第1章第11節 青いランプ

「現状を確認しようか。」


 そこには、ウル、ベル、アダマス、薔薇十字団ローゼン・クロイツの知能開発室と作物増産室の面々、それと赫耀の姿。


「あたい、何で呼ばれたんだ?」


 いまいち状況が呑み込めていない赫耀。


「それも含めて聴いてくれ。色々隠してたこともあるからさ。」

「ふーん。」


 メルの重い雰囲気、というよりも後ろめたさを感じさせる声と表情、会わない目線に、それ以上の追及を止める赫耀。メルはまず、ドイツでの戦闘と顛末について説明した。


「そしたら、小人憑きの騒動は終わりか?良かったじゃねぇか。」

「それが、そうもいかないみたいだ。」


 メルはさらに、クリスティーナ・ローゼンクロイツの最期の様子を語った。


「アフロディーテ?ギリシャ神話の愛の女神?を名乗ってる奴ってことか?」

「いや、本人。ん?本神?」

「何を……。」


 またしても、冗談にしか聴こえない事を、冗談とは思えない瞳でかたりかけるメル。語っているのか騙っているのか。疑うつもりはなくとも、図りかねる。


「そんで、改めて、オレの本当の名前はヘルメスだ。」

「ほう。それはちゅっと恥ずかしいな。」

「違う、そうじゃなくて……。」


 この時代、錬金術が最盛期であるため、有名な術師の名前に肖りたい親もいたであろう。しかし、さすがに〝錬金術師の祖〟ヘルメスはキラキラネームだ。


「オレがエジプトにエメラルド・タブレットを置いてった。その本人だ。」

「その……自分が〝ヘルメス・トリスメギストス〟だと……?」


 ヘルメス・トリスメギストスは、錬金術発祥の地であるエジプトにエメラルド・タブレットを授け、錬金術を興したと言われている。伝説上のヒトあるいは神とされている。

 お伽話だと実在を信じていない者がほとんどだ。赫耀も例外ではなく、少し引いた目でメルを眺める。しかし、周りを見渡すと、その神妙な空気。冗談を言っている雰囲気ではない。


「まあ信じないわな。今日眠れそうにないしな。少し昔話しようか。」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 あれは、ざっと4,500年前だ。オレがまだ、神性を失ってない頃。伝達の神として望まれたオレは、その命を全うしていた。アポロンが飼ってた牛を平らげたり悪戯もしたが、親父ゼウスの伝令を届けるパシリをこなしながら生きてた。特に何も考えてなかった。考える必要もなかった。

 そんな日常を、プロメテウスの叔父が突如破った。


「おお!ヘルメス!人間界いくぞ!」


 元より、突飛なことを言っては、ヒトの都合も考えずに引っ張り回す奴だった。ただ、そんな自由奔放な叔父に憧れがあった。勿論、この時人間なんかには興味なかったけど、二つ返事で付いて行った。


「ヘルメスよ。人間てのは凄いぞ。オレ達の模造品とか言うやつもいるが、んなことない。オレ達なんかよりすげーぞ!それをお前にも見せてやる!お前も興味を持つだろうよ!」


 プロメテウスの、他人への評価は控えめに言ってもザルだった。しかも、基本的に過大評価しかない。唯一親父ゼウスに対しては辛口だったけど。そんな背景もあって、なんの期待もしないまま、シュメールに降り立った。


 人間界に降りて来て始めに見たのは、〝文明〟だった。しかし、すぐに凄いと思った訳じゃない。神は良かれ悪かれ、神性を行使してだいたい何でも出来る。こんなコツコツとやらなきゃならないなんて、やはり弱い生き物だと、そう思った。

 つまらないモノに興味を持った叔父さんに呆れながら、街を歩いて回ったり、人々と叔父さんが交流しているのを眺めてる中で、こんな事があった。


「なんこれ、すごく美味しい。」


 それは、天界では経験のない味。そもそも、神には代謝に当たる機能はない。食事もただの嗜好品だ。生命維持のために必要な機能を残しながらこんな旨いモノを造れるのか。


「ありがとう!祖々々々父から受け継ぎ、工夫を絶やさずに極めたこの一品!秘伝のアップルパイ!」


 アップルパイ。林檎を使った菓子なのか。それよりも、気になったことがある。


「受け継ぐ、って何?工夫って?一体なんのこと?」


 当時のオレにはピンと来なかった。神は良かれ悪かれ、神性を行使してだいたい何でも出来る。生まれついた神性の継承はあっても、口伝による伝承なんて必要もない。


「なんだって?んー。例えば、僕は父さんから作り方を教わって、それをもっと美味しくしてやろうと日々色々試しては失敗して。それで段々と美味しくしてきた訳よ!」

「じゃあ、君の父親は骨折り損だね。君の方が美味しいもの造れるんでしょ?」


 その若者は首を傾げ眉間に皺を寄せながら、その問いに答えた。


「いいや、そうじゃないと思うな。祖々々々父から始まって、それぞれが絶やさず探求し続けてきたから辿り着けたのさ。誰かが手を抜いたらここまでは美味しくならないさ!それに、この林檎!これも品種改良とか言うので、祖々々々父の10倍は甘いんだと!」


 それを聴いて、やっとこの〝文明〟の深さと広さと高さが理解できた様な気がした。嗜好と摂食の機能を兼ねた料理文化。農耕による食料の安定供給。貨幣による物流構造。大規模な建築構造体。これは、ここに建ってるだけじゃない。足元には、これまで連綿と連なった幾千幾万の知恵と知識が埋まっている。


「さすが、お前は頭が良いな。オレはなんとなくすげー、しか思わなかったのにな!」


 プロメテウスはそれを直感的に解ったらしい。それはそれで信じがたい才能だが。


「ねぇ、プロメテウス叔父さん。この文明は興ってからどれくらい経つの?」

「2,000年くらいだったか?」

「人間の寿命は?」

「今は40年くらいだな。」


 神とは文化文明の運営方法が異なる訳だ。非力で短命な人間が、2,000年の月日を重ねた上にさらに重ねて、この文明が成り立っている。

 さらに、数千年積み重ねたら、どう変わっていくんだろう。いつの間にか、人間への興味に脳が支配されていた。


「ははは!ヘルメスも人間に興味を持ったみたいだな!そうだと思ったぜ!」


 いつもこのひとの言うことは当たる。そう世界が決めたかの様に。


「それで。私にどうして欲しいの?実は狙いがあるんでしょ?人間贔屓の神プロメテウス。」

「ははは!お見通しだな!そうそう、頭が良いお前に人間の相談役になって欲しくてな。あ、神性は行使するつかうなよ?」


 呆れた親戚だ。まあしかし、何故だか悪い気はしない。


「いいよ。後で奢りね。」

「ははは!任せろ!」


 斯くして、オレの教師生活が始まった。講師として算術や医学について説いていった。そういう神性だったから、そう難しくないと思っていた。

 しかし、そう巧くはいかない。


「なんでこんくらいの算術が出来ないの!?私は生後5秒で理解したというのに!」

「そんな無茶な……。」

「無茶だけど無理じゃない。やるよ!」


 当初感じた文明の偉大さに対し、人間一人ひとりは怠惰で傲慢で強欲だ。いや、勤勉で謙虚で節制してる人間とそうでない奴の両方がいる様だ。神は司る概念に基づいた有り方しか存在しないのに、なんと多様で面倒臭くて五月蝿い。


「君はこの前も来てたね。」

「うん!先生の、えっと……教えてくれる事楽しい!」


 彼はアエル。勤勉な人間の中でも特に勤勉な子供だった。オレの講座に良く来ては、熱心に話を聴いていた。内容の全ては解らないらしいが、好奇心に任せて学問も貪るのが楽しいらしい。なんとも学者向けな性格だ。


「でも、僕の家の仕事は、勉強とか役に立たないかも……。」

「ほう。何してるの?」

「木こりだよ!」

「木材調達か。」


 その時オレも、木こりと算術の関係なんて解らなかったから、なんて返して良いか解らなかったな。


「そうか。でもまあ、楽しいんなら良いんじゃない?」

「うん!」



 それからも、講師を続けながら人間と交流していた。怠惰で傲慢で強欲な人間が、金儲けのために近づいてくることは絶えなかったが、勤勉で謙虚で節制している人間との講義は楽しかった。


「おお。この前出来なかった算術、出来るようになったね。」

「ええ!無茶だけど無理ではなかったみたいです!」


 アエルも、身長の伸長よりも早く、学習能力の成長が著しかった。


「先生!算術がお父さんのお仕事に活かせるかも!」

「ほう?」


 アエルは自分の頭の中身を地面に書き出した。


「まずね、樹の伐ったところは、こういう、輪っかができるの。いつも伐ってる樹を見てるとみんな30個くらいの丸があるの。そんで、これって樹が何歳か、にすごく近くて。ってことはね、伐る樹はだいたい30歳なのかな?もしそうだったら、お山から樹を伐る時に、全部の樹から、えっと、30分の1だけ伐れば良くて、そうすれば、お山が剥げちゃうことないし、樹った木が余ることも少ないかもって。」


 正直驚いた。オレは算術を教科書通りに教えていただけだったから。神は良かれ悪かれ、神性を行使してだいたい何でも出来る。だから、樹なんて生やせば良い。しかし、そういうことではない。この少年は、今まで解っていなかったことに自ら辿り着いた。


「それ、本当に自分で辿り着いたの?」

「ん?たどりつくって?」


 オレは不覚にも、人間の幼体に教えられた。役に立たないかどうかは考え方ひとつらしい。そして、役に立つかなど、さほど重要じゃないのかもしれない。


「ふふ。こうかも、ああかも、って考えてるだけで楽しいね!」

「学問が楽しい?」


 学問は生きるための技術に直結するモノ。教えるための交流は楽しかったが、学問自体に苦痛はあれど、楽しいモノだと思ったことも、そもそも考えたこともなかった。


「面白いね君。」


 この時から、講師というのを〝教える立場〟と考えるのを止めた。


「私の言うことが全部正しいと思うな!質問と対話。そう、講義は対話だ!」


 最初は、誰も発言することはなかったが、アエルの好奇心に触発され、他の者も質問を投げ掛け始めた。


「1足す1が2になるのは何故ですか?」

「……ほう?」


 知っていたつもりだが、実は知らないことの方が多いことに気付いた。1足す1なんて2にしかならないと思っていたが、確かに、少なくとも3進法以上の数え方でないと成り立たないし、証明は非常に難しい。


「1引く1はどうなるんです?もっと引いたら?」

「……ほほう??」


 この時代、0という概念はない。勿論、負の数も定義が存在しない。


「成る程。よし、みんなで考えよー。」


 人間との交流は楽しかったが、学問を延長しようとするのはさらに面白かった。学問の神を崇められていたのが恥ずかしい。

 世界には知らないことが山ほどある。経験的だった天気予測。酪農生物の防疫方法。河川の氾濫に対して有効な堰の設計。天体の運行。虹の原理。


「おう!ヘルメス!良い顔になったな!これ、アポロンの牛のレバーだ。奴には内緒な?」


 忘れるほど久しぶりにプロメテウスが顔を見せた。


「叔父さん……今まで何してたの。」

「まあ、ちょっとな。」


 何やら一物抱えた風の回答。プロメテウスは隠し事が苦手だ。恐らく、人間の3歳児の方が巧くやる。


「何でも良いけど……。父上に怒られる様なことはしないことをお勧めするよ。」

「ははぁ……さすが鋭いな。」


 そもそも隠し事は嫌いなプロメテウス。ここまで察しているなら隠す必要性を感じなくなったらしい。


「これをな、人間にやろうと思ってな。」


 そこには、青い宝石でできたランプ。昼間にも関わらず、煌々と灯っているのがすぐに解る。いや、明るい訳ではない。何かがという印象だ。


「これ……アポロンにも怒られるやつじゃない?」

「そうだ!」


 そうだ!じゃない。オレもアポロンには死ぬ程、正に死ぬ程度に怒られているが、その比ではない。


「本当に死にたいの……?」

「了承を得た可能性は鑑みんのか?」

「鑑みん。」


 これは、後にプロメテウスの火と呼ばれることになる、太陽の欠片、永遠の炎、究極の光だ。


「これを人間に渡してどうするの?無用の長物じゃない?」

「それがな、そうでもなくてな。」


 プロメテウス曰く、神々の採決があったらしい。人間を一度絶滅させよう、そう決まったらしい。


「そう決まった……オリュンポス十二神の私が聞いてないし、何の権利があってそんな横暴……。」


 ここまで言って、ここに来る前には口にしなかったであろう事を言っていることに気付いた。


「そうだ。ここに来たことない奴は、その結論がどんだけ愚かか解ってない。それに、解ってる奴は邪魔なんだろう。お前に決定権を与えなかった奴はな。」


 親父の顔が浮かんだ。今まで考えもしなかったが、いや、考えないように教育されていた。自分を道具の様に扱っていた父親。その時はそう感じるようになっていた。


「……どうしたらいいの?」

「だから、このサファイア・トーチだ。」


 採決ではどの様に絶滅させるかも決めたらしい。人間界に黄泉の河コキュートスを召喚して氷河期を到来させるらしい。全能神たる自分の手を汚さないあたり、とても親父らしい。


「そのランプで、乗り越えられるかな、アエル達……。」

「信じろ。可能性があれば切り開くのが人間だろう。」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 いつの間にかアダマスはメルの傍らで寝てしまっていた。メルはアダマスの頭を優しく撫でる。


「そんで。は生き残れたのか?」

「ああ。神に選ばれた1組のつがいだけな。」

「お前……それ。」

「そう、ノアの洪水、それの原典がこの〝黄泉の河コキュートスの氾濫〟だ。」


 赫耀の眉間に皺が寄る。


「随分と勝手な話だな。理由は。何でオレらの先輩達は殺されたんだ?」


 そう。絶滅させると表現したが、要は殺されたのだ。


「……賢くなりすぎたからさ。神は泥から人間を創ったくせに、自分達に出来ないことを思案し始めたんで、焦って殺したのさ。」

「はあ?」


 一同が目を伏せて押し黙っているのに対し、赫耀だけがメルを見据えて問いかける。


「そんで。この話の結論オチは?」


 メルに皆の視線が集まる。


「済まないと思ってる。許されるとも思ってない。オレ達の勝手でこんな……あまつさえ、今回の小人騒動まで……。」


 ここまで清聴していた赫耀が、絶えきれずに割り込む。


「てめぇ!またそんなこと言ってんのか!?お前自分のことになると頭多孔質になっちまうな!!」


 そう赫耀が言い終わった辺りで、耀の左手が耀の頬を張る。


「いでー!兄貴!落ち着けってか!?これが落ち着いて……。」

「そう、落ち着け。伝わるものも伝わるまい。」


 それを聞いて溜飲を下げる赫耀。


「はぁ……。お前。なんで人間滅ぼした側で喋ってんだ?お前は止めようとしたじゃねぇか。それに、助けられなかったこと悔いてるんなら、次どう助けるか考えろよ。それが出来ないお前じゃないだろ?」


 そう言うと赫耀は、目を伏せるメルとウル以外のヒトの顔をぐるりと見回した。


「そんで、お前らはそう思ってないってこと……。」

「そうですよね!!」


 赫耀の言葉を聴いていた、ベル、薔薇十字団ローゼンクロイツの面々が叫んだ。


「皆でそう言ってたんですよ!励ましても励ましてもこんな感じしくしくしてて、論理性ゼロなことしか言わないし、なんかメル様っぽくなさ過ぎて困ってたんですっす!」


 赫耀は一瞬ポカンとした顔で呆けたが、すぐに笑顔を浮かべた。


「つまり結論はこうだ。神どもに泡吹かせるにはどうしたら良い?人間贔屓の神ヘルメス。」


 それを聴いていたメルは、目から玉の様な大粒の涙を落とし始めた。


「ごべん。許してほじかった訳じゃないと、そう言い聞かせてだげど。きっど、そう言って欲しかっだんだ。うう。弱ぐてごべんな。」


 メルの傍らに近づいたウルがメルを抱擁する。


「誰も責めてなかったんですよ、きっと。お師だけが孤独だっただけなんですよ。僕も何も出来なくてすみませんでした。さあ、顔を上げて。」


 メルは涙で濡れた瞳で、そこにいるヒト達の顔を見回した。顔を袖で力任せに拭った。


「うん。作戦会議だ。」


 どうやら、いつものメルが戻ってきた。


「それで、何から議論すれば良いんだ?」

「まずは、神々の目的からだ。これはおおよそ推測出来る。元・神の知識だが。」


 赫耀が首を傾げる。


「メルは神じゃないのか?今はってことか?」


 メルが頷く。


「オレとウルは、現状〝半神〟状態だ。それは、人間界に降りる過程で受肉する必要があったからだ。つまり、神に物質的な肉体はない。肉体も概念で構成されている。」

「概念?概念ってのは、暑いとか寒いとか、それそのものの意味みたいなことで良いのか?」


 メル曰く、神延いては天界にはが存在しない。全ては概念で構成されている。この人間界とは相互的に影響し合っている。最も重要な関係は、相互的存在証明。


「存在証明?どういうことだ?」

「概念的な物理法則が無ければ物質生物は存在が証明されないし、知的生命体が概念を認識しなければ概念生物は存在自体を否定される。本来共生関係なのさ。」

「ふん。なら、なんで神は人間をんだ?そもそも人間がいなけりゃ神も存在しないはずだろ?人間が生まれる前はどうなってたんだ?」

「それはオレにも解らない。クロノスとか、開闢に関わった神しか知らないのかも。」


 また、この人間界とも空間的な隔たりがある。人間界の、時間を含めた4次元時空間に対し、天界は7次元時空間が広がっている。この定義には神でさえ干渉できないらしい。つまり、受肉という過程を経なければ、そもそも存在が許されることはない。屏風の中の虎がこちら側へ飛び出ては来れない様に。


「それで、つまり神は何がしたいんだ?」

「人間の家畜化さ。神々の概念補強のためのね。」

「だからか。概念を認識する程度の知性で、かつ従順に余計なことをしない生物が欲しい。それで、小人憑き。」


 メルがまた頷く。


「ってことは、神を滅ぼしてもダメなんだな。めんどくせーな。」

「そういうこと。オレ達が目指すは〝神の打倒〟じゃない〝神からの独立〟だ」

「具体的にはどうすんだ?」

「……解らん。」


 誰も呆れたりはしない。メルにさえ答えが導き出せない問題なのだろう。


「うしっ!委細解った!ならここで、共同研究契約といこうじゃねぇか。なぁ薔薇の。」


 薔薇十字団ローゼンクロイツの知能開発室と作物増産室の室長が強く頷く。


「勿論。お貸しできる力は全てお貸ししますとも。それが役に立つかは置いておいて。」

「ええ。道端の蒲公英程も役に立つかは解りませんが。」

「あと、組織名を変えようと思って。薔薇は懲り懲りなので全く別の。黄金の夜明け団G. D. が有力候補です。引き続き宜しくお願い申し上げます。」

「みんな、ありがとう。」


 そこにいる一同の顔に覇気が宿ってきた。そこに、ベルが疑問を投げ掛ける。、


「ねえ、メルちゃん。プロメテウスさんは助けてくれないの?」


 すると、ウルが俯いた。ベルはそれを見逃さなかったが、理由も解らず、掛ける言葉がない。


「それは、これからどうするかの指針にも関わる。もう少し、昔話を聴いてくれ。」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 プロメテウスの、リスクを省みない助力も虚しく、人類は一度滅んだ。その際にサファイアトーチも遺失した。

 そして、プロメテウスは、太陽の火を窃盗した罪で罰を受けた。その内容は。


「磔にされて、鷲の化物アイテールの供物にされてる・・・・・・!?」


 オレはすぐに、プロメテウスが磔にされているカウカーソス山に跳んだ。

 そこには、巨大な鎖で束縛され身動ぎも出来ないまま、右脇腹に大きな孔が空いているプロメテウスが項垂れていた。神に死の概念はない。近い意味合いのものが、タナトスによる死の付与、あるいは人間からの忘却による概念喪失。

 故に、幾度肝臓を抉られようと、プロメテウスが死ぬことはない。


「よお・・・・・・ヘルメス・・・・・・折角良い顔になったのに、勿体ねえな。」


 脂汗が雨の様に落ちている。そんな状況でからかってくるプロメテウスに苛立ちさえ感じる。


「なんで叔父さんだけ罰を受けてるんだよ!父上に何て証言したの!?私もそこに並んでるはずじゃない!!」


 プロメテウスにすがりながら、捲し立てる様に叫ぶオレを見ながら、最期まで不平を聴いた後に、プロメテウスが口を開いた。


「2人で死んじまったら、勝手に残された人間が可哀想だろ。これからはお前が助けてやってくれ。これはオレの我が儘でお願いだ。必ずそうしなくても良い。選択肢のひとつにしてくれ。」


 最上の苦痛と自らの命で遺したのが、他人の選択肢ひとつ。おいおい、呪いの一種だろ。断る理由が無い。


「解った。解ったけど、死ぬなんて言うな。そもそも神は死なないでしょ。刑期は・・・・・・3万年はさすがに無理だけど、父上が、破滅の予言を教えれば解放する、って。それを教えよう。それでまた2人で・・・・・・。」


 プロメテウスは、その超越した直感もとい予言をもたらす能力があった。今でも、超科学過ぎて原理は不明だ。プロメテウスにしては珍しく、オレの言葉を途中で制した。


「ゼウスを滅ぼす予言の子は、お前だ、ヘルメス。」


 信じがたい言葉を聴いて、すぐには処理できず脳がスタックした。


「だから、これは秘密だ。絶対に言うな。さすがに怒るぞ。」


 プロメテウスが怒ったところを見たことがなかったが、言葉から滲む覇気から察するに、約束を違えるには、かなりの覚悟が必要だった。それ以前に、プロメテウスがここまでした覚悟を踏みにじることが躊躇われた。


「解った。解ったけど・・・・・・でもどうしたら?」


 プロメテウスは、いつもの悪戯っぽい表情を浮かべた。


「聴け。オレが考えたサプライズプランだ。」


 プロメテウスは、考えていたプランを話し出した。このヒトは悪戯が行き当たりばったりだったが、今回だけは具体的だった。

 まず、ある技術を概念定義し、人間にその技術を伝承する。その発展のための術宝と一緒に。


「術宝・・・・・・そんなものどうやって?」

「大丈夫だ。用意したし、これから用意できる。」

「え?」

「そこの岩場、お前の手がギリギリ入る穴。そこに1つ目がある。」


 手を伸ばし、なかにある、球体に近いモノを取り出した。


「林檎?これは、エメラルドで出来てる?」

「楽園に座す生命の樹セフィロトに実る宝具、智恵の実、それを書き写したコピーだ。」

「また大罪じゃないか・・・・・・刑期を終える気はあるの?」

「やっぱり鋭いな。オレはここで死ぬことにする。」


 次々と信じがたいことを耳にする。


「正確には、形を変えて術宝に変わることにする。メテウス慧眼の賢者の名に恥じないよう、って呼んでくれ。」


 付いていけないが、プロメテウスの計画趣旨は理解できた。壮大な自己犠牲だ。


「なんでそこまでするの!?叔父さんは神なんだよ。人間にそこまでする必要あるの?」


 自然と浮かんだ疑問。素直に投げ掛ける。


「さあな。そうしたくなっちまったんだ。あいつら、前に進もうとする時、活き活きしてるんだよ。それが、太陽より眩しくてな。背中を押したくなるんだよ。」


 とても叔父さんらしい。短絡的で直感的で粗暴で愚直で、大好きな叔父さんらしい。いつの間にか頬に涙が伝っていたことに気付いた。思わず失笑してしまった。


「一度言ったら聴かないんでしょ。解った、私に任せて。」


 プロメテウスは今まで見たこと無い程優しい笑顔を浮かべた。すると、プロメテウスの身体の末端から光の粒子になって霧散していく。


「世話掛けるな。色々背負わせちまって。だが多分大丈夫だ。それこそ、前を向いた人間が、お前の後ろに付いて、隣に立って、時には前に出て、お前と共にあろうとするさ。」


 プロメテウスの胸に孔が開く。神核が露出し、赤い宝石へと変異していく。とても深く綺麗な赭。


「叔父さんの言うことは当たるからね。案外当てにしてるよ。」

「ははは!適当に言う割には当たるよな!」


 口を大きく開けているが、声は殆ど聞こえない。


「じゃあな。」

「うん。またどっかでね。」


 そう、別れの挨拶を交わすと、プロメテウスの姿は完全に消失した。跡には、透き通った緑の林檎と赭い石がひとつずつ。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「……そうだったんだ。」


 ベルが悲哀の表情を浮かべる。他の一同も押し黙っている。今享受している当たり前の日常は、知らない誰かが命を賭して守ったものだった。


「冷酷な結論かもしれないが、つまりはプロメテウスの助力は期待できない。」


 赫耀は、皆が理解していることを敢えて言語化する。


「そうだ。それと、もうひとつ。プロメテウスの火、つまり青玉灯サファイア・トーチと、賢者石けんじゃのいしと、智恵の実の模造品、またの名を緑玉板エメラルド・タブレット、これら3つを集めるのが最善だと思う。」

緑玉板エメラルド・タブレット!?智恵の実のコピーだったのか!?」

「そう。そこには概念定義された人間界の事象全てについての情報が記してある。そのはず。」

「そのはず?お前見てないのか?」


 メルが肩を竦める。


「当時のオレには解読できなかった。賢者石けんじゃのいしと一緒に、そのままエジプトの民に渡しちゃったし。」


 赫耀が片手で顔を覆いながら溜め息を吐く。


「なら、ともあれ、3つの術宝探しながら、独立戦争の勝つための策を思案すると。そういうことだな?」

「いや、1個はここにある。」


 メルは、桐の箱の中から、丁寧な手付きで青い石でできたランプを取り出した。


「これだ。これが青玉灯サファイア・トーチだ。」


 赫耀はこれを見た途端飛び退き、怒気すら感じる表情を浮かべた。顔には一瞬で汗が滴る。


「な、なんて危ないもん持ってんだ!?そのエネルギー量……爆弾って呼ぶにも烏滸がましいぞ!!」


 メルは驚きもせず、青玉灯サファイア・トーチを大事そうに撫でた。


「赫耀なら解るよな。ここだとウルにも解るはず。これは、この世界に存在するエネルギー量を全部足しても届かない程のエネルギーを蓄えてる。しかも、今でも増加している。使い方を誤れば、大規模な破滅を引き起こすことも出来る。解ってる。」


 赫耀は身体を震えさせながらもなお、青玉灯サファイア・トーチを直視している。


「世界の全てが記してある板に、世界よりも大きい力を宿す灯。なるほど、術宝ね。それで、賢者石けんじゃのいしはなんなんだ?」


 メルは赫耀の手を指差した。


「赫耀のスフェーンと雲耀のアンバー、オレのレッドジルコン、ウルのジルコニア。それぞれ術具のための宝石を持ってるよな。それの、完全上位互換、演算用術具の極致。無尽量子演算器、それが賢者石けんじゃのいし。」

「はあ……トンデモな話になってきたな。それで、それをどうするって?」

「それは……これから考える。」

「なるほど、だな。それ、指示を出せ。お前、そういうの得意だろ。」


 赫耀が悪戯っぽく笑う。


「何も解らないのに、答えがあるかも解らないのに、付いてきてくれるのか?」

「何を今さら。」

「錬金術師にとって、答えがあるかなど些事に過ぎませんぞ。メル様。」

「そうですよ!見付ければ、あったことが証明出来ますっす!」

「戦闘でなければ、木の根に住まう窒素固定菌程には役に立ちましょう。」


 それを聞いて、メルの顔に覇気が、瞳に光が戻る。


「よし、後悔すんなよ!G. D. の面々は各地で情報収集してくれ。特に、最近成果を上げている錬金術師なんかを探してくれ。何か知ってるかもしれない。」


 メルは赫耀に向き直る。


「赫耀は、青玉灯サファイア・トーチの解析をお願いしたい。他の術宝の情報が残ってるかもしれないし、詳しい利用法が知りたい。……そう青い顔するなよ。」


 赫耀はまだ手を震わせている。


「は!なんの話だ!?恐かねーぞあたいは!こりゃ武者震いだ!」

「赫耀、強がるな。恐怖は人間が持つ危機回避能力の一種でだな……。」

「兄貴!やめてくれ!」


 一同に笑顔が戻る。


「雲っちまって申し訳なかった。さあ、前向いて歩こう。後ろに付いて、隣に立って、前に出て、オレと心中してくれ!」


 無限に広がる可能性の海を渡る、が始まった。

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