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 種は芽吹くまでが重要だ。


 だがひとたび芽吹いてしまえば、あとは日光や雨が降り注ぐように周囲が育ててくれる。無論、手間をかけるのをいとわないことも大切だが、余計なことをしてもいけない。時にはじっと、周りが花を咲かせてくれるのを待てばいい。

 そして今、彼女の目の前で花が咲こうとしていた。


「久しぶりだな、こうしてふたりだけで話をするのは」


 暖炉だけがぼんやりと照らす部屋の中、そう語りかけてくる国王。


「いやなに、たまには親子水入らずもよいかと思ってな」


 言葉だけ聞けば子を思う親の台詞せりふ。しかし見え隠れする下品な笑みのせいでそれは台無しだった。


「……」


 王女はじっと、そわそわする国王の方を見るだけ。するとしびれを切らしたのか、


「お前、ダイヤ以外も出せるようになったのか?」


 待ちきれないといった様子で本題を切り出した。


「昨日受け取った袋の中に1粒あったぞ。これはルビーだろう?」


 そう言って手元から取り出したのは、真っ赤な宝石。薄暗い中でも輝きを放っている。


「素晴らしい! さすがは我が娘だ!」


 ガッ、と勢いよく王女の肩に両手を置いた。興奮を隠しきれないといった様子だ。


「これでワシはもっと手広く金をもうけることができるぞ! いやあ正直、ダイヤばかりだと最近は売れ行きが少し落ちていてな。だが、これで安心だ!」


 国王の顔には汗が浮かんでいる。太りきった身体から出てくるそれは、あぶらぎっていた。


「で、でだエリザルデ。早速今日からダイヤではなくルビーを――」

「……触るな」


 だが、彼の興奮は王女からようやく放たれた小さな言葉によって終わりを迎えた。まるで水をぶっかけられた火のように。


「やっぱり想像通り下品なオッサンだったな。一応、まともな奴っていう可能性も捨ててはなかったんだが」

「エ、エリザルデ?」


 目を白黒させる国王。あまりにも滑稽こっけいで、王女は思わず笑いそうになった。


 王女――いや、殺し屋は。


「にしてもビックリするくらい簡単に釣れたな。まさかダイヤの中にルビー1粒入れただけで、のこのこひとりで来るなんて」


 殺し屋、ディアはブロンドヘアのかつら・・・をとる。蒸れたウルフカットの髪をがりがりと掻いて、


「ま、噂通りそれだけ金の亡者もうじゃってことか。新しい金になりそうなことは誰よりも先にってのは才能なのかもな」

「エリザルデ? なぜそんな荒い言葉遣いなのだ? エリザルデじゃない? いやそんなはずは。エリザルデよ、どこかに隠れておるのか?」


 もはや言葉は支離滅裂だった。目の前の人間が娘ではないと認識できないほどに、国王は混乱しきっていた。

 だが、それに付き合ってやる必要はない。


「アンタが娘に会うことはもうないぞ。大事な金ヅルの娘とはな」

「なっ……なっ」

「なぜなら今日――死ぬからな」

「は、……は?」


 フリーズしかけている国王をよそに、ディアは暖炉へと歩いていく。そして火のついた薪を1本、手に取る。


「この部屋、臭うだろ? ま、金のことで頭がいっぱいだから気づかなかったか」


 鼻で笑いながら薪を床に、油がたっぷりとまかれた床に放り投げる。すると火は炎をとなり、瞬く間に部屋中に広がった。


「熱っ! これは一体……だ、誰かっ!」


 ディアの視界は徐々に赤く塗りつぶされていき、国王の姿が消えていく。まさに地獄であえぐ亡者そのものに見えた。


「エ……エリザルデッ!?」

「じゃあな。――お父様」


 その言葉を最後に部屋は業火ごうかに包まれた。

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