SOLID STATE ANGEL ver.1.1

熊八

第1話 プロローグ

 後の世に、古代魔法文明と呼ばれる時代。今はその絶頂期だ。

 この星には一つだけ大陸が存在し、大きく分けて三つの人種が生活している。一般的なヒム族に加え、小人族とアルク族と呼ばれる少数民族が暮らしている。

 ヒム族は目立った特徴がない代わりに特に不得手ふえてとしている分野もなく、最も繁栄している種族だ。最新の統計では、全人口の九割以上がこの種族で占められている。

 小人族は成人しても子供のような見た目で、一部のマニアックな連中からは神格化されるほど人気がある。体が小さいため手先が器用で、精密加工の要求される職場で働いていることが多い。

 アルク族は、見た目的には耳が多少とがっているだけで、ヒム族と大して変わらない。だいたいが色白で中性的な顔立ちをしているため、男女ともに外見に人気がある。しかし、彼らは大半がとても無欲で、伝統的な狩猟採集生活以外にほとんど興味がない。

 生活ができる範囲の森さえあれば何も要求しないため、この文明の絶頂期になってもあらゆる文明の利器に興味を示さず、先祖伝来の弓を未だに使って狩りをしながら森の奥に引っ込んでいる。領土的野心が皆無であるため、うまく共存が進んでいる種族でもある。

 そのため、ヒム族の中にはそんなアルク族を蛮族ばんぞくとして見下すやからが一定数いるが、それには若干じゃっかんのあこがれが含まれていた。長らく彼らだけが使えた特別な力、魔法があったためだ。

 神話の時代に先祖が神様から与えられた知識として、魔法を伝える一族だったのだ。

 魔法を発動するためには魔法文字の発音ができる必要があるが、ヒム族には不可能だと思われていた。

 魔法文字は、現在の魔法工学の発展したヒム族が生み出したと誤解している人が多い。しかし、少しでもその歴史を勉強したものであれば、それが間違いであることは周知の事実である。アルク族に伝わっていたものを、そのまま利用しているだけなのだ。

 アルク族にしか使えなかった魔法は、いつの世もヒム族をひきつけてやまなかった。その神秘の力の謎を解明するため、研究者たちは熱心に彼らの里へと出向いて調査を続けた。

 そんなある日。アルク族の子供が最初に魔法を覚える時、魔法式と呼ばれる魔法の構文を声に出して朗読ろうどくしている姿を見た研究者の一人が、なにげなく自分もそれを読み上げてみたところ、できてしまった。魔法が発動したのだ。

 さすがに、本家のアルク族のように、無詠唱で魔法式を頭の中で組み立て、トリガーとなる魔法名だけを読み上げて起動するような真似まねはできなかったが、それでも、魔法文字の発音さえできれば、魔法式を毎回読み上げることで自分たちでも魔法が使えるようになった。

 これは世紀の大発見とされ、後に第一次魔法革命と呼ばれるようになる。

 魔力や魔法制御力といった能力こそアルク族に遠く及ばなかったが、それでも、十人に一人ぐらいの割合で魔法が使えるようになったのだ。

 それから長い時が過ぎ去った頃、ある大発見をした偉人が現れる。

 なぜそんなことをしようと思いついたのか、現在でも謎に包まれているが、魔法式を鉄板などに刻み込み、そのみぞに砕いた魔石を混ぜたインクを流し込み、魔法銀と呼ばれる希少金属で魔石と接続する。そうすると、魔力が流れて魔法が発動したのだ。これにより、魔法が使えなかった人でも魔法現象を起こせるようになった。この新しい道具は、魔道具と命名された。

 これが第二次魔法革命である。

 きっかけさえつかめたら、貪欲どんよくなヒム族の研究は早かった。無詠唱魔法は、特に魔法の理解が深い一部のヒム族にも使えることがじきに発見された。そこからその研究を発展させ、学習によって魔法式の流れが理解できれば、無詠唱で魔法が使える事実も発見された。これにより、魔法文字の発音ができるヒム族には、魔法工学を必須ひっすの学習項目に組み入れる国が激増し、今では全ての国で採用されている。

 魔道具の改良や新素材の研究も進んでいき、やがて第三次魔法革命となる大発見もあった。魔力で収縮する新素材の発見である。これは後に、魔力筋繊維と命名された。

 魔力筋繊維により、魔力によって上下運動をする道具が発明され、クランクシャフト等を使って回転運動に変換するようになり、多数の産業用の機械の動力源となった。そのため、この第三次魔法革命は産業革命とも呼ばれている。

 また、この頃には風魔法と分類されている魔法の解析が進み、物体の分子に力を加える魔法式が発見され、物理魔法が開発された。その結果、魔力モーターも開発されたが、魔力効率的に、魔力筋繊維の方が優れていた。

 そのため、乗用車には扱いやすい魔力モーターを利用した車輪式が採用されているが、軍ではパワーを重視した結果、多脚たきゃく戦車せんしゃが開発されて利用されている。

 それからしばらくして、魔力筋繊維の新たな使い方が発見された。これは我々の生活を劇的に改善し、第四次魔法革命と呼ばれるようになる。記憶きおく素子そしとしての利用方法を発見した研究者が現れたのだ。

 魔力筋繊維に魔力を流すと、微弱な魔力を内部に含有がんゆうするようになり、その量によって長さが変化する。そして、この長さの違いを容易よういに計測できる魔法式が発見された結果、記憶装置として使えるようになったのだ。

 元々、魔法式には算術演算子が含まれていたため、早い段階で計算機としても利用されていた。しかし、魔道具形式の最大の欠点は、魔法式を刻み込むため、後にバグが発見されても変更することが困難だったことだ。

 そこに記憶素子としての魔力筋繊維の利用が加わり、魔法式は中間言語と呼ばれるプログラムを実行する基礎的な機能だけが刻み込まれるようになる。これにより、計算機科学と呼ばれる分野が飛躍的ひやくてきに発展し、様々なものが発明されていった。

 中間言語よりも人に理解しやすい、高級言語と呼ばれるプログラミング言語が開発され、それをコンパイラと呼ばれるまた別のプログラムを通すことにより、中間言語に変換する。この発明により、またたく間に複雑な動作が柔軟に実行できる魔力計算機が発展していったのだ。

 また、魔力筋繊維は状態によって光の透過率が異なっていた。この性質を利用したディスプレイも開発され、これも魔力計算機の発展に多大な貢献をしていた。

 第四次魔法革命は生活の質を向上させたが、まだ問題点があった。魔道具形式をとる以上、魔法銀が必須ひっすであった点である。この特殊な金属はごく少量しか産出されないため、非常に高コストだったのだ。

 この点を改善する大発見が新たに成され、後に第五次魔法革命と呼ばれるようになる。

 魔法銀を合成する方法は、かなり初期からずっと研究が続いていたが、どうしても人工的には作り出せなかった。

 しかし、ある魔法研究家がアルク族の里で暮らしていた時、大発見の元となる新素材を発見する。

 ヒム族が上位アルクと呼ぶ特別な種族、彼らの中では先祖返りと呼ばれている特殊な個体が、魔石に魔力を込めすぎた時にできる金色の粉に興味を持ったのが始まりである。

 それまでは誰にも見向きもされなかった素材であるが、くわしく研究してみると、魔力抵抗力と呼ばれる数値が、極めてゼロに近いことが判明したのである。この性質を利用し、まずは魔法式のみぞに流し込むインクの改良が行われた。

 上位アルクの作る金色の粉をインクに混ぜ込むことにより、飛躍的ひやくてきに魔力伝導率が上がり、魔道具の劇的な小型化に成功したのである。

 魔道具形式にするためには、魔石を砕いたものを混ぜたインクを魔法文字のみぞに流し込む。これは、このインクが一定量ないと魔力が流れなかったためだ。そのため、ある程度の大きさが必要になっていた。

 しかし、新素材の金色の粉を使ったインクではこの問題がクリアされ、どんどんと魔力計算機の小型化が進んでいくのである。

 しかも、刻み込む魔法文字を小さくするほど、より速く、より少ない魔力で動作することも併せて判明したため、この分野の研究が盛んに行われるようになった。

 そして、魔力伝導率の極めて良い素材の発見は、同時に魔法銀の代用品の開発も可能にした。魔法銀の代わりに合金が使えるようになり、一時的なコストカットに成功したのである。

 一時的と断りを入れているのは、この金色の粉の需要がすぐに激増するようになったため、価格的な優位性が急速に失われていったからだ。

 この問題の解決策を、世界中の研究者たちが血眼ちまなこになって探し始めた。問題の根本は、金色の粉が上位アルクにしか作成できなかったことである。しかし、解決策は容易には見つからなかった。

 魔力密度を極端に上げることさえできれば、作ることができる。しかし、ヒム族はもとより、一般的なアルク族でもそれはできなかった。魔力が足りないのであれば、複数人数で協力すればと思うかもしれないが、魔力には波長のようなものがあり、個体によって異なっていた。そのため、複数人で同じ魔石に魔力を込めようとすると、互いの魔力が反発しあい、抵抗力が激増する。その結果、粉が作れるほどの魔力密度が、どうしても得られなかったのだ。

 しかし、特定の魔法式を利用した魔道具を通すことにより、異なる個体からの魔力でも均一化されることが発見されたことから、この状況が打開される。

 この魔道具は均一化の魔道具と呼ばれ、魔石の代わりに人が直接魔力を流し込むことにより、協力して魔力を込められるようになったのだ。

 このため、人数さえそろえればヒム族でも金色の粉が生産できるようになり、供給不足が解消されていったのである。

 これらの成果により、ぐっと安く、小さくなった魔力計算機が一般的に普及ふきゅうするようになり、魔法工学や計算機科学の研究に加速度がついていくようになる。

 その結果、複数の魔法式のプレートを連動させることにより、並列計算ができるようになる。それが発展すると、それまでは夢の技術と呼ばれていた人工知能の開発が行われた。

 とはいっても、まだまだ会話ができるような人工知能はできていない……はずだ。

 少なくとも、人工知能先進国のゼーレ帝国以外では、とても不可能だ。

 そして現在では、帝国では実用化されていると、まことしやかにささやかれるようになっていた。

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