猫のような

チョンマー

第1話

 猫のようだ、と思った。

 どちらかと言えば、愛想のない方だった。

 一人暮らしの小さなアパートに突然やってきたその子には、どこか距離を置かれているような気がするし、普段からその子はツンとすましたような態度をとっている。そのような振る舞いが、どこか愛想のない、飼い主は餌をくれる奴としか思っていないような猫を連想させていた。


 ……いや、言いすぎたな。

 現状が現状だ。仕方がないだろう。

 俺は、リビングで椅子に座りパンを食べているその子――愛梨ちゃんをキッチンの方から眺めていた。



 姉夫婦が交通事故で亡くなった。

 その知らせを受けたのは、二週間前のことだった。

 居眠り運転をしていたトラックが姉夫婦の車に衝突し、即死だったらしい。

 事故の当事者たちは全員亡くなっていたので、親族同士だけでこの事故に対する賠償金だのなんだのといった、大人の話を済ませ、二人の葬式を行った。

 二人を知る人たちは皆、姉さんらのまだまだ先ある未来が奪われてしまったことに、大いに嘆き悲しんだ。もちろん、俺もその一人だ。姉さんは少し我が強い人ではあったものの、姉として弟の俺を育ててくれたし、義兄さんは温厚な人で、金曜の夜なんかによく酒の席に誘われたものだった。


 しかし、悲しんでばかりもいられない。

 姉夫婦の間には、たった一人の娘がいたのだ。

 一度にして両親を失ってしまったその子の面倒を誰が見るのか、それが次の問題だった。俺の身内にも、義兄さんの身内にも、子供の面倒をみることができる人間が中々見つからなかったのだ。

 

 そんな中で選ばれたのが俺だった。俺は社会人でまだまだ若く、一人暮らし。俺や義兄さんの両親は年配で、とても面倒をみることはできないとの判断からだった。

 何度かこの子と会ったこともあるし、面識がなかったわけではない。あちらは俺のことを覚えているのかは分からなかったけれど。

 

 そういった経緯で、この子が我が家にやってきたのだ。

 親からは、まずは一ヶ月の間一緒に暮らしてみること。うまくいきそうにないと思ったなら最悪施設へ入ってもらうということだった。余裕があれば、たまにこっちへ面倒を見に来ると言われたものの、正直一ヶ月も暮らせるか怪しかった。

 小さな子どもと関わる経験なんてこの子以外にはなかったし、人見知りする子だったから、話しかけても反応を示してくれなかったりと、この子との仲はお世辞にも良好とはいえない。大人の対応も少しずつ覚えたころだというのに、子どもへの対応も覚えろだなんて。

 とは言っても、一人寂しそうにしていたその子を放っておくほど俺も薄情な人間じゃない。

 この子が家にやってきたときのことは、今でも覚えている。

 借りてきた猫のように大人しかったその子を家の中に入れて、ソファーに座らせた。


「今日から、ここが君のお家だよ」

「…………」

 彼女の前でしゃがみ込み、声をかけても反応はない。

「しばらくは大変だろうけど、お兄ちゃんと一緒に頑張ろうな」

 そう言うと、こくりと頭を下げた。初めてみせた反応だった。

「ここで一緒に暮らすうえで、四つ聞いてほしいことがあるんだ」

 またもこくりと頷く。


「一つ目、今まで行っていた幼稚園からはお別れして、今度からは新しく保育園と言うところに行ってもらうことになるんだ。お友達とお別れすることになるけど、我慢できる?」

「うん」

 俺も社会人だ。日中ずっと面倒は見られない。仕事もある以上、保育園に行ってもらう必要があった。


「二つ目、ワガママは禁止。君がワガママを言うと、お兄ちゃんは困っちゃうんだ。いいね?」

 姉夫婦のところでは、どれだけのワガママが許されていたのか分からないけれど、一度ワガママを許してしまうと、対処が大変になりそうだったので、最初から釘を刺しておいた。

「うん」

「三つ目、何かしてほしいこと、お願い事があったらお兄ちゃんにきちんと言うこと。だけど自分勝手なワガママは許しません。それから、四つ目。お兄ちゃんの言うことはちゃんと聞くこと。分かった?」

「うん」

「よし、お兄ちゃんとの約束だ」

 小指を目の前に差し出すも、その指をただ眺めるだけで何もしてこなかった。今どきの子どもは指きりを知らないのか、まだ知らないだけなのか。拍子抜けしつつも、指をひっこめた。


 こうして、俺と猫のようなこの子との二人暮らしが始まった。

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