第74話 ジェシーの横顔

 私は念願かなって人類最強の死神しにがみ殺しの部隊に配属された。そして、今日はその親睦会しんぼくかいの日だ。

 各人の自己紹介から始まった親睦会しんぼくかいは、ジェフリー大隊長による乾杯の音頭おんどで飲み会へと移行する。

「せっかくの親睦会しんぼくかいで長い挨拶も無粋ぶすいだろう。では、乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」

 入隊試験で大隊長と模擬戦を行ったが、正直言って手も足も出なかった。

 少しはあった操縦への自信は、粉々に砕け散っていた。

 これが人類最強の死神しにがみ殺しの実力かと憧憬しょうけいの念を深くしたが、同時に、何もできなかった自分に深く落ち込んでもいた。

 そんな私に大隊長は近寄ってきて、意外なことを語ってくれた。

「ジェシー。君の戦いぶりは素晴すばらしかった。その周囲の状況を常にうかがい、最適なタイミングで必殺の一撃を繰り出す戦いぶりは、これからも磨き続けて極めて欲しい」

「は、はぁ?」

 私はそれを単なるなぐさめだと思っていた。優しい大隊長が落ち込む私をフォローしてくれたのだと。

 しかし、ふたを開けてみれば、私は無事に死神しにがみ殺しの大隊に配属されていた。

 しかも、四人しかいない中隊長として。大隊長のあの言葉は、心からの本心だったのだ。

 私はそのことを誇らしく思い出しながら、酒をチビリ、チビリと飲み始めていた。

 しばらくすると、髪を肩まで伸ばした、やたらとキザったらしい男が私に語り掛け始めた。

「こんにちは、ジェシー。私はブライアン・ギルソープです。あたなのような素敵すてきな女性と同僚になれて、自分の幸運にとても感謝しています。どうです? 今度私的にお茶でも?」

 せっかくいい気分でお酒を楽しんでいたのに、この男ときたら……。

 私は若干じゃっかん不機嫌ふきげんになり、少しとげのある言葉遣いで追い返していた。

「あら、そう? ちなみに、私はあなたのような軽い男は嫌いなの。よそを当たってくださるかしら?」

 私のそんな態度にもかかわらず、ブライアンはキラキラした笑みを浮かべて引き下がる。

「おや? それは残念です。あなたの好み等、基本的な情報が不足していたようですね。分かりました。この場は戦略的撤退とさせていただきますよ」

 素直すなおに引き下がった点は評価できるが、やはり、あのキザっぽい言動はどうにも好きそうになれない。

 そうすると、近くで飲んでいた同僚のエルトンが、私に陽気に話しかけてきた。

「ウチの一番のイケメンをあっさりと撃退するなんて、ジェシーはやるなぁ。ああいうのはタイプじゃないって言ってたけど、どういう男性が好みなんだい?」

 エルトンはまん丸の太っちょさんで、見た目的にはブライアンより劣るのかもしれない。しかし、人間的にはこちらの方が私の好みに近い。

「そうですね……。軽薄けいはくな男は嫌いです。仕事ができる真面目まじめな男性がタイプですね」

真面目まじめな男性ねぇ……。じゃあ、ウチの大隊長はどうだい? ものすごく仕事ができるけど?」

 私はチラリと大隊長に視線を向け、思わず正直に答えてしまう。

 少し酔ってきているのかしら……。

「大隊長は、女性関係が少しだらしないところが減点ですが、そこにだけ目をつぶれば、なかなかいい男だと思いますよ?」

 私がそう言うと、とたんにセシィの目つきが鋭くなり、大隊長がビクゥ! っと体を震わせていた。

 女の尻に敷かれるのをいとわないだなんて、かなりポイントが高いわね……。

 私は心の中で、本気で名乗りを上げるかどうか検討をしてみる。

 セシルだけなら突撃したでしょう。でも、セシィはダメね。あれはとても無理だわ。

 私は戦いを始める前からあきらめてしまった。

 まだ大隊長との付き合いは短いけれども、それでも見ていれば分かる。

 大隊長とセシィの絆は完璧すぎる。あれに割り込んで引き裂くことは、例え世界一の美女をもってしても不可能でしょう。

 私がそんなことを考えながら周囲を見渡していると、一人の中年男性に目が留まった。

 彼は誰と話すでもなく、黙々と料理を口に運び、少しだけお酒を飲んでいる。

 確か、名前はアンソニー・スコールズといったかしら。あの堅物かたぶつっぽいところはかなりいいわね。

 私は意を決し、アンソニーの隣にグラスを持って移動した。

「こんにちは、アンソニー。隣、お邪魔じゃまするわよ?」

「こんにちは、ジェシー。もちろん構いませんが、私の隣に座っても面白くないでしょう?」

「あら? どうして?」

「私は昔から、真面目まじめなだけが取り柄と言われ続けていましてね。特にこういう席では、つまらないと思いますよ?」

 そう言って力なく笑う姿に、私は思わずドキリとした。

 そうよ。そうそう。こういう真面目まじめ一辺倒いっぺんとうな男がいいんじゃない。シブい叔父おじさまもなかなか悪くないわね……。

 気づくと私は、積極的にアンソニーに話しかけ続けていた。

 とても楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

 ウザったい女と思われていなかったか、そこだけが心配だわ……。

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