第94話 来世にて

 部屋に降りたセシルは、人間業にんげんわざではないと言い切れるほどの速度でキーボードを操り、何かのログを高速で表示していた。

 やがて確認が終わったようで、周囲を警戒していた俺とセシィに振り向き、説明を始めた。

「やはり、先ほどの監視カメラのハッキングで、何かが起こっていることにお父様が気づいたようです」

 俺はその発言に、全身に冷や水を浴びせられたような気分になり、セシルに確認をとる。

「それは、この作戦が失敗したということか?」

 セシルはゆっくりと頭を振り、否定する。

「いえ。まだ、何かがおかしいと思っているだけのようです。ですが、当初の予定通りに時間差で爆破するプログラムを仕込んでしまうと、ほぼ間違いなく察知され、解除されてしまうでしょう」

「それはつまり、どういうことだ?」

 セシルは少しだけ微笑ほほえむと、俺にとって受け入れられない提案を始めた。

「察知されないようにするために、私の頭の中でプログラムを組み上げます。そして、それをこちらの端末に送り込むと同時に起動し、爆破します。ですから、私がここに残りますので、ジェフとセシィはただちに退去してください」

「なっ……」

 俺は絶句していた。

 それはつまり、セシルがここに残って、自分もろともマクシモを爆破することに他ならないのではないか?

 黙り込んでしまった俺に畳みかけるように、セシルは自分の心情を吐露とろし始めた。

「そんな顔をしないでください、ジェフ。私は、現状に我慢がまんができなくなったのです」

我慢がまん?」

 俺はその意外な告白に、思わず短く質問を返していた。

「ええ。どうしても、私もジェフの赤ちゃんを産みたくなったのです」

「それは……」

 俺はまたしても絶句してしまっていた。

「ええ、分かっています。私のこの体では、どうやってもそれはかなわない望みです。ですから……」

 そう言って俺の目をじっと見つめるセシルは、柔らかく微笑ほほえんでいた。

「私は来世に賭けることにしたのです」

 そして、セシルは少し視線を落として続きを語る。

「今世では無理でも、来世でヒム族に生まれ変われば可能です。そう考えてしまうと、私は我慢がまんができなくなっていったのです」

 セシルはそのまま体ごとセシィに向き直り、さらに続きを語る。

「ですから、セシィ。今世でのジェフはあなたに譲ります。どうかジェフを幸せにしてあげてください。そして、たくさんの子供を産んであげてください」

 セシルのその決意を秘めた目に、セシィは短くうなずきを返した。そして、了承の意を告げる。

「ああ。任せておけ」

「でも、セシィ。来世でのジェフは私がいただきますね」

 軽い調子で告げるセシル。それを見てセシィはフッと軽い笑みを浮かべ、返答した。

「言ってろ。今世のアドバンテージを生かして、ジェフをあたいに首ったけにしておいてやるさ。だから、来世でもジェフはあたいがいただく。でも……、さ」

 そう言って、セシィは真剣な眼差まなざしになり、セシルに宣戦を布告する。

「来世では真っ向勝負をしようぜ。どっちがジェフをものにできるか、全力でな」

 セシルもうなずきを返し、まっすぐにセシィを見つめながら返答する。

「ええ、勝負です。でも、私は絶対に負けませんよ? だって、今ここでジェフと約束を交わしておきますから」

 そう言うと、セシルは改めて俺に向きなおした。

「ジェフ。私の覚悟をどうか受け止めてください。そして、約束してください。来世で私と出会ったら、私を妻としてくださると。そして、私との間にたくさんの子供を作ってくださると」

 本音ほんねで言えば、この提案は却下したい。

 今すぐ問答もんどう無用むようでセシルをかつぎ上げて、ここから逃げ出したい。

 しかし、俺は理解してしまった。セシルの目は本気だと。

 俺はぐっと目を閉じ、こぼれ落ちそうになるものを上を向いて無理やりひっこめ、了承の意を示さざるを得なかった。

「ああ……、ああ。もちろんだとも。約束だ、セシル。俺は必ずお前を来世でも見つけ出す。そうしたら、結婚しよう。そして、俺の子供を産んでくれ」

 俺がしぼり出すようにそう告げると、セシルは綺麗きれい微笑ほほえみを浮かべた。

 思わずそれに見とれていると、視線をわずかにセシィに向けたセシルは、さらに提案を重ねた。

「先に謝っておきます。ごめんなさい、セシィ。でも、これだけは見逃みのがしてください……」

 そう断りを入れて、目を閉じ、顔を近づけてくるセシル。

 俺も目を閉じ、顔を近づけていき、その思いを受け止める。

 そっと唇が触れ合う。

 わずか数秒のことだったかもしれない。しかし、確かにこの一瞬だけは、俺とセシルの存在しか感じられなかった。

 やけに長く感じられた数秒間は終わりを告げ、やがて、どちらからともなく、そっと体を離した。

 その直後、俺は目を奪われた。

 セシルが満面まんめんの笑みを浮かべていたのだ。

 その輝くような、としか俺の貧弱な語彙力ごいりょくでは表現できない、美しすぎる笑みに、俺はさらに強く、強く心を奪われた。

「では、ジェフ、セシィ。来世で会いましょう」

 その笑顔のまま告げられた別れに、その覚悟に、俺も全力でこたえる。

「ああ……。来世で会おう。またな」

「そうだな。また会おうぜ、セシル」

 俺とセシィもセシルに短く分かれを告げ、再開を約束してきびすを返した。

 俺はもう、後ろを振り返らなかった。

 そうしてしまうと、帰り道が涙でにじんでしまい、前に進めなくなることが、分かり切っていたのだから。

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