全自動利他的くん

牛丼一筋46億年

全自動利他的くん

 プレーリードックの一種は鷹などの天敵が近づいてきたとき、群れの仲間にそれを知らせるために警戒音を発する。

これは非常に危険な行為だ。天敵に自分の居場所を自ら教えるようなものだからだ。事実、警戒音を発した個体は大抵の場合、天敵に食べられてしまう。それでもプレーリードックが警戒音を発するのは、それが群れの生存において、最も有効的な行動だからである。彼らは個人の生存よりも、種の生存を尊ぶのだ。これを生物学では利他的行動と呼ぶ。

 このように、種の為には自分を顧みない利他的行動こそが重要なのだ。

 それは歴史を見ても明らかである。たとえば古代中国の王である堯・舜・禹の三人は、権力に溺れることなく、自らを犠牲にしてでも、多くの人の命を奪う大河氾濫を止める治水工事に人生を捧げ、三代かけて工事を成し遂ることにより、中国四千年の礎を築いた。

 最近でいえば、野口英世も黄熱病解明の為に、自らが病に臥せっても決して研究の手は止めなかった。

 このような高潔な精神から発せられる利他的行動により人類が抱える問題は解決されてきたのだ。しかし、人間誰もがこうはいかない。たとえそれが全体の奉仕に繋がると分かっていても、自分の損になることはしたくないというのが人情である。



人類の未来を憂いた博士は考えた。

人間が利他的な行動を取りたくないというのであれば、代わりにロボットにやってもらえばよい。

ロボットには高潔な精神と高い知性を与えて、自らを顧みず、人類が抱える人口爆発や自然破壊、飢餓などの問題を解決することを唯一の生存目的としてプログラミングするのだ。

 名付けて『全自動利他的くん』である。

 博士は長い年月をかけてロボットを作った。見た目はドラム缶にロボット然とした銀色の手足と車のヘッドライトの様な目が2つついただけの不細工なものだったが、搭載されているAIと小型スーパーコンピュータは彼に人間には遠く及ばぬ高い知識と高潔な精神を与えている。

博士は自宅の研究室で出来上がった『全自動利他的くん』の電源を入れた。

 全自動利他的くんの両目がピカッと光り、彼は目覚めた。

 「おはよう、全自動利他的くん」

 「おはようございます博士」

 利他的くんは朗らかな声でこたえた。

 「さあ、人類の為に働いてくれ」

 博士はモーセに十戒を授けた神の如く、うやうやしく、神聖な気持ちで利他的くんにそう告げた。多くの問題を抱えて、ジリジリと破滅へと向かう人類の救済となるのだから、博士がそんな気持ちになるのは当然だろう。

 「えー、はいはい、やりますやります、あとでね」

 そんな博士の気持ちとは裏腹、利他的くんは面倒くさそうにやる気のない声で答えたあと、「それはそうとテレビ見てもいいですか?」と利他的くんはいった。

 これが超高度な思考能力と高潔な精神を持ち合わせたロボットの話し方なのかと、博士は呆気に取られ「まあ、いいけど・・・」と曖昧な返事をした。すると、利他的くんは「どうも」といって、リビングに行き、寝っ転がってテレビを見始めた。

 テレビの内容は下らないバラエティ番組だったが、利他的くんは大笑いをして、最後にはごろんと寝っ転がりイビキをかき始めた。

 博士は驚いた。これが超高性能ロボットのする行動だろうか?これではまるで、そこらの人間と全く変わりない。いや、彼の考えはもしかすると人間には理解できないほど深淵なものであり、一見無意味に見えることも、もしかしたらとんでもなく重要なことなのかもしれない。ここはしばらく様子を見るとしよう、と博士は思った。



 全自動利他的くんが起動し始めて一ヶ月、利他的くんは変わらず怠惰だった。

 昼にはワイドショーを見て芸能人の動向に一喜一憂し、それに飽きると漫画雑誌を読み耽り、それにも飽きるとテレビゲームをして、負けると不機嫌になるのだった。

 それ以外にも、利他的くんは時折ナーバスになって、部屋でコンチクショー!と叫んだりしていた。人智を超えた知能を与えたはずなのだが、高校生の夏休みのような行動しかしない利他的くんに博士もヤキモキし始めた。

 「なあ、利他的くん、そろそろ仕事をしないか?君は毎日ゴロゴロしてばかりじゃないか」

 博士はある日、スマホをいじくる利他的くんに痺れを切らしてそういった。

 すると、利他的くんはしばらく考え込んだあと、ポンと手を打っていった。

 「確かに、大の男、いや、大のロボットが一日中ゴロゴロしてるってのも世間体が悪いですね、私もこの生活にほんのちょっと飽きてたところです。仕事でもしますか・・・」

 その言葉に博士は喜んだ。やっと、やる気になってくれた。しかし、博士の思いはすぐに裏切られる。利他的くんは翌日から求人誌を読み漁ったり、ハローワークに足を運ぶようになったのだ。

 「利他的くん、何をしようとしているのだね?」

 博士は家でエントリーシートを書き続ける利他的くんに尋ねた。

 「だから、仕事しようと思って・・・」

 「違うだろ!君の仕事は人類の為にたとえ自分の身に不利益が生じようと人類に奉仕し続けることでしょうが!」

 博士は思わずヒステリックに叫んだが、利他的くんはどこ吹く風といった様子で笑い飛ばした。

 「まあまあ、社会で学ぶことも多いですから」



全自動利他的くんは小さなロボットメーカーの営業職として働き始めるようになった。

 毎日仕事には行くものの、家に帰れば相変わらずゴロゴロしているし、土日は昼まで寝て過ごしていた。

 データ採取の為にと、利他的くんの仕事ぶりを博士は聞くことにした。

 利他的くんの同僚から上司、取引先にまで話を聞きに行ったが、皆一様に利他的くんを褒めちぎる。

 なんでも、利他的くんは人当たり(ロボット当たりというべきか)も良く、仕事ぶりも上々、取引先からも上司からも可愛がられており、時には同僚の悩み相談にまで乗るらしい。聞いた話をまとめると、彼は義理人情に熱く、合理化一辺倒の社会であるにも関わらず、フェイストゥフェイスを重んじる、人間よりも人間臭い風変わりだが愛嬌のあるロボット、というのが社会における彼の人物評みたいだった。

 ちなみに社内での彼の口癖は「世の中便利すぎると馬鹿になっちまいますからね」らしく、AIやデータを参考にして結論を出すことよりも、話し合いによって結論を出すことを好むのだそうだ。

 不可解である。AIを搭載した利他的くんがAIを否定するなんて自己矛盾しているではないか。

 ここに利他的くんの考えていることのヒントがあるように博士は思い、もうしばらく彼の様子を見ることに決めた。



全自動利他的くんが起動して半年が経った。彼は休日には子供たちを集めて野球やサッカーを教えるようになっていた。

 室内で遊ぶことが多くなった近頃の子供たちにとって、自分の身体を使って遊ぶスポーツは新鮮であり、利他的くんのスポーツ教室は子供たちに大人気だった。

 さらに、連休になると子供たちと川や山に行ってそこに住む生き物の生態や、人間による自然破壊の歴史と原因について教えたりもしていた。この取り組みはちょっとした話題になり、町の名物ロボットとして新聞にも取り上げられたくらいだ。

 博士は不思議で仕方がなかった。

 彼が褒められるのは彼の生みの親として誇らしい。しかし、AIやスーパーコンピュータを搭載した世界最高峰の知能を持つ彼が、「気の良い近所の兄ちゃん」レベルの行動しかしないのは大いに疑問である。

 ある休日、自分の頭にオイルをさしながら口笛を吹く利他的くんに、たまりかねた博士は聞いてみた。

 「利他的くん、どうして君は自分の身を犠牲にしてでも人類が抱える大問題の解決をしようとしないのだね?」

 すると、利他的くんはやれやれといった様子でため息をついた。

 「博士、私がその気になればそんな問題はすぐに解決できますよ。でも、私が導き出した解決策は何もしないことなんです」

 博士はびっくりしてその場で飛び上がってしまった。

 「どういうことだね!?」

 「生命体の生存目的は『種の永続的な生存と繁栄』ですよね?」

 「その通りである」

 「仮に私が問題を解決したとしましょう。それで一時的に人類の安寧が訪れることでしょう。しかし、問題は常に起こり続けるものです。その度に私が懇切丁寧に問題を解決し続けていたならば、きっと人類は考える力を失います。人類がパッパラパーになってしまっては私の維持管理も難しくなるでしょうし、パッパラパー人間はもはや人間とは呼べないでしょうね。結局、私に出来ることはそう多く無いのです」

 こう言われて、博士はようやく利他的くんの行動を理解した。

 利他的くんの生存目的は『自分の身を犠牲にしてでも人類が抱える大問題の解決すること』である。しかし、その解決策は『問題を解決しないこと』なのだ。完全なる自己矛盾である。

 これは人類に置き換えるならば、『生存する為の唯一の方法は生存しないこと』と言えよう。

 利他的くんは、起動したその日から自らを顧みずに人類の為に行動していたのである。

 「あなた方人間は、簡単で即効性のある解決方法をよく望みますが、私から言わせると、とんでもない面倒臭がり屋です。問題を解決する為には地道にみんなで考え、行動し続ける他ないのです」

 それだけいうと、利他的くんはまたオイルを頭にさして口笛を吹き出した。



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