第12話 今後の課題

 再び意識が戻ると同時に顔面が地面に激突した。


「痛っ!?・・・っくないんだった」

「おつかれさん」


 無意識に痛んでいない鼻をさすりながら上を向くと、やさしい笑顔のカイル師匠が僕を見下ろしていた。


「元々学園の結界のおかげで死に対する恐怖は薄かっただろうけどどうだ?そろそろ痛みの方も大丈夫そうか?」

「おかげさまで、この短時間にこれだけボコボコにされれば順応しますよ・・・」

「カッカッカ!上出来上出来。これで修行が始められるってもんだ」

「僕がボコボコにされる事が必要だったって言うんですか・・・?」


 ジト~っとカイル師匠を見上げる。上下関係なら叩き込まれるまでも無い。実力差なんて初見でわかりきっている。それでも痛みを感じなくなるこの工程が必要という事は・・・。


「・・・ひょっとしてこれからも僕はお二人に殺され続けます?」

「まぁ幾度となく」

「・・・はぁ」


 とんだ死刑宣告である。どこの世界に「強くしてやるから何度も殺すぞ」なんて言葉を吐かれて喜ぶマゾヒストがいるだろうか。・・・いや、マゾヒストでもそんな奴はいないと思う。


「別に死んでも平気だから何度も殺すって訳じゃねぇぞ?」

「え?」

「死んでも平気だから死ぬギリギリの死線を何度もノーリスクで超える修行をつけるんだよ。んで、その過程で死ぬことも多々あるだろうって事」

「命の残量が無限でも精神は磨り減っていくんですけど・・・」

「なーに、すぐに慣れる」


 慣れたくないなぁそんな事。模擬戦場でだって何度も死んでるけど、あの感覚は何回味わっても得も言われぬ気持ち悪さが残るんだ。

 そう思い、これからの修行内容を考えて欝になりそうな表情をしていると、マディラ師匠が言う。


「第一の修行にはどうしても必要な事なのだ小僧。貴様に足りぬ物を与える為にはな」

「僕の足りない物?」

「あぁ。貴様に足りぬ物は”胆力”と足腰の強さ”だ」


 僕に提示された足りない物。胆力はなんとなくわかる。いつも模擬戦では相手の圧倒的な迄の実力差に、基本逃げ回る事が多くなる。それをどうにかしてくれるというのはありがたい。でも足腰の強さってなんだろうか?


「まず小僧にはこの空間と現実とで一つずつ課題を出す故、この一週間は毎日同じ事を繰り返す」

「で、でも僕は此処に来る方法を知りませんけど、どうすれば?」


 そう。僕はこの空間に来る手段を知らない。もし同じ条件を用意するのであれば、此処に来ようとする度アストルに殴られて気絶しなければならない。勘弁してくれ。


「それは安心せい。此処は云うなれば小僧の夢の中の様な所だ。小僧の精神が我らに同調し此処に来たのであれば、今宵からは就寝すれば勝手に来る事が出来るであろう」

「だから起きてる時も寝てる時も修行出来るって事だ」


 えぇ・・・、何その地獄。寝ても覚めてもそれじゃ休まらないんじゃ・・?


「それに此処で修行している間も身体は睡眠を取っているので体力は問題ない。精神も・・・最初は少々辛いだろうが慣れてしまえば問題あるまい」

「・・・精神がすり減るのは確定なんですね」

「強くなる為だ、諦めよ。」

「それに坊主があの貴族のガキに勝つにはそれくらいしねぇと時間がたりねぇしな」


 それを言われると弱いな・・・。しょうがない、やってやる!


「わかりました。改めてよろしくおねがいします!」

「うむ、では修行内容を教えてやろう。まず小僧が就寝している間は此処でひたすらに我らと模擬戦を繰り返す」

「え・・・」

「さっきも言ったが小僧には胆力をつけてもらう。我らとの模擬戦で死線を繰り返し体験し、技や魔法の威力に慣れてもらう。さすれば大抵の相手には怯まない心に鍛えられるだろう」

「んで現実ではこれをやってもらう」


 またしてても出たトンデモ論理に開いた口が塞がらない僕に、カイル師匠が紐を梯子状にして地面に広げる。


「これは?」

「こいつはラダートレーニングって云う鍛錬方法でな。こうやってやるんだ」


 そう言うとカイル師匠がゆっくりと手本を見せる様に足を動かす。


「まず片足を外から枠内に入れる。そんでもう片方の足を枠内に入れる。そしたら最初に枠内に入れた足を反対側の枠外に出して残った足もそれに続ける。この時腿をしっかり上げる事を意識しろ」

「それを繰り返しながら進み、全ての枠が終わったらまた同じ事を繰り返して戻ってくる。起きている間は時間がある限りこれを繰り返していろ」

「えぇ!?ずっとですか!?」

「そうだ。模擬戦までの一週間、空き時間は例え数分でもこれを繰り返すのだ」

「あ、因みに今は手本の為にゆっくりやったけど、本来はこうやって出来るだけ早くやるんだ」


 そう言った途端カイル師匠の脚がとんでもない速度で動き出した。シャシャシャシャ!っと風切り音を出しながら往復を繰り返している。


「こんな感じだな。あ、それと脚を動かしてる間は必ず片足が地面に着いている様にしろ。決して身体が浮いている状態にはしちゃいけねぇ」


 数秒で数往復を終わらせたカイル師匠が補足を加えながら僕に説明を続ける。


「それに加えてラダートレーニングを行う際は両足とも爪先立ちでやるのも忘れずにな」

「この動きを爪先立ちでですか・・」

「時間もやばいしとりあえず起きたらで良いから言われた通りにやってみな坊主」

「この動きに慣れた時、小僧の見る景色は大きく変わるであろう」


 このラダートレーニングという物にどういった意味があるのか僕にはわからないが、二人の師匠がグランに勝てる様僕に課してくれた修行だ。だったらまずは言われた通りにやってみよう。

 この二人に師事すると決めたのだから。


「わかりました。ひとまず言われた通りやってみます!」

「一週間後が楽しみだな」

「必ずあのガキをぶっ倒せる様にしてやるぜ坊主」

「よろしくお願いします!」

「うむ。ではそろそろ現実に戻るが良い」

「起きたいって思えば起きられる筈だ」

「はい。ではまた今夜」

「「あぁ」」


 別れの挨拶を交わし、言われた通り起きたいと思うと、その場で僕の視界がフッと暗転した。


 そしてジンが消えた空間に残っている二人は・・・。



「・・・とりあえず最初の顔合わせはまずまずってとこか?」

「どうであろうな。他者の考えを知る事は我らでも出来んからな」

「坊主はお前から見てどう思う?」

「・・・紛れも無く”天才”と言って良いな。18年見てきたが人間の身であれほどの魔法を使うのは唯の努力では無理だ」

「お前もそう思うか。体術に関しても人間の枠から出ちゃいないが、それでも学園じゃ主席とやらの連中以外にゃ敗けないだろうな」

「しかし改めて小僧と手合わせをしてみるとまた強く思ってしまうな。小僧がジンなのかと・・・」

「俺もまだ信じられねぇのは確かだけどよ、本当にそうなんだとしたら俺らの責任重大だぜ?」

「そうであるな。とりあえずは我らに勝てる位強くなってもらわぬと話にならんからな」

「だな。ジンは約束を守ったんだから今度は俺らの番だ」

「うむ。弟子が約束を破る等ありえん。小僧は我らの手でしっかり強くしてみせようぞ」

「これからも楽しみだしな。どんな事が起こるかワクワクするわ」

「フハハハ!何があろうと全て小僧の成長に繋げてやるわ!!そうであろう?カイル」

「勿論だ!・・おっ!坊主が目覚めたぞ」

「では見守るとするか」



 果てまで続く白い世界。此処での二人の楽しみは、水晶から見える外の平和な世を覗く事。

 かつて共にお互いの種族の繁栄の為鎬を削った両雄は、誰にも知る事の出来ない場所にて平和な国を見る。

両種族が共に手を取り合い、共存出来る等思ってもいなかったあの頃を思い、感慨深そうな眼で・・・。

 並んで座るその背中に当時の狂気や焦燥は無く、只々尊い物を見るかの様に佇んでいるのだった。

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