22.

 そうして1週間ほど経った。


『女性無料!まずはお友達作りにぜひ♪』


 という看板を目立つように店の入り口に立てかけ、アリサは頷く。


「相席居酒屋、本日オープンです! 

 ぜひお越しくださいー!」


 アリサが元気よく声をかけると、友人同士のグループが店に何組も入っていく。


 お店の半分は通常の食事に来た客用に、もう半分を相席居酒屋用に分け、受付で問いかける。


「お食事ですか? 

 それとも相席ですか?」


 食事目的の常連は頭に疑問符を浮かべているが、相席目的のグループは、少し恥ずかしそうに笑顔を浮かべて、席へとうながされていく。

 

 受付のアリサは男性二人組には女性二人組を、と人数を合わせて、異性同士を相席させていく。


「じゃまず自己紹介しましょうか!」


「お姉さん、こっちにビール追加ねー!」


 各席会話も盛り上がり、順調そうな様子を眺めてアリサは頷いていた。


 意外にも女性に評判だったのか、最後に来た女性三人組が余ってしまった。


 男性のいない席に案内し、まず先に食事や飲み物を注文して待っておいてもらうように頼んだ。


(店の空気も温まってきた。

 感じの良い女性三人組がちょうど入ってきたし、これは例の三人を相席させるタイミングね……!)


 アリサはスタッフルームへと素早く引っ込むと、そこに待機させておいた男性三人組に声をかけた。



「ルビオ王子、クレイさん、ケビンさん。

 準備は良いですか? 

 それではお席に案内いたします!」



 開店時から待たせていたため、部屋の空気が重い。


「ああ……じゃあ行くか」


 ケビンは少し緊張しているのか、ぎこちなく返事をした。


 いつものギルドで仕事をしている時と同じく、白いシャツにジーンズ姿だ。


「昼から酒を飲むなんて、何だか変な感じですね」


 クレイは黒いタートルネックを着ており、エリートビジネスマンの休日のような雰囲気だ。


「さて、相手はどんな者だろうか」


 前世で言うところのカシミヤのような上質な毛のベージュのカーディガンを着たルビオは、少し楽しげに立ち上がる。


(うう、普段着の三人も相変わらずかっこいい……! 

 ゲームのスチルにしたいぐらいね!)


 王族っぽい服をいつも着ているルビオとクレイの私服は、新鮮に感じた。


「それでは、男性たちから話しかけてくださいね! 

 そして、ルビオさんは王子だということを隠してください、またパニックになるので」


「まあ、致し方ないな」


「あと優しく相槌を打つように心がけてくださいね!」


 前回で懲りたのであろう。ルビオは肩をすくめて同意した。


(まだ不安だわ。何か会話の途中で合図を送れればいいのだけれど……そうだ)


 アリサはひらめき、三人に伝える。


「会話に詰まったら受付の私に視線を送っていただければ、簡単な合図をいたします。

 紙に書いたりハンドサインを送ってアシストしますね」


「はは、そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ。アリサさんは心配性だなぁ」


 クレイが大袈裟だ、と笑っていたが、なぜだか嫌な予感がするのだ。


「まあ、何かあったらアリサの方を見て、合図に気がつくようにするよ」


 ケビンが頷き了承する。


「はい、ではこちらの席でお願いいたします。楽しいひとときを!」


 受付のスタッフとして、アリサはルビオたちを女性三人組の座る席へと案内した。


 食事とお酒が置いてある卓にルビオたち男三人が並んで座る。


 女性達は向かいの席に座ったイケメンたちに色めき立っている。


 その席は受付から一番近いので、アリサにも会話の内容は聞こえる。

 男性陣の視線の先に見えるようにしたので、女性陣の背後から指示も送れそうだ。


 アリサは早速、ワイングラスを持って鳴らすジェスチャーをした。


 乾杯してください、という合図である。

 

「ええと、ではとりあえず乾杯しましょうか」


 クレイが優しい笑顔を浮かべ、酒を注文する。


 ルビオはシャンパン、クレイはワイン、ケビンはビールを頼み、すぐに運ばれてくる。

 女性陣も、各々のグラスを持った。


「では、この素敵な出会いに……乾杯!」


「乾杯!」


 クレイの呼び声に、六人がグラスを打ち鳴らし、口をつける。


(いい感じね、最年長のクレイさんが指揮をとってるのも嫌味がないわ)


 続いて、アリサはパクパクと口を開け、頭を下げるジェスチャーをする。自己紹介をしてください、という意味だ。


「では、次は自己紹介しましょう。

 私の名前はクレイ、ガーネット城で仕事をしております」


「私はル……ルークだ。

 私も、ガーネット城に勤めている」


 前回の失敗を踏まえ、ちゃんと偽名を使い、職業もうまく濁したルビオ。


 騙すのは少し気がひけるが、王子の肩書きがなくても好きになってくれる女性を見つける意味でも良いのかもしれない。


 女子も順番に自己紹介をしていく。


 右から順に、花屋、服屋、果物商店の店員をしているらしい。


(女性の方はほんわか系の花屋さん、おしゃれなアパレル系女子、明るく元気な果物屋さん、個性もばらばらね。

 冒険者でなくて店員なのも、町で安定した生活を望んでいそう。

 みんな良い奥さんになりそうね)


 自己紹介が終わったところで、唐揚げやポテト、フィッシュ&チップスのような酒に合うつまみの類がテーブルに置かれていく。


 それを皿に取り分けながら、渡していく女性たち。


 ケビンは好物なのか唐揚げをすぐに口に運んでいたが、ルビオは初めて見たのか、皿の上の唐揚げを凝視している。

 確かに、王族は毎日フルコースのような高級料理を食べているだろうから、大衆居酒屋のつまみは珍しいのかもしれない。


「そちらの三人はどういう御関係なのですか?」


「あたしたちは、昔からの幼馴染なの。

 親も仲が良くてね。あなたたちは?」


「私とルビ……ルークさんは職場が同じで。ケビンさんは、仕事で知り合った友人です」


 クレイが進行をし、うまく会話が回っていく。癖でルビオの名前を呼びそうになったが、うまく誤魔化していた。


 散々アリサが、男性から話しかけて、と口を酸っぱく言ったのが効いているようだ。


 そつなく会話が進み、受付で見守っているアリサはほっと胸を撫で下ろした。



「すみません、赤ワインをデキャンタでもらえますか?」


「俺もビールのおかわりを」


 クレイとケビンが店員を呼び止め、追加で酒を頼んでいる。



(ん……? 緊張しているのかしら。

 クレイさんとケビンさんのお酒の進みが早い気がするわ……?)



 そのアリサの嫌な予感は、的中することとなる。

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