第1章第7節 ものしり博士(はくし)
メル一行はドイツを後にし中央に向けて移動していた。ここは広い荒野。周囲を見渡すと幾つかの茶褐色の丘と地平線が目に入るばかりである。つまり、策敵が容易であり、地中からの奇襲でもない限り、大きい驚異は無い。
そもそも、人間の生活圏付近以外での小人憑きの目撃は少ない。人間を感染させる、という本能によるものであろう。そんな長い移動の最中、メル達は時間を持て余していた。
「私はひとり遊びが多かったから結構大丈夫かも!」
ベルは、実家から持ち出した本を繰り返し読んだり、道すがら購入した本を読破したり、暇潰しには困っていない様子。
「ぼくもほんよんでる。」
アダマスも、初めて手にする絵本に夢中である。拙くとも会話には慣れ意志疎通は出来るようになったとはいえ、文字に触れるのは新鮮で刺激的なようだ。
「僕も、今術式の改良に専念してるので、暇ではなく……。」
最近のウルは、ゴーレム自動化への探求にお熱である。クレイオスの自動運転はもちろん、自動戦闘にも挑戦している。
「試薬が足んなくて実験もできん。」
化学系の研究において試薬の管理は、研究の進捗に直結する。特に、納期の長い試薬ほど在庫を小まめに確認すべきである。頭では分かっている。
「分かってるんだよ……。」
そんな事由で、メルは時間を持て余していた。否、メルだけが時間を持て余してる。
「よし、ベルくんとアダマスくん、錬金術の講義をしよう! なんか知りたいことないかな!?」
唐突ではあったが、ベルにとっては魅力的な提案だったらしい。
「ほんと! 聴きたい!」
メルは指を振りながら舌を鳴らす。
「講義は聴くもんじゃない、言うなれば対話だ。合間の質問が講義の大事なスパイスだ。」
斯くして、錬金術史の講義が始まった。アダマスは流れに身を任せる方針。科目はベルたっての希望。
「歴史って物語みたいで素敵でしょ? 術師の方々がどういう過程を経て、どういう功績を刻んだか、とても興味があるの!」
「歴史の重要性はそれだけじゃないぞ。その時揃っていた情報と技術でどんなことをしたら何が解ったか。この知識を蓄積すると、次にどんな検討をするべきか、経験的に解るようになる。愚者は経験に、賢者は歴史に学ぶ、まさにその通りだ。」
始めは錬金術概要の導入から。
「一口に錬金術と言っても、〝古典錬金術〟と〝近代錬金術〟に大まかに分けられる。」
その昔、古代ヨーロッパにおいて自然科学は哲学の1分野だった。それは、人間自身を知ることと人間以外の自然を知ることが、照応しており同義であるとされたから。
「哲学って、じぶんとはなんなのか、みたいな難しいやつだと思ってた。」
「勿論それも哲学だ。ただ、自然について考え耽るのも立派な哲学だったんだ。」
この照応という観点は何も哲学のみならず、古典錬金術や近代錬金術にも引き継がれている考え方だ。古典錬金術では〝マクロ・ミクロコスモス〟、近代錬金術では〝アナロジー〟という言葉で使われている。
マクロコスモスとミクロコスモスとは、構造体の類似性についての考え方。例えば、凡庸な金属を金などの貴金属に錬成する、つまりは金属として完成させることが可能ならば、その照応としての人間や宇宙という構造体も類似の方法で完成に導くことが出来ると考えた。
「ここのキーワードは〝完成〟だ。錬金術の最終目標は、不完全なモノ、相反する異質なモノ同士結合することで、完成させること。金の錬成はそれのモデルリアクションなのさ。金の錬成を通して、人体の完成、つまり不老不死、魂の完成、つまり解脱なんかを目指した訳だ。ただ、不老不死や解脱ってのは達成したか分かりづらいだろ?」
「そうなんだ! 錬金術っていうくらいだから、金の錬成が目的なのかと思ってた!」
「もちろん、富を目的にしたやつも山程いるが、そいつらは
順番は前後するが、近代錬金術から。アナロジーとは、移動現象や反応、力やエネルギーの保存についての法則の間に成り立つ類似性のこと。
例えば、物質の拡散、熱の伝導、運動量の輸送などは、その速さが濃度勾配に比例する。また、電場、磁場、錬成場によって生じる力は発生源からの距離、その2乗に反比例する。それら類似性は、それを表す数式を見れば明らかだ。
「気持ちの言語化と現象の数式化、これもアナロジー感じないか?」
「そうなの? 数式は難しくて……。」
「そんなこともないぞ。外国語と同じさ。解ってくればなんてことないし、寧ろ解りやすいことに気付く。例えばそうだな……。」
F = D d/dx C
これは、物質の拡散速度を表す式でフィックの式と呼ばれている。
「や、やっぱり難しいよ……。」
「外国語も先ずは単語からだ。」
Fは拡散速度、Cはモノの濃度。例えば、塩水の中の塩の濃さとか。Dは拡散係数というモノによって決まった値だ。この『d/dx』ってのは微分の記号。微分は傾きを求める演算だ。
つまりは、拡散速度は濃度勾配、スタート地点の濃さとゴール地点の薄さ、それとスタートとゴールの距離によって決まるよ。そんだけの式だ。
「そういわれると……想像してたのと合ってるというか……。」
「そうだろ? 直感的にはなんとなく解ってたことが、バシッと解るようになる。それが数式化の力だ。」
話を戻そうか。このように、古来から類似性というのは、現象の分類と整理に活かされてきた歴史がある。分類と整理は科学の基本のき、だ。それは昔から継承されてきた、暗闇を照らす原初の火なのさ。次は古典錬金術について。
「マクロコスモスとミクロコスモスの考え方は次元の縦方向、アナロジーは横方向のイメージだな。」
先に説明したように、コスモスの理論は魔術の照応に近い理論だ。構造体という共通点が有る限り、大きさや複雑さの違いは合っても、類似の現象を再現できるということ。
魔術ではこれを応用して、ミニチュアと現実を照応させることにより、ミニチュアに起きたことを現実に反映させようとしたりする。つまり、ミニチュアの中でモノを壊せば、現実でも壊れるとか。
これに倣って、錬金術でも、金属の完成と、全ての構造体の完成を照応させ、世界すらも完成させようというのが錬金術の最終目標、
「古典錬金術は魔術っぽさもあるけど近代錬金術は、はっきり決まる! って感じだね」
「そう。時代の流れに沿って、理論や法則の確度と精度も上がっていく。これが技術の発展だ!」
古典錬金術と現代錬金術の比較をもう少し続ける。次は、最小単位についてだ。
「ベルは物質の最小単位は知ってるか?」
「最近の本で読んだのは〝原子〟だったかな?」
「素晴らしい! 予習充分だな!」
近代錬金術における物質の最小単位は〝原子〟それに含まれる〝陽子〟、〝中性子〟と〝電子〟だ。最近ではもっと小さい粒子が見つかってるが、敢えて後置こう。
陽子と中性子の数の組み合わせによってあらゆる元素が組上がっている。例えば、陽子が6個、中性子が6個の組み合わせは炭素原子になる。
「何回聴いても、たった3つの粒々でいろんな物質ができてるの不思議。」
「理解した上でも不思議と思えるのはひとつの才能だと思うぞ。不思議ってのは探求心の核だ。大事大事。」
つまりは、金の原子と同じ数の陽子と中性子を集めれば、金が創れることになる。
「そうなの? ……でも実はムリとか?」
「それが、理論上は可能だ。」
「え!?!?」
陽子や中性子を光速に近い速度に加速して、別の原子にぶつけると、陽子同士の引力以上のエネルギーが加えられることによって原子量が増加する。
つまり、どんな原子も創造可能だ。理論上は、自然に存在しない原子さえも。周期表113番目とかなんか趣深いよな。
「じゃあ……お金持ちに……!?」
「ベルはもう充分だろ……。」
しかし、そうは問屋がなんとやら。金を創るのに、金を採掘するよりなん億倍ものコストが掛かる。
「それじゃ……お金持ちは……!?」
「後ろにいっぱい積んであるぞ。父上からのお小遣い。」
脱線が多くなるのも、講義が活発な証拠。悪いことではない、よな? ところで、古典錬金術での最小単位はというと、四元素総じてアルケーが最小単位として扱われていた。その4つとは、火、水、土、気だ。これに無色のエーテルを入れる場合もある。
四元素はそれぞれさらに細分化された要素を持っていて、その要素の組み替えによって元素を変換出来ると信じられていた。その要素が、熱、冷、乾、湿、の4つ。例えば、火は熱と乾を持っていて、この熱を冷に変換すると気に、乾を湿に変換すると土に変わる。
「んー。火が土に……。火が気に……。燃えると二酸化炭素が出たり、灰が残ったりするのに似てるってこと?」
「まさにその通り! 化学にも詳しいのか?」
「本で少しだけ……えへへ。」
「素晴らしい! もう少し噛み砕けば、これは〝物質の三態〟、つまり、固体、液体、気体、それにプラズマやイオンを加えた状態の変化を反映している。」
「なんかとてもあってそうだね。」
「そう。状態変化についてかなり上手く説明できている。それが、それまでの何となく科学と違うところ。自然現象が神の化身であり、魔術で介入しようとしていた時代から理論の確度と精度が上がってる。言うなれば、このあたりの時代から神から自立し始めたのさ。」
この物質の最小単位についての物質観は、至高の物質、つまり、完成された金属、人体、魂、宇宙だとしても、この最小単位で構成されている、という仮説を与えた。それが、〝一は全、全は一〟という考え方。〝一〟とは物質の最小単位、〝全〟とは至高の物質を表している。
「なんとなく、マクロ・ミクロコスモスと関係してきただろ?」
「パーツを組み合わせれば、すごいことも出来る。それは、金でも人体でも同じはず。そんなかんじ?」
「素晴らしい! なんて良い弟子か!」
そして、至高の物質を創造することさえ出来る、至高の中の至高の物質、それが〝赤きティンクトゥーラ〟またの名を〝賢者の石〟である。
「石と言っても固体だとか液体だとか、はたまた方法論だって言うやつもいる。」
「方法論?」
「そう。至高に辿り着くための一般化された方法のことを指すとか。つまり、Howtoみたいなもんかな。あのエメラルド・タブレットには、その賢者の石の作成方法が載ってるとか、Howtoが書いてあるとか言われてる。」
「エメラルド・タブレット?」
「彼のヘルメスがもたらしたと言われている術宝だ。それはまた後で。」
さて、金属に関してはさらに具体的な錬成論が存在する。それは、水銀と硫黄の結合だ。これに塩を加えた3つが〝三原質〟と呼ばれ、あらゆる金属を錬成できる原料と考えられていた。
また、その照応として水銀が身体、硫黄が魂、それらを繋ぐ塩が精神と対応すると考えられていた。では、水銀の硫黄化物は何か?
「物質名は硫化水銀、宝石名はシナバー、鉱物名は辰砂、またの名を賢者の石。」
「賢者の石!? 普通に作れるの!?」
「赤褐色の鉱物だから、賢者の石が赤ってのはここから来てるんだろうが、実際は不活性な無機物だ。触っても食べても、何も起こりゃしない。」
「それじゃあ、すぐ違うって分かるんじゃないの?」
「そこはカラクリがある。」
水銀にはある特徴がある。それは、液体の合金、アマルガムを形成する性質を示すこと。この技術はメッキ加工に用いられていた過去がある。
「一聞は一見にしかず。さて、防毒マスクしなさい。鉛の塊に、少量の金と賢者の石の溶融塩を加える……そんでかき混ぜて……取り出して……。」
「わあ! 金色になったよ!」
「そう。ただ内側はただの鉛だ。つまりはこうやって、錬金術を騙った詐欺が横行した。所謂、鞴吹きだ。」
しかし、このような取り組みが金属、延いてはセラミック材料への理解の深耕に繋がったのは間違いない。要は、とりあえずやってみることに無意味なことはないってことだ。科学に無駄なことは何一つとして無い。例外は無い。
さらに、古典錬金術で体系化されたのが、〝循環〟という概念。
「〝ウロボロス〟って知ってるか?」
「目がかわいいヘビのマークね!」
「か、かわいいか……? あの蛇、自分の尻尾に噛みついてるんだ。ほれ、わかるか?」
「ほんとだ……イライラしてるの?」
「そ、そうじゃない……。」
ウロボロスはそのまま循環のシンボル。彼の科学者は、ウロボロスの夢を見たことからベンゼン環の共鳴構造を思い付いたという。彼も錬金術師だったのかもしれない。
「循環についても物質と魂の両方について考えられていた。物質は言う迄もないが、魂の循環は、仏教でいうところの六道輪廻、つまり、解脱への転生サイクルだ。」
「え!? 仏教も錬金術なの!?」
「正確には影響を与えた、かもな。次は、その辺の地理と伝播の過程について触れていこう。」
錬金術の種となる、まだ哲学と呼ばれていたものは古代ギリシャから生まれた。最初にアルケーの存在を唱えたのがアナクシメネス。この哲学者は、現代錬金術でも定説になっているような基本原理をこの時既に唱えている天才だ。
哲学は次第に拡がっていき、ひとつの大きな楔としてエジプト文明を築いた。そして、錬金術にとって大きな転機が訪れる。
「ヘルメス・トリスメギストスがエメラルドタブレットを人間にもたらした。」
「あ、さっきの!!」
「まあまあ、焦るなって。」
エメラルドタブレットは錬金術においての至宝。賢者の石、その作り方が記載してある、と言われている。実物は遺失してしまい、この世にはもう存在しないと見られている。
「え!? そんな大事なものが!?」
「大事なものか否かに関わらず振りかかる災難ってのがある。例えばナイル川の氾濫だ。」
人類史に楔として存在した文明はその殆どが大規模な水難によって崩壊している。まるでノアの洪水、神の怒りみたいに。もしそうであれば、たまったもんじゃない。
「神ってのは、人間が賢くなって神に近寄ってきたと思ったらすぐにキレて滅ぼそうとする。短気に過ぎると思わないか?」
「確かに、バベルの塔もそんな感じだよね……。」
話しは逸れたが、エジプト文明が崩壊した後の続き。この天災に見舞われても錬金術は途絶えなかった。東奔西走、各地にそれぞれ違う特色を濃くしながら散らばって行った。
例えばヨーロッパでは、金属を始めとする〝物質の完成〟。これが錬金術として。
例えばインドでは、解脱を目標とする〝魂の完成〟。これが、仏道として。
例えば中国では、不老不死や仙人に至るための〝人体の完成〟。これが練丹術や仙道として。それぞれの地域で花開いた。
「世界中に伝わってるんだね! しかも、関係なさそうな仏教まで。」
「仏道では循環と完成が重んじられた。さらに、人間が身体・精神・魂で構成されているっていう考え方も踏襲されている。仏教の三宝と言えば、仏・法・僧だが、親戚のジャイナ教では、正しい行い・知識・信仰だとしている。まさに、身体・精神・魂と照応している。また、仏教の禅の中では瞑想のことを錬金術と呼ぶことがあるし、石造りの灯籠は賢者の石を表す記号が隠れている。それは、正三角形、正方形、円だ。これらも、身体・精神・魂と照応している。」
散り散りになった後、それぞれ成熟した錬金術だが、再び合流することもあった。例えば、アリストテレスが、仏教の循環思想をヨーロッパの錬金術にも持ち込んだり。
「アリストテレスはアレキサンドロス3世の家庭教師だった。3世の東方遠征に同行した際に知識として持ち帰ったらしい。」
「生き別れの錬金術が再会したのね!」
「感情移入すごいな……。さあ、冒頭の復習だ。錬金術の最終目標は?」
「〝完成〟させることです! 先生!」
「よろしい!!」
この最終目標、明確な呼び名がある。先に記した
逆説的に、アルスマグナを目指す者が錬金術師であるとも言い換えられる。必要十分条件だ。
「あるすまぐな……。」
「金の錬成とか不老不死とか。それがみんなアルスマグナなんだね。」
「そう。そして、1つアルスマグナが叶えば、照応して全てが完成される。」
「今は小人憑きの事で手一杯かもしれないけど、メルちゃん達はどんなアルスマグナを目指してるの?」
「オレ達か? まだ正確に表現できないが……。」
メルは右上を見上げながら思い耽る。
「強いて言えば、世界、かな。」
「世界……?」
「そう、そのために、エメラルドタブレットを探している。」
「でも、エメラルドタブレットはこの世に無いってさっき……。」
「それはまた後でな。込み入った話になるから、眠れない夜にでも。」
メルがひとつ柏手を打つ。
「古典錬金術の歴史はこの辺で終わり。次回は近代に入っていくぞー。予習と復習忘れんなよー。」
「「はーい!」」
ベルと、今まで静かに聴いていたアダマスが、爛々とした瞳で返事を返す。
「さて、どの辺まで来たかな?」
「目的の街まであと1時間ってところですかね。」
顔に泥を付けながら工房から出てきたウルが答えを返す。メルが、ウルに目をやりながら自分の顔に指を指すと、ウルが気付き顔を袖で拭った。泥は拭いきれず、汚れの面積が大きくなっただけだった。
(2人は仲がいいなー。まるで兄妹みたい。もしかしてそういう仲なのかな。そしたら私ってばお邪魔じゃ……。え、どうしよ、今更降りるのもなんかわざとらしいし……。)
ベルが2人のやりとりをぼーっと眺めていた時、唐突に縦揺れに襲われた。どうやらクレイオスごと揺さぶられたらしい。
「おわわわわ、なんだ!?」
「私見てくるね。」
「ぼくもいくー。」
ベルは大きな揺れに苦心することなく、滑らかにクレイオスを降りた。アダマスも難なくベルに付いていく。外に躍り出たベルが叫ぶ。
「あ! あれって!」
道が所々隆起している。その隆起はベルが見ている今でも作られ続けている。隆起が動いている。
「あれって土竜さんよね……?」
土竜の通り道に良く似た隆起。しかし、クレイオスを大きく揺らす程の隆起は、自然界の土竜では到底有り得ない。
「べる、あれ小人だよ。」
「やっぱり、そうなのね……。」
ベルの頭の中で、マレーナおばさんの最期を繰り返し写し出される。ベルは頭を大きく横に振る。
「アダマスくん! メルちゃん達に伝えて! 小人憑きだって!」
「ぎょい!」
隆起の数からして小人憑きは2体。
ベルが手をこまねいているうちに小人憑きが動いた。隆起が1つ消えた数瞬の後、ベルの足元に大穴が開き中から巨大な口が現れた。そのままベルを呑み込もうとする小人憑き。
「きゃあっ!」
如何にベルと言えど、空中では身動きが取れない。自由落下に従って死に際を越えると覚悟した時、白銀の帯がベルの腰に巻き付いた。
「ウルさん!」
「お待たせしました。顔の泥が中々とれなくて。」
帯を使ってベルを引き寄せる。そのまま地上に上げ、優しく受け止めた。
「あ、ありがとうございます。」
「反撃出来るのは僅かな隙です。ベルさんの力を貸してください。」
「は、はい! いくらでも!」
ウルは、ベルを地面に下ろすと、白銀の帯をさらに、さらに細く加工し黙視できるぎりぎりの金属線をつくった。その先にはヒトくらいの大きさの金属塊。
「
金属塊は派手に音を立てながら地面を滑っていく。しばらくすると、小人憑きの隆起が1つ消えた。
「ウルさん! 攻撃が来ます!」
「大丈夫。反撃の準備を。」
すると、大穴は2人の真下には空かず金属塊の直下に開いた。
「砂漠で釣りができるとは! 趣深い経験ですね!」
開いた穴から小人憑きが飛び出して来た。土竜とはかけ離れた、むしろ爬虫類を思わせる風体。体躯の半分が口だと形容しても過言ではない形状。胴体の部分には、申し訳程度の四肢が生えている。
「隙ってこういうこと!?」
ベルは驚きを隠さず顕しながらも、正拳の構えを取り、丹田に力を集中させた。拳を振り抜くと、今度は小人憑き自身に大穴が開いた。呻き声を上げる間も無く落下した。
「さあ! 次ですよ!」
ウルは次の疑似餌を流した。すぐに隆起が消えた。しかし、今度の小人憑きは容易く引き揚げられない。
「て、手強い……。」
「私も手伝います!」
2人で竿を引く。確かに2人ではあるが、9割9分ベルの力で、小人憑きを釣り上げた。
「行きます!」
ベルは、僅かに溜めをつくると、空中に投げ出されている小人憑きの胴体目掛けて跳んだ。その慣性を殺さぬまま身体を捻り、体幹を軸に拳を公転させていく。
「第6番セレナータ・ノットゥルナ!」
2体の小人憑きを討伐すると、クレイオスを脅かすものはなくなった。メルがよろよろとクレイオスから降りてくる。
「うぅ……気持ち悪……。」
「クレイオスの平常走行には慣れたのに、揺れはきついですか。」
「うぅ……うえ……。」
「ままだいじょぶ?」
メルが体調を整えると、小人憑きの遺体を調べ始めた。小人憑きの身体自体は特筆すべき点はなかったが。小人憑きの首? と思われる位置にローブが埋もれている。
「このローブ、そして薔薇の刺繍。」
「ええ、アグラ氏が見たと証言した小人憑き拡大に荷担している人物の特徴ですね。」
「恐らく、この小人憑き自身が、小人を撒いてる実行犯だな。」
「手違いで自分が小人憑きになってしまったと?」
「ってことは、小人憑き事件は解決?」
「そうなら楽だが、そうはならないな。」
メルは薔薇の刺繍のすぐ下、文字列が施された刺繍を指差した。
「Fー2 G……?」
「ああ、所属番号か何かじゃないか?」
「所属って……やはり組織的に?」
「わからん。確かめるなら、さらに小人憑きをばら蒔く奴がいる形跡を見つけるか、現行犯か、だ。」
道すがら、重要な情報を拾ったメル達。次の目的地を目指し、荒野を進む。
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