26、


*   *   *

 


 晴れた日の朝、ボロボロの部屋からは隙間風が吹き込み肌寒い。


 染みのできた天井に割れた窓ガラスの部屋では朝から気分が沈んでしまいそうだが、アリサは冷たい水で顔を洗って頬を叩いた。



(よし、今日は3人の元に赴いて、個人的に指導していこう!)



 昨日は会話が苦手な男性会員への一般的な話だった。

 今日は、各々に合ったアドバイスをしていくつもりだ。


 個人的指導の際には、人に知られたくない短所を指摘することもあるので、必ず一対一の面談形式にすると決めていた。


 まずはシャイで奥手なケビンの元へと向かうため、ギルドへ足を向けた。




 ギルド開店前、カウンターの掃除をしていたケビンに、少しだけ時間をもらった。


 通りの向かいのカフェでテイクアウトしたコーヒーを飲むのがケビンのモーニングルーチンのようだ。

 芳醇な香りが辺りに漂う。



「ケビンさんは、お仕事もできてギルド利用者からの信頼も厚い。

 現役時代は強大な魔物を倒した実績もあり、冒険者からは憧れの存在ですね」


 カウンター前の席に横並びで座り、アリサはケビンの長所をほめていく。


「そんな大したものではないが」


 眼帯をした左目からは、表情は読めない。

 ケビンはコーヒーを一口飲み、息を吐く。


「でも少し、人との密なコミニュケーションは苦手ですね。特に、女性との」


「む……確かにそうかもな」


 痛いところをつかれたと右目を泳がせる。


「穏やかに、相手の話を聞こうとする姿勢はとても素晴らしいです。

 今度は、相槌だけでなく自分の考えも言うといいと思います。

 何を考えているのかわからない、ただのミステリアスな男性に見えてしまうので」


 エグゼクティブパーティでも、相席居酒屋でも。ケビンは女性から話しかけられ、誠実に対応はしているが、無理に自分から話そうとすると、その場に不適切な話題を出してしまうことがあるようだ。

 それではせっかくの会話が終わってしまう。

 

 仕事中は、的確な指示のみで問題はないが、恋愛はそうはいかないだろう。


 思い当たる節があったのか、ケビンは唸り声を上げた。



「それは、よく言われるな…」


 ミステリアスで、クール。

 でも裏を返せば、とっつきにくて関わりづらいと思われて、恋愛のチャンスを逃していたのかもしれない。


「クールで一匹狼な冒険者は憧れはしますが、女性が結婚相手に望むのは、そばに居て心が落ち着ける人です。

 もっと積極的に自分の気持ちを伝えて、楽しい対話ができるようにしましょう」


 言わなくてもわかるだろう、というのは驕りだ。

 自分の気持ちを伝えて、会話のキャッチボールをしなければいけない。


「ああ、やってみる。ありがとう」


 的確なアドバイスに、ケビンが本日初めて笑みを浮かべた。


「ああそれ! 笑顔! 素敵ですよ。

 ケビンさんの笑顔をもっと見たい女性、多いと思います」


 普段ポーカーフェイスなケビンが、少年っぽさを残したあどけない顔で笑うことに気がついたアリサは、手放しで褒め称えた。


「普段からもっと笑ってください。ほら、表情筋を緩めて、にーって!」


「や、やめろよ……恥ずかしい」


 ケビンの両頬を摘んで、左右に引っ張り口角を上げる練習をする。


 急に笑顔を褒められて、顔を触られて驚いたのか、ケビンは頬を赤く染めてそっぽを向いた。



「積極的に話しかけて、自分の意見を言い、笑顔だな。

 わかったよ。時間だから、店開けるぞ」


 

 照れ隠しのため、立ち上がり開店準備を始めるが、



「はーい店長、今日もがんばりましょう!」



 手を上げてアリサが元気に返事をすると、またケビンがおかしそうに笑った。

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