殺し屋と宝石とシュトーレン

今福シノ

1/6

「私を、殺してくれませんか?」


 彼女が部屋に来るなり開口一番放った言葉に、ディアは目を丸くするほかなかった。


 たしかにディアは殺し屋を生業なりわいにしていたので、「○○を殺してくれ」なんて言葉はそれこそ星の数ほど聞いてきた。だが、その対象に己自身を指定してくる人間は初めてだった。


「まあ座りなよ」

「は、はい。では失礼します」


 とはいえ門前払いをするのも気が引けたので、部屋にあるもうひとつのイスへと促す。

 フード付きの外套がいとうにすっぽりと覆われた全身。にもかかわらずディアが『彼女』と断定したのは、これまでの経験に基づく直感だった。


 しかし、オレみたいな殺し屋のことをどこで聞きつけたのやら。

 ディアがとある理由から王都にやってきてまだ2週間。まあ数日前に仕事を終わらせたから、うわさになっていてもなんら不思議ではないが。


「ま、いいや」


 ディアは背もたれに体重を乗せる。ギシリ、とにぶい音が鳴った。


「オレはディア。アンタの名前は?」

「ディア、さん。よろしくお願いします。私のことはその、エリーと呼んでいただければと」

「エリーさんね」


 ディアはうなずく。が、実際には聞き流していた。この仕事ではターゲットの名前はともかく、依頼人の名前はそれほど重要な項目ではない。今回に限っては、依頼人=ターゲットになるわけだが。


「それで『自分を殺してほしい』だったっけか」

「……はい。えっと、その」

「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。オレはどんな依頼だろうとちゃんとるから」

「そ、そうですか」


 ディアの言葉にエリーは胸をなでおろす。


「ただ、報酬ほうしゅうはちゃんと支払ってもらうけどな」

「報酬……」

「仕事として受ける以上当然だ。普段は前金もらって、残りは成功報酬ってことで後払いなんだけど……今回は全額前払いになるのかな」


 なにせ、依頼を達成したら報酬を払う本人がいなくなってしまう。


がくは……この国でいうところの金貨20枚ってところか」


 そうは言ったものの、料金設定はあいまいだった。どちらかといえば安け合いするつもりはないという意味合いの方が強い。

 この女、エリーの様子を見るに、なんだか事情ワケありのようだが、こちらにも生活がある。子どもの小遣こづかい程度しか払えないなら出口へと案内するほかない。


「あの、ひとつ確認したいのですが」

「ん?」

「報酬というのは金貨しかダメでしょうか?」

「いや、別に同じ価値になるならこの国のお金じゃなくてもいいし、それこそ簡単に換金できる金銀や宝石でもかまわないが……それ以外は受け付けないからな?」


 以前、骨董品こっとうひんの類や人――女を対価として差し出すと言ってくるやつがいた。女を報酬にと言われたときは、頭にきて依頼人を半殺しにしてしまったものだ。


「それを聞いて安心しました」

「安心?」


 ディアはよくわからずオウム返しに訊く。すると、彼女は自身の顔を覆うフードをゆっくりとめくった。


 あらわれた素顔にディアは息をのむ。長いブロンドヘアに、整った顔立ち。わずかの傷やシミもない、きめ細やかな白い肌。

 明らかに庶民とは違う。そうまるで、高貴な身分に身を置いているような――


「申し遅れました」


 そう言って、彼女は一礼する。洗練された、優雅な所作。


「私の本当の名は、ジェラルド・エリザルデ。この国、ジェラルド王国の王女をつとめております」

「王女……だって?」


 エリザルデ――エリー。なるほど、だから顔が見えないようにしていたのか。王女様が顔をさらして城下を出歩けば、それだけで大騒ぎだ。つまり彼女はおしのびでここにやって来たのだ。

 だが、ディアにはまだ疑問があった。


「わからないな。どうして支払いについて確認したんだ? 王女様なんだから、金貨なんて腐るほど持ってるだろ?」


 わざわざ宝石の類を用意する方が手間のように思えるが。


「いえ」


 と、エリー、もといエリザルデ王女は首を振る。そして、


「……こういうことです」


 小さくつぶやいた直後、


 ――じわり。


 彼女は瞳に涙を浮かばせた。


「……?」


 ディアはその涙の真意が理解できず、ただじっと見る。

 目尻にたまったそれはやがて、決壊したダムのようにあふれ、頬を伝い、やがてしずくとなり、彼女の手のひらへと落ちていく。


 すると、その雫は――変化した。宝石へと。透き通るような、ダイヤモンドだった。


「アンタ、一体……」

「お願いします、ディアさん」


 涙、いや宝石が乗った手のひらを、ディアの方へ差し出す。そしてもう一度、エリーは己の願いを口にした。


「私を、殺してください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る