25.
アリサはペンを置き、
「そして今日は、わかりやすいお手本としてゲストの方をお招きしました。
ウィルさん、どうぞお入りください!」
アリサの声にうながされて、部屋の外から一人の男性が入ってきた。
すらっとした背に、ジャケット姿が似合っている、清潔感のある若い男性だ。
「こんにちは、ウィルと申します」
「ウィルさんは、先日のエグゼクティブパーティで一番人気で、女性との会話がとてもお上手でした。
わざわざ来ていただきありがとうございます」
「いやあ、お恥ずかしい。
一度ならず二度までも、ルビオ王子にお目通りできて光栄です」
ウィルは恐縮しながら頭を下げるが、ルビオのせいで女性陣が殺到し、パーティは大失敗に終わったため、ある意味嫌味とも取れてしまう。
ふん、と鼻を鳴らしてルビオは首を傾げる。
武器商人をしているという彼は、客商売で培ったのか、身のこなしや会話術がとてもスマートだった。
パーティ序盤は、彼一人に何人もの女性が取り囲んでいたのだ。
王族の血筋で顔面チートなルビオに比べると、顔立ちは取り立ててイケメンではないが。
清潔感とセンスの良さ、スマートな身のこなしで、こういう人が結局一番モテるんだよね、とアリサは前世の経験で思った。
「では、婚活パーティという設定で、私とウィルさんが初対面の男女を演じますね」
並んで座っているこじらせ男子三人の前に立ち、簡単な演劇が始まった。
「初めまして、よろしくお願いします。
今日初めて参加したので、緊張しちゃいますね」
立っているアリサに近寄り、会釈をするウィル。
「爽やかに挨拶しましょう!
何回参加してても、初めてと言ってOKです」
アリサが、ウィルの一挙一動に婚活アドバイザーとしてコメントを挟んでいく。
何度も婚活の場に来ていたとしても、わざわざ連敗をいう必要はない。初々しさを出すため多少の嘘も方便である。
「へえ、川沿いの街にお住まいなんですね、あのあたりの自然は綺麗ですよね」
「出身地を聞き、褒めましょう。
特産品とか、気候とか。旅行で行ったことあるとか、良いですね」
会話のとっかかりとして、出身地は嫌味にもならず広がりやすい。同郷なら一番良いが、そうでなくても話題は広げれる。
出張の多いサラリーマンの会員が、47都道府県の名産品を暗記して、常套句に使っていたのを思い出す。
「お仕事は何をされているんですか?
僕は自分の店で武器商人をしています。大変ですが、やりがいはありますね」
「自分の仕事はサラッと紹介しましょう。
間違っても、仕事の自慢や愚痴を言ってはいけまん!」
職種により、収入などの判断もされやすいが、社会人かつ結婚相手には必要な情報なので必ず言うこと。
その際に、忙しい自慢や寝てない自慢、上司や部下の愚痴を言ってはいけない。
出会ったばかりの初対面の女性にとって、地球の反対側の天気よりも興味が無いものだ。
相席居酒屋で酔ってやらかしたクレイは、口を真一文字にして手元のメモにペンを走らせている。
「お休みの日は何をされているんですか? 読書ですか、おすすめの本があったら教えてください。僕が最近面白かった本は、『龍と魔法使い』ですね」
「趣味を聞き、共感を示しましょう。
全く知らなかったら、教えてくださいというスタンスで。少し知っていたら、そのジャンルで有名なものを。全く同じ趣味だったら、ラッキーだと思って盛り上がってください」
趣味は大切だ。人生という長い時間を一緒に過ごすのに、趣味が同じなのはかなりアドバンテージとなる。
前世では、男性には興味のないネイルやメイク、流行りのドラマや韓国旅行などと言われても、教えてください、と共感を示すように伝えていた。
映画や読書など、一般的な趣味なら、誰もが知っている作品を出して様子を伺うように。『龍と魔法使い』は、この異世界では万人が知っている有名な本らしい。
「おや、もう時間だ……。楽しいと過ぎるのが早いですね。よかったら今度ゆっくり話しましょう」
ウィルが腕時計に視線を落とし、そっと名刺を手渡す。そこには、彼の経営している武器屋の住所が載っている。
「名残惜しそうに、でもさっぱりと別れましょう。もう少し話したかったな、と後ろ髪を引かせるのが大事です。二人きりのデートに誘いやすくなるでしょう」
自分の話をそこまでせず、聞き役に徹し、共感を示す。
女性は楽しい時間を過ごせた思いが残るが、男性側のことはあまり聞けなかったことに気がつき、また会いたいと思わせるテクニックである。
「……以上になります。ウィルさん、ありがとうございました!」
アリサが拍手をすると、ウィルは恥ずかしそうに頭を下げた。
クレイは最後まで真面目にメモを取っていて、ケビンはつられて拍手をしている。
ルビオは、始終つまらなそうに腕を組んでいる。
仕事の合間にご厚意で来てくれたウィルに何度もお礼を言い、協力に感謝をして送り出した。
「このような感じで初対面の女性と話せば、好印象を持たれるはずです。
そしてデートの回数を重ね、3回目のデートで告白し正式にお付き合いを申し込むのが良いと思います。私も、しっかりサポートします」
実演はわかりやすかったのであろう、自分との違いにケビンは頭を抱えていたし、クレイは勉強になった、と喜んでいる。
休憩終了の時間を告げる鐘の音が鳴った。
ケビンはギルドの仕事へ、クレイとルビオは王宮に戻らねばならない。
「では、今日はここまで!
明日は、御三方に個人的に指導させていただきます。今日の復習をして、何なら近しい女性と会話して実践してみてください」
「やれやれ、こんなことを明日もするのか」
ルビオが面倒そうにため息をつくが、アリサがすぐさま止める。
「何ですか王子その態度は。
今日覚えた大事な言葉を忘れないでくださいね!」
「大事な言葉?」
首を傾げたルビオに、アリサは前に貼ってあった紙に書いたキーワードを手で隠す。
「一番最初に言いましたよ。
ここに書いた言葉です!」
真面目に授業を聞いていなかった生徒を怒るように、アリサが突っ込むと、
「王子、『きょ』から始まる言葉です!」
クレイが横からヒントを出す。
「きょ、きょ……? 『共感力』、だったか?」
「そうです!
早速今日から共感力を使ってくださいね!」
「ああ、わかったわかった。
良い婚活セミナーだったぞ。これでいいか」
「全然ダメです、やり直し!」
熱血婚活アドバイザーアリサの指導に、三人のこじらせ男子は翻弄されるのであった。
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