海辺のユーゴと拾ったカメ

二晩占二

海辺のユーゴと拾ったカメ

 ユーゴは海辺に住んでいた。

 小学生の頃、家にカメをつれて帰った。


 カメは小さかった。ユーゴの手のひらですっぽりと包み込めるほどだった。


 母は、自分で世話をするなら飼ってもいい、と投げやりにいった。

 父は、水槽と水草を用意してくれた。


 こうして、ユーゴとカメの生活が始まった。


 カメはユーゴと一緒のものを食べ、ユーゴと一緒に風呂に入り、ユーゴと一緒の布団で寝た。


 ふたりは親友になった。


 一緒にポップコーンを食べて映画を見た。

 自転車の荷台に乗せて海辺を走りまわった。

 神社のご神木によじのぼって怒られた。



 カメは日に日に大きくなった。

 すぐに水槽は卒業したし、一緒に入る風呂もベッドもどんどんせまくなっていった。


 ユーゴも大きくなった。

 中学生になり、高校生になり、大学生になり、働くようになった。

 だんだんと、大人じみた表情をするようになっていった。


 ユーゴの身長は止まったが、カメはまだ、大きくなり続けていた。

 玄関を通りぬけれなくなって、家族みんなで頭をなやませた。

 父のオンボロ自動車を処分して、ガレージにカメ専用の出入り口をつくってやった。


 カメは満足そうだった。

 だんだんと、人間じみた表情をするようになっていった。

 ユーゴに顔が似てきたね、と母がいった。ユーゴもそう思った。



 その年、母が死んだ。



 ユーゴは泣いた。カメは泣かなかった。



 ユーゴはひとりの女の子に恋をして、愛しあい、結婚した。

 父がいっしょに住もうといった。奥さんもいいよ、といった。

 それで、ユーゴの父とユーゴと奥さんとカメは、海辺の屋根の下で家族になった。


 カメはおじいさんみたいになってきた。目の上と頬から真っ白い毛が伸びていた。話しかけるとしわくちゃの笑顔を見せるようになった。元気だった。



 翌年にはユーゴに子どもが生まれた。男の子だった。


 ユーゴは喜んだ。カメは笑った。



 そして、父が死んだ。


 ユーゴは泣いた。カメは泣かなかった。



 カメはまだ、大きくなり続けていた。

 ユーゴの子どもが5歳になるころ、とうとう家に入りきらなくなった。


 カメは、庭に追い出された。


 通りすがりの人たちは、ゾウみたいに大きなカメを見て驚いた。

 白くて長いマユ毛とヒゲを見て「長老」とか「仙人」とかのあだ名をつけ、親しんだ。



 やがてユーゴは年をとり、おじいさんになった。

 子どもは自立して、家を出ていった。

 奥さんは病気で、早くに亡くなった。



 ユーゴはカメとふたりっきりになった。



 ひとりで過ごす家はつまらなくて、カメの甲羅の上で暮らすことが多くなった。


 ユーゴは顔も手もしわしわになって、食も細くなっていたが、とても元気だった。

 カメも相変わらず長老めいていたが、とても元気だった。



 数年、いや数十年がたった。

 ユーゴたちが過ごした海辺の家はくさって、くずれ落ちてしまった。


 カメはのっしのっしと海岸線をあるき、ユーゴは甲羅の上であぐらをかいて過ごした。


 魚を釣ったり、貝を掘ったりして食べたが、別に何も食べなくても腹はへらなかった。



 また数年、いや数十年、いや数百年がたった。



 ユーゴの息子もその娘もその孫も寿命で死んだ。



 ユーゴは自分の血をわけた家族たちをみんな見送った。

 カメと同じように、ユーゴも長生きだった。



 そのさらに数百年後。

 海辺の町民ぜんいんがユーゴの遠い子孫で満たされたころ。



 ユーゴは、カメの背中の上で、眠るようにしずかに息を引き取った。


 町中が悲しんだ。カメは泣かなかった。


 カメはユーゴのやせた体を甲羅にのせたまま、ゆっくり、ゆっくりと、寂しそうに海へ帰っていった。



 ユーゴの子孫たちは沈んでいくカメの後ろ姿をみんなして見送った。

 誰かがボソッとつぶやいた。


 あれは、ほんとにカメだったのかな。



 誰にも、わからなかった。

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海辺のユーゴと拾ったカメ 二晩占二 @niban_senji

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