第1章第5節 優男と鍛冶屋

 2人はドイツのハルツ地方に位置する、とある街に来ていた。ここは、冶金が盛んなハルツ地方の中でも、有数の鍛冶職人の街であった。そこに紛れて、固体化学系の錬金術師が研究に勤しんでいる。錬金術師にとっても固体錬金術の聖地であった。

 2人もよくここに立ち寄り、ウルの錬金術に使用する原料の調達、道具の新調および武器錬成のモデル設計を行っている。今回は特に、武器の設計のために訪れたようだ。


「あだあす……まま……うる……くえおす。」


 アダマスは単語を覚えて並べるようになった。産まれた直後の様な、教えていない単語を口走ることはそれ以来なかった。


「いいぞいいぞ! 早くしゃべれるようになれよ!」

「いや、早すぎますよ……まだ生後一週間ですよ?」


 それでもやはり、成長速度が驚異的なのは言うまでもない。小人としての性質を色濃く残している。


「(大丈夫なのだろうか……いつ小人としての本能を取り戻してもおかしくは……。)」

「今度はどんなの創るつもりなんだ?」

「あ、はい! 極東にはカタナという武器があるらしく、それの再現を。伝聞の情報しかないですけど。」

「できるのか……? それ。」


 考え事に割り込まれ、狼狽えながら応えた。首を傾げるメル。ウルには武器の開発を行う理由があった。先の蛇の小人憑きとの戦闘で、その胴を断ち切れなかったことに起因する。あそこで内側から骨が突き出して絶命していなければ、メルは致命傷を負っていたことだろう。二度とそんな危険は晒せない。

 胴を断てなかったのは、それが柔らかかったから。しなやかな、つまり靭性の高い材料は良く弾性変形し、切ろうとする刃に対して変形することで応力を緩和、分散する。結果として、堅さが勝る刃でも切ることは叶わない。斬鉄剣がコンニャクを斬れないのは有名な話。


「じゃあ、行ってきますね。」

「あいよー。アダマスくん! 市場にでも行ってみるか!」

「いちばっ!」


 ウルは、早速行きつけの鍛冶屋に向かった。そして、その先で出鼻を挫かれる。


「『旅に出ます』……?」


 知り合いの鍛冶職人、兼、錬金術師のポルトは姿を消しており、工房も閉められていた。


「何目的なんですか、ポルト氏……?」


 疑問が口を突いて出た。


「仕方ない、諦めましょう。別の工房でも当たりましょうか。」


 ウルは特に肩を落とすこともなくメルの元へ帰ろうとした。そして、何の気紛れか、いつもは通らない細い横道へと進んだ。

 その道半ばで、今まで聞いたことのない、美しさすら感じる槌音が耳に届いた。槌音の清ましさは、金属の純度を反映しており、これを叩いている鍛冶職人が、凡庸な表現ではあるが、まさに神業の域に達していることは明らかであった。

 引き込まれるように工房へ進むウル。そこには、文献で閲覧した妖精、ドワーフの様な御仁が灼熱の工房の中で鉄を叩いていた。声を掛けるのも忘れて、魅入っていたウルに対し、ドワーフ似の御仁は、ウルを一瞥することもなく声を掛けた。


「入るなら入って扉を閉めろ、火が逃げちまう。」


 一般的に、鍛練を行うときの室温は極端に低くなければ問題はない。しかし、この鍛冶職人は、室温までもが制御対象の環境条件と捉えているらしい。


「あ、はい……忝ない。」


 やっと目を醒ましたウルが、後ろ手に扉を閉め、煉獄の空間に収まった。途端に、汗が身体中から滝のように吹き出る。しかし、それにも構わず御仁の業に魅入る。


「お前、名前は?」


 唐突に名前を訊かれ、あたふたと答える。


「ウル……ウ、ウルです。」

「ゴルドロフだ。」

「ゴルド……?」

「わしの名だ。」


 ウルは、そのぶっきらぼうな自己紹介に、寧ろ気遣いを感じた


「お前、右目落としてきたのか。」

「……ええ。まだ、火は見えます。」

「その若さでか。生き急ぐ奴は好かん。」


 ゴルドロフの歯に衣着せぬ言葉に思わず俯く。


「だが、そんなことは仕事には関係ない。何の用だ。ただ彷徨いてたわけではあるまい?」

「それが……あはは。」


 ウルは正直に、槌音に導かれて立ち寄ったことを白状した。ゴルドロフは無表情のまま、呆れの感情を示すように俯きながら首を横に振った。しかし、その仕草に拒絶の色は見えない。


「なるほど、生き急ぐわけだな。同じ火床の貉だ。」


 そこから、放っておかれる形でゴルドロフの製品を拝見した。製品と言ったのは、ゴルドロフが造るモノのほとんどが日用品で、鍋、フライパン、トング、カトラリー、あとは、刃渡りが大きいものでも、大型の魚類を捌く包丁等であった。

 ウルが、細道で聞いた槌音から想像していた、業物の類いはほとんど見当たらなかった。唯一、部屋の隅に長く細身の太刀が一振り、その体躯とは裏腹に、静かに、ピンと張り積めた空気を纏って鎮座していた。何故か、その太刀から眼が離せなくなる。見えないはずの右眼が疼く。


「取り込まれるぞ。妖刀というやつだ。」


 〝妖刀〟。いつの間にか背後を通りすぎたゴルドロフはそう表現した。東洋の文献を見付けた際、業物の歴史に関する節で、それに関する記述を読んだ。人ひとりの人生を賭して得られた傑作の中で、稀にこういった代物が現れるとか。その美しい刀身に魅入られた者を狂気に堕とすとか、所有するだけで不幸が訪れる魔力を宿すとか、サイエンス・フィクションな記事であった。

 当時、俄には信じがたく、文献としての信憑性を怪しんだりもした。しかし。妖刀。なるほど、確かに。狂気を逆撫でする何かが伝わってくる。まだ鞘に収まった状態で、その刀身を露にもしていないにも関わらず。


「だから見るなと言ったんだ。あの刀はひとり殺している。2人目になりたいのなら止めんがな。」


 先ほど目が醒めた時と同じように、唐突に聴覚が戻った。ここは、幻術に用いる術具でも研究しているのだろうか。


「……迷い込んだだけなら、さっさと帰れ。」


 ゴルドロフは伏し目がちに言った。


「ゴルドロフ氏。僕に、太刀の造り方を教えてください!」


 当初、ウルはここまで太刀の製造に固執していなかった。小人に有効な武器であれば何でも良かった。そのはずであった。そもそも、何かに執着する性格ではなく、寧ろ諦観が染み付いているきらいがある。自分に無力感を染み込ませ、達成を期待しないように、自分に言い聞かせている。

 しかし、先の妖刀を目の前にし、鍛冶師としての血が、そんな自己肯定の低ささえ忘れさせた。ゴルドロフはウルの、見えていない右目をじっと見つめた。そして、刺すような視線のまま短くこう言った。


「……だめだ。」


 その日からウルは、メルから見てウルらしくない、日課に浸った。毎朝ゴルドロフの工房に出向いては鍛冶の教えを乞う。これを、ひたすら繰り返した。ゴルドロフの中では、諦めるまで追い返すつもりだったが、ウルの中では、諦めるつもりはなかった。

 日に日に激化する、ゴルドロフの追い返し方法。小さい体躯に反して、驚異的な膂力で、大きなウルの身体を紙のように投げ飛ばしていく。それでも諦める気配の無いウル。

 一生のうちに投げられる程の数投げられたが、ウルは掠り傷程しか負傷しなかった。


 一ヶ月、この日課が続いた。メルはこの間、鍛冶炉から排出される金属蒸気に関するデータを採っていたが、それよりも、ウルの日課が気になっていた。


「ウルがそんなに拘るとは……。まあ止めはしないよ。オレはオレでデータ採りしてるから、気が済むまでやんなよ。」


 関心と心配を見せないように、そう声を掛けた。


「僕に、太刀の造り方を教えてください。」


 いつになく、真剣な表情のウル。忍耐よりも財布が音を上げた。先立つもの、路銀が尽きかけていたのである。メルがいる手前これ以上の滞在は難しかった。

 ゴルドロフに懇願する目は、力強い、とは程遠く、捨てられた仔犬の様なそれだった。ウルにしても、強い意思を、信念を伝えに来たつもりだった。だが、ウルの半生は失敗の歴史でしかなかったせいか、それを伝えるための成功体験が少なすぎた。しかし、ウルがゴルドロフから聞いたのは意外な言葉だった。


「そんな湿気た顔するんじゃねぇ……。なんで貴様らはそうなんだ……。明日、日の出までに来い。遅刻は許さん。」


 ゴルドロフは、ウルの入門を何故か許した。ウルはその報告のためにメルの元へ帰る。


「へぇ。ウルが熱くなんのも珍しいけど、そのじいちゃんも、最近は珍しい職人っぽい職人だな。」


 錬金術が発展した現在、鍛冶だけを生業にする職人は珍しく、必ずと言って良いほど、錬金術と鍛冶のハイブリットでものづくりを行っている。

 錬金術と鍛冶の融合が始まった過渡期には、新しい技術の吸収を拒む職人も多かったが、現状では見事に調和し、ハイブリットならではの技術が産まれている。その中で、今だ錬金術を全く取り入れない鍛冶師は非常に珍しい。


「ええ、ええ、そうなんです。それが、鞘から抜かずとも伝わってくる刀身の美しさと迫力。ぜひ直に拝見したかったですが、叶いませんでした。しかし、それを打った鍛冶職人から教えを頂けるとは。なんて幸せなんでしょうか。それに他にも日用品を製造されていて、それらも一級の品で。加熱容器の内面は、油や具材の流れを計算した、美しい双曲線で描かれているし、素材の合金比率や厚さ、独自の多層構造に至るまで、移動現象論に根差した設計になっていて、これを使う調理師は手足の様に馴染んだ器具で調理が行えることでしょう。あと、大型魚類解体用の包丁ですが、刃の反りがまた、精密かつ計算された指数曲線になっていて、力を入れずとも、赤子の腕力でも両断出来るのではとも思わせる切れ味で……。」

「ああ、ああ、わかった。ウルが楽しそうでホントに良かったよ。」


 明朝、日の出時刻よりも前にゴルドロフの工房に到着したウル。ゴルドロフはすでに火床に火を入れていた。


「来たか。」


 短く言うと、拳大の金属塊を手にして現れた。


「これは玉鋼たまはがね。刀身の原料だ。」


 すると、ゴルドロフはそれを火床に差し入れた。程なくして、金属塊は赤熱した。


「説明はせんぞ。まずは、見て覚えろ。」


 赤熱した金属塊を槌で力強く叩き、掌大の棒状に変形させた。これを槌で叩き、薄く延展させていく。


「これが水減みずへし、だ。」


 今度は、冷えて固くなった、この板状の金属塊を、金床の上で砕き始めた。


「く、砕いてしまうのですか?」

「黙ってみてろ。」


 金属塊は綺麗に割れた。ゴルドロフはこの割れた金属塊を、傍らの容器に優しく入れた。そして、同じ手順で割れた金属塊を作り続けた。2回目から異なったのは、玉鋼が綺麗に割れず、変形したことだった。


「割れ方で選別しているんですね……。」


 ウルは大きな独り言を吐いた。ゴルドロフは、今度はこれを無視する。ある程度の量の鋼を選別すると、きれいに割れた方の鋼を使いシャーレの様な形状の皿を作った。それに棒状の鋼を取っ手の様に接着した。

 これにさらに、割れた鋼を、それはきれいに積み重ねていく。まず大きな塊を積み、隙間に細かい破片を差し込んでいく。それはまるで、最初からその形であったかの様に組み上がっていく。


「すごい……。」


 素人には何がそこまで高度なのか解らない。火床の中の狢にしか解らない。組み上がった鋼の山を火床に入れ、赤めていく。


「ここからがかし、だ。」


 赤めた鋼を槌で叩いていく。それは力強くかつ繊細であった。少なくともウルはそう感じた。3回叩き終えると、鋼を再び火床に戻した。そこからゴルドロフは目を閉じ、しばらく身動ぎもしなかった。

 火床の内側から洩れるごうごうという音と、鋼の表面で弾ける火花の音が工房を満たした。火花の弾ける音が高くなった様に感じたその時、ゴルドロフは鋼を素早く火床から取り出し、槌で打ち付け始めた。高々と振り上げた槌が振り下ろされ、鋼の重心を捉えていく。取っ手を持つ手は、ほとんど力むことなく、全身の力に無駄が無いことが分かる。

 その光景を前に、ウルは固唾を呑んで、というよりも魅入られていた。細く延ばされた鋼は、時折くの字に曲げられ、再びひとつに合わせられた。これを繰り返していくうちに、槌を打ち付ける際の音が変化した。終には、初日に工房の近くをさ迷っていた時に聴いた音に至った。

 槌が奏でる音は深い深い底から響く様な圧力を感じると共にひたすらに澄んでいる。陰と陽、二律背反の調和美を感じざるを得ない。この作業を、きれいに割れなかった鋼に対しても行った。鋼が、刃を形作るに足る状態に達した。


「しなやかで繊細で、逞しい……。」

つくみ」


 ぼそりと呟くゴルドロフ。こくりと頷くウル。柔らかい鋼に硬い鋼を巻き付けていく。柔らかい鋼は展性、延性に富み、砕けにくいが切れ味は良くない。対して、硬い鋼は切っ先が鋭く加工できるため切れ味は良いが、脆く割れやすい。

 鋼を2つに分離し、鍛え、合わせることで、これらの特徴を活かし補い合う。刀の構造は、対立する要素の調和と結合、錬金術の思想そのものであった。金属と炭素の混合物だったものが今まさに、業物へと変貌した。


「ありがとうございました。……もし許されるのであればもう一度……。」

「……だめだ。」


 またも短く、さらに食い気味に遮られた。


「……そんな……。」


 項垂れるウルに対して怪訝な顔をするゴルドロフはこう言った。


「なぁにを落ち込んどるんだ? 次は座学だ。」

「ざがく……座学!?」


 ウルは驚きを隠せなかった。職人といえば見て覚えろが口癖で、実際出会った職人は皆そうだった。これ程の腕を持つ御仁が座学を重んじるとは。


「今〝見て覚えるんじゃないのか〟と思ったな? まずは、と言っただろ。そんなのは受け継がせる気のない頑固者のやることだ。」


 頑固者。少し引っ掛かった気がしたが、すぐに手放した。ゴルドロフは座学と言ったが、実践している所に解説を入れる、実験講座スタイルであった。

 2つに分けた鋼は、炭素含有率が異なること、炭素が含有すると固く脆くなること、この比率を制御するために水減しと沸かしを行うということ。理論的に説明してくれた。これではまるで錬金術師だ。


「儂に言わせれば冶金も錬金術も一緒だ。それがわからんかったやつがハイブリットとか呼ぶんだろ。何を今更、だ。」


 メルは一通りの金属に対して測定が終わったので、アダマスと共に市場に来ていた。


「アダマスくん。あれが林檎。あれが蜜柑。あれが梨で、あれが葡萄。」

「りんご!」

「おお! やっぱり林檎だよな! さすが我が息子!」

「りんご、おちてた?」

「ん? 落ちた?」


 喋るぬいぐるみを見ていた八百屋の店主は、繰り広げられる会話が耳に入ってこない。にも関わらず会話しているという事実のみ理解した。


「最近の錬金術ってのはこうなのか……?」


 その時、市場の中心部から何かの咆哮が聞こえた。聞こえるや否や音源に向かって駆けていくメル。


「おいおい嬢ちゃん危ないよ!」


 八百屋の店主の心配はメルの耳には届かなかった。


 音の源に到着すると、そこには四肢の生えた蛇、蜥蜴とも形容しがたい小人憑きがそこにいた。小人憑きはそこにいた女性を1人捕縛し、今にも飲み込まんとする仕草をとった。


「させるか!」


 メルは鎌剣を手にし斬りかかった。しかし、先の小人憑き同様、刃は通らず、ぐぬりと歪な形に変形し、刃を弾いた。


「くそ! しかし雷銀弩は……!!」


 小人憑きの急所と思われる部位と捕らわれた女性が近すぎる。雷銀弾では巻き込んでしまうし、鉛弾では殺傷力に欠ける。


「ないよりゃましか!」


 鉛弾をスリングショットで撃ち込む。しかし、柔軟な体躯には歯が立たない。そうこうしているうちに、大きく歪に開いた蜥蜴の口から黒い泡が漏れでてきた。小人憑きが絶命する際に放出する泡と同じもの。


「や、やめろ!」


 女性がメルに視線を合わせながら力無く懇願する。


「たすけて……。」


 メルは簡易マスクをたくしあげ、雷銀弾を装填した雷銀弩を携え、今まさに突撃しようとした。


「任せろ、いま助け……。」


 その時、何の音もなく、蜥蜴の首から上の部分がずるりと地面に落ちた。黒い泡の代わりに、大量の血液を被る女性。安堵と恐怖の混じった表情を浮かべたあと失神した。

 メルの理解は追い付かなかったが、女性が助かったことだけは分かる。すぐさま駆け寄り、小人憑きから引き離した。


「今度は、間に合いましたね。」


 そこには、スラリと長い刀身の武具を携えたウルの姿があった。女性の命に別状はなかった。どうやら感染した兆しもない。無事である。


「あ、あれはなんだったんです……?」


 さっきの八百屋の店主が問いかける。


「あれは小人憑き。小人感染症罹患者だ。黒い泡みたいのが出てたろ。あれが感染源の小人。小人は経粘膜、経口、経接触、経飛沫で感染するが、小人憑きは直接経口感染させようとしてくる。一番確実なんだろうな。」


 その場の誰もが恐怖に戦いた。小人に限らず、未知の驚異とは畏怖の対象として重く暗くのし掛かる。


「ウル、助かった。ショーテルで斬れなかった時はどうなることかと。」

「あれを斬るための時間と努力でしたので。お待たせしてしまってすみません。」

「待ってないよ。アダマスと遊んでた。」


 メルは屈託ない笑顔を浮かべ、そう返した。


「ゴルドロフ……し、師匠!」

「弟子を取った覚えはねぇ。」


 ぴしゃりと断られ、ウルの開いた口が無防備に開いたままになった。


「教えたのもただの気紛れだ。まだまだナマクラだが、処女作にしては悪くない。教えるのはここまでだ。後は勝手にやれ。」


 ウルは最大の賛辞として受け取った。他人から肯定されるのがこんなに嬉しく、くすぐったいことはなかった。


「仕上げだ。」

「仕上げ? ですか?」


 首を傾げるウル。


「銘入れだ。儂の銘はやらんからな。」


 ウルは少し考え、こう答えた。


「実は少し考えていたんです。何にしようかって。それで、僕は人のあり方について、今回そんなことを考えさせられて。取り留めがなくてすみません。」

「良い、続けろ。」

「錬金術の思想に〝一は全、全は一〟という考え方があるんです。これは物質の最小単位に関する言葉らしいのですが、今回はちがくて。一人ひとりの技術の継承と集合、そのその過程を経て究極に至ろうとする。それが人間の文明なのだと、そう思ったのです。」

「ふぅん。難しいことを。つまり、銘はなんなのだ?」

〝一文字〟いちもんじ。全を束ねる前の一振り。どうでしょう。」


 ゴルドロフはにやりと笑みを浮かべた。


「悪くない。」


 ウルは、打った太刀をバングルにそっと当てた。すると、バングルに嵌められた輝石が瞬き、太刀を吸い込んでいった。


「なにしちょる!?」


 汗水血を注ぎ込んで打った筈の太刀が消え、ゴルドロフは狼狽した。


「すみません。師しょ……先生は不本意かと思ったのですが伝えたくて。」


 ウルはバングルにそっと手を当てた。その手を素早く振り抜くと、先ほどの太刀が、厳密には同じ構造の太刀が現れ、ウルの手に収まっていた。


「これは打った太刀と寸分違わぬように錬成した模造品です。お師の闘いに付いていくにはこの収納方法が必要なのです。」

「ああ? 錬成出来るなら最初から錬成せぇや。」


 明らかに不機嫌なゴルドロフ。しかし、会話を拒絶したりはしない。


「錬成するためには原子配列の全てを設計する必要があるんです。錬金術が万能じゃないのはそういう所です。だから、頭のなかで設計するのは困難なので実物を造る必要があるのです。先に説明せず、すみません。」


 ゴルドロフは、ふぅと溜め息を吐いた。


「退っ引きならないのならしょうがなかろう。それに、お前が打ったもの、儂はなんも知らん。」


 2人と……いや、3人は街を後にすることにした。なんせ、路銀がない上に、アダマスのカロリー必要量は体積に見合わなかった。早急にギルドから依頼を受け取り、資金を調達する必要がある。

 出立しようとクレイオスを起動していると、ゴルドロフが街の方から近づいてきた。


「工房から離れるのも久方ぶりだな。ほら、受け取れ。」


 ウルは、ゴルドロフが軽そうに放り投げた袋を受け止めようとした。予想した5倍は重く、腰を折りそうになる。忘れていた、この御仁は怪力であった。


「それは今回打った玉鋼の兄妹分だ。今回のが影打ち。〝全〟を打つときはその鋼で真打ちを打て。」

「師しょ……先生……。」


 ウルは餞別を受け取り、3人はクレイオスの乗り次の目的地へと旅立った。

 

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