豊穣祭が行われるからです」
豊穣祭。
収穫を願って行われる祭りで、人々の祈りが活気と共に神へと届けられる。
ギムナを中心とした地域では規模の大きな祭りで、毎年のように多くの人々が遠方から訪れるようになっている。
「あれ?」
てっきり自分たちも行列に並ぶものだと思っていたカインだったが、エレナは行列を無視して横をスタスタと歩いて門のある方へと向かっていく。
怪訝な表情が並んでいる人たちから向けられていた。
「並ばなくていいのか?」
「今から真面目に並んでいたら街の中に入るのは夜になってしまいますよ」
その時間は言い過ぎだが、納得させられてしまうほどの列の長さだった。
「あまり実家の力に頼りたくありませんでしたが、この状況を見ると頼らざるを得ないです」
門まで辿り着くと、手続きをしていた衛兵とは別の衛兵にペンダントを見せる。
街へ入ろう並んでいる人だけでなく、そんな彼らの検査を行っている衛兵からも睨み付けられる。街の治安維持に務めているだけあって体格のいい者が多く、とくに顔に大きな傷のある男からの視線が厳しい。
ペンダントを確認した衛兵がエレナに向かって姿勢を正した。
「ヴァーエル家の関係者でしたか」
「そこまで畏まる必要はないわ。私は領主の娘でしかないのだから」
ペンダントにはヴァーエル家の意匠が施されており、領主が認めた相手にしか渡されない。もし、偽装した物を見せ、バレようものなら身分を詐称したとして相手の家からだけでなく、爵位を与えた国からも追われることとなる。
都市へ入るだけで、そこまでの罪を犯す者がいるとは思えない。
エレナも領主の家族らしく振舞うべく、立場を分からせるよう態度に気を付けている。
「少し用があって旅に出ていたけど戻ってきたわ」
「そうでしたか。それで、そちらの彼は?」
衛兵の視線がエレナの後ろにいるカインへ向けられる。
「彼はヴァーエル家の仕事を依頼する為に連れてきた冒険者よ」
「この少年が、ですか……?」
お世辞にもカインの見た目は強そうではない。
衛兵の視線が不審な物を見るようになってしまうのもおかしくない。
「もしかして私が連れてきた相手を疑っているの?」
「いえ、そういうわけではありません!」
衛兵がサッと横に移動して通りやすく道を開ける。
エレナが連れてきたカインを疑う、ということはエレナを疑うことにつながりかねない。ヴァーエル家に雇われている身としては退くしかなかった。
「彼も一緒に通してくれるわね」
「もちろんです」
それでも最低限の手続きだけは必要になり、冒険者カードを見せて身分を証明すると、行列ができている門とは別の門が開けられる。
貴族だけが利用することのできる門。
警備の観点から、また平民と同じ列に並ばせてしまうとトラブルに発展しかねないため普段から貴族は別にある専用の通用口を利用できるようになっている。
入り口は別。けれども、すぐに同じ門の下へ合流する。
「なんだか申し訳ないな」
「まあ、こればかりは仕方ないですよ」
並んでいた人々からも睨み付けられる。
カインの格好は貴族に見えず、エレナは上品な佇まいから貴族に見えないこともないが、冒険に適した服装をしている。
二人ともパッと見ただけでは貴族に思えなかった。
そのせいもあって真面目に並ぶしかない人々の苛立ちがぶつけられていた。
「貴族としては普段からああいう態度をしていた方がいいと思うんですけど、私はやっぱり慣れませんね」
「好きなようにしたらいいと思うんだけどな」
頑丈な外壁であっても少し歩くだけで都市の中へと入れる。
――メインクエスト③が開始されました。
セーブされます。
「うん……?」
「どうしました?」
「いや」
文字が書かれた半透明な板がカインの目の前に出現する。エレナには見えていないらしく、カインの見つめる先に何があるのか分からずにいた。
出現した半透明な板は使徒になったことで見えるようになった物で、使徒としての活動に関わる事が表示される。そのためカイン以外の人間には見ることができないようになっている。
神からの啓示であるため、まるで神託のようだが今もカインの隣で浮いている女神ブランディアの意思は介在していない。あくまでも使徒がしなければならない事が伝えられるだけだ。
「なんでもない」
メインクエストに従うかどうかは使徒の判断による。
ただし、カインとしては従うつもりでいたため判断は最初から決まっている。
「まずは私の実家へ行くことにします」
「実家というと……」
領主の娘なのだから都市の中心にある領主の館に決まっている。
地元であるためエレナは迷うことなく目的地へと向かう。
「随分と慣れているんだな」
「故郷なんですから、これぐらいは普通じゃないですか?」
「貴族の娘なのに迷うことなく街中を歩けるのが凄いんだよ」
貴族ともなれば用事は館に人を呼びつけて済ませることがあるし、移動するにしても馬車での移動で歩かないため道順を覚える必要がない。
「貴族の娘と言っても私は三女ですから優先順位が低かったんです」
平民も同じだが、兄弟姉妹の数が多くなれば長男に家業を継がせ、長女から嫁ぎ先が探される。下の子の優先順位はどうしても低くなってしまう。
エレナも魔法の才がなければ親が決めた相手と結婚させられるはずだった。
嫁ぎ先が決められるよりも先に魔法の才を認められ、事情があって魔法使いとして活動することを許された。
「最初はギムナで活動していましたから、街の地理にもそれなりに詳しいですよ」
自分の家へ向かうぐらいなら迷うことはない。
「途中で話したと思うけど、俺は親の顔も知らない孤児なんだから礼儀作法なんて知らないぞ」
「大丈夫です。父はそのようなことを気にする人じゃありませんから」
貴族との対面なんて緊張しかない。
だけど、逃げるわけにはいかない。
『さっきメインクエストが始まったわ。ここで何かが起こるのは間違いない。領主は味方につけておいた方がいいわよ』
「こっちも避けるわけにはいかないみたいだし、ついて行くことにするよ」
エレナは詳しい事情まで語らなかった。
覚悟を決めたつもりのカインだったが、領主の館へ向かう足取りは重いままだ。
☆ ☆ ☆
ヴァーエル家の館は、緑あふれる庭を中心にして囲むように大きな建物があった。
エレナが玄関に備え付けられたチャイムを鳴らすと、少しして館の中から黒い服を身に纏った灰色の髪の男性が姿を現す。
「おかえりなさいませ、エレナ様」
「ただいま。お父様はいる?」
「本日は書斎にいるはずです」
「そう」
素っ気ない返事。
だが、これも彼女なりに精一杯の態度だと幼少の頃から使えている執事は理解していた。
「こちらの男性は?」
執事の視線がカインへ向けられる。
「私が例の件で助っ人に連れてきた冒険者のカイン」
「……」
エレナから紹介されたが、執事は鋭い視線をカインへ向け続けていた。
普通の少年にしか見えない。現在、厄介事を抱えているヴァーエル家としては特別な力を持つ強い冒険者に期待しており、生半可な力しか持たない者を前にして懐疑的になるのも仕方ない。
街で見られていた時とは違う見定める視線がカインを捉える。
「お嬢様。この者に何を期待したのか知りませんが、私にはこの者が強いとは思えません」
「若い頃はヴァーエル家の筆頭騎士として仕えた貴方でもそうなのね」
「はい」
静かな表情のままエレナの言葉を肯定する。
カインとしても強くなった実感がないため、執事でありながら強そうに見える男を前に何も言えなくなる。
「アグニス」
「はい」
「貴方はいつから私の決定に逆らえるようになったの?」
「……」
「たしかに私は家を出ていた。ヴァーエル家の一大事を前に強く意見を言える立場にない。それでもヴァーエル家の人間であることには変わりない」
執事は自分の立場を思い出し、小さく息を吐きだすだけで納得させた。
「お嬢様が選んだ方です。彼もお客様として迎えさせていただきます」
「そうしてちょうだい」
「ヴァーエル家で執事として仕えさせていただいているアグニスと申します。何か用のある場合はなんなりと私に申し付けください」
「はい」
最低限の挨拶だけを済ませると、エレナはスタスタと館の奥から2階へと上がり、館の中でも最も奥にある部屋の前で立ち止まる。
軽くノックして来訪を告げると中から声が返ってくる。
「失礼します」
部屋は縦に長く、左右の壁には天井まで届く大きな書棚が並べられていた。奥の壁には窓があり、昼を過ぎたばかりの時間だということもあって温かな明かりが差し込んでいた。
窓の手前には丁寧な紋様が施された黒い執務机が置かれており、壮年の男性が椅子に座って書類を確認していた。
「こんな状態で迎え入れることになってすまない」
「いえ、急に帰って来たのはこちらの方です。豊穣祭前の時期は毎年のように忙しいではないですか」
カインとエレナが部屋の中心にあるソファに座る。
直後、館の侍女が紅茶を運んできて二人の前に置く。しかも簡単に食べられる軽食まで用意されていた。
「門でヴァーエル家であることを知らせたことで、私たちが到着するよりも早く館には連絡が行っています」
エレナが帰って来たことが伝えられた。ただし、同行者がいることまで伝わっていても、同行者がどういった人物なのかまで伝わっていなかった。
事情を知る者は強い冒険者を連れ帰って来たものだとばかり思い込んでいた。
「おかえりエレナ。そして客人をギムナに歓迎しよう」
書類を手早く片付けると久しぶりに会った娘とようやく顔を合わせる。
「はじめまして。ヴァーエル伯爵家の当主であるダルキスだ」
ダルキス・ヴァーエル。
肥沃な土地を保有すること以外に大きな特徴のない領地を治めている貴族として王都を中心とした貴族には知られていた。
年齢は40代後半。短く刈り上げられた濃い茶色の髪に、スラッとした長身を上等な服で包んでいる。先ほど書類と格闘していたことからも忙しいのか、手入れされていない無精髭をカインは目にしてしまった。
娘が男を連れて帰って来た。
もちろん彼は父親として理由を邪推するような真似をしない。
「カインです」
「彼が探していた人物――【呪怨耐性】を持つ冒険者なのかな?」
執事であるアグニスが不審に思ったようにダルキスもカインが貴重なスキルを持つ強い冒険者には見えなかった。
カインが目的のスキルを所有していないことを知っているエレナは首を振る。
「違います」
「では、どうして彼を連れて来たのかな?」
「――彼は使徒です」
「!?」
静かに告げられた言葉にダルキスが表情を崩す。
それだけ使徒という存在は貴重だということだ。
「よく、そんな人物を連れて来ることができたね」
「運がよかったんです」
もし、あの時ギルドへ行かなければカインの実力を目にする機会はなかった。
エレナが使徒になったカインを見つけられたのは、本当に運がよかったとしか言いようがない。
「冒険者としての実力はどうなのかな?」
「それは……」
「Gランクです」
冒険者にはAからGまでのランク付けがされている。そのランクに収まらないSランクも存在するが、Sランクだと評価されるのは使徒である事を明かした者ぐらいであるため非常に少ない。
カインのGランクは冒険者登録したばかりの新米で、本来なら簡単な依頼を10件成功させるだけでランクアップを認められる。必要な数の依頼を成功させていたが、レベルアップできないため危ないと判断されてランクアップしてもらうことができなかった。
「少し考えさせてほしい。エレナが連れて来たのだから信用はできるのだろうが、これはヴァーエル家にとって最大の近畿だ。依頼を引き受けてもらうなら事情を詳しく説明する必要があるが、君のランクを考えると慎重にならざるを得ない」
「はい。大丈夫です」
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