第38話
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足音の響く狭い階段を上がり、薄暗い廊下にある突き当たりのドアを開ければ、またその中も薄暗い。
異様な香りが充満する部屋の床には白い顔に短い黒髪の人形が転がっているのを冬真は気にもせず踏みつけ、奥のドアを開ける。
奥に行くことを阻むように上から床にかかりそうなほど長いシフォン生地を無造作に掴み勢いよく手を振り下ろせば、上に仮止めしてあったピンが上からバラバラと落ちながら目の前が開け、奥にあるテーブルの向こうに座るそばかすの女が冬真を見ると微笑んだ。
『確認させてもらったよ』
聞こえてきた英語はさっき朱音が聞いた男の声だが、冬真は特に表情を変えることも無くただ座ったままの女を見下ろしている。
『君を疑うわけでは無いが、つい自分で確認をしたくなるタチでね。
なので気を悪くしないで欲しい。
あぁ、そろそろ搭乗の時間だ。では、また』
男の声が終わると、女は糸の切れた人形のように椅子から地面に倒れ大きな音が部屋に響く。
冬真は倒れた女を無表情に見下ろしたままで、助けることも無い。
その女の口から、ビー玉くらいの真っ赤な石が床に転がり出てきた。
そこに浮かんだのは薔薇十字。
その紋章が燃えるように広がって、その石は消えた。
少しして背後から数名の足音が聞こえ、冬真の後ろでその足音は止まる。
「・・・・・・逃げたようです」
「そうだろうね」
冬真は背後に来た相手に振り向かずにそう言うと、その中の背の低い女がため息交じりに答えた。
「何か、言ってたかい?」
そのまま誰の顔も見ようとせず部屋を出て行こうとした冬真に女は声をかける。
「いえ、何も」
それだけ冬真は言うと、その部屋を後にした。
女はそんな冬真が部屋から見えなくなったのを見て、またため息をつく。
振り返り床に倒れた女を他の者達が抱きかかえているが、気を失っているだけのようだ。
この場所について女に連絡をしてきたのはアレクでそれもついさっき。
冬真が先に情報を握り自分たちが駆け付けた少しの間、ここで何かがあったのは想像しやすいことだった。
『もう少し監視をすべきかねぇ』
女は内心そう呟くと、足下に広がる美しいシフォンの生地を踏みつけた。
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時間は既に夜の一時を回っている。
朱音は健人と食事をしたがほとんど食べることができず、そんな朱音を健人は特に注意することは無かったが、洋館から勝手に出て行かないように健人が朱音を見ているのはわかっていたのと、健人の締め切りが近いのに自分に付き添わせているのは申し訳ないと思った。
なのでこの後は部屋に戻って外には出ないと健人に約束して朱音は自室に戻ったものの、眠りにつけずじっとベッドの上で膝を抱えたまま冬真の帰りを待っていた。
冬真は全て知っていると言っても自分からどんな事があったのか伝えなくてはいけない、そう思っていたが段々と冬真に怒られてしまう、その不安の方が大きくなっている。
元々、『危険に感じそうなことは一切しないで下さい。
情報を得ても僕にすぐ伝えて、何があっても一人で勝手に動いたりしてはいけません』と言われていたのに、朱音は思い切り破ってしまった。
それも冬真に褒めてもらえる、少しは女性としてみてもらえるかもしれないという邪な考えがあった故。
どんなにあの女子高生二人にお願いされたからと言って、社会人である朱音が止めるよりもそれに乗ったせいで、二人を怖い目に遭わせてしまった。
段々落ち着き冷静になるにつれ、あの二人は先生たちに怒られていたりしないだろうか、そしてこれからきっと自分は冬真に怒られる、いや呆れられて二度と魔術師秘書はさせない、と言われるのではないかと不安が募る。
車の音がすぐそばで止まったことに朱音は気がつき、自室のドアのそばに行って玄関のドアが開く音をじっと待つ。
ガチャリと鍵の開く音と足音が聞こえ、朱音はたまらず自室のドアを開けた。
「朱音さん」
驚いたように冬真が部屋から出てきた朱音を見る。
アレクは少しだけ二人に視線を向けた後、会釈をして二階に行ってしまった。
「お帰りなさい」
視線を少しそらしながら朱音は小さな声で冬真に言うと、冬真は苦笑いを浮かべる。
「今日はお疲れ様でした。
疲れて眠れないならアレクにお酒を用意させましょうか?」
優しくそう声をかけられ、朱音は目を見開く。
言いたいことが沢山ある。聞いてほしいことが沢山ある。
でも冬真はそれだけで何も聞いてこないし、踏み込んでこない。
それが朱音の心を酷く苦しくさせ、次に出す言葉が出なくなってしまった。
「・・・・・・お休みなさい」
朱音は俯いて何とかそう言うと、自室のドアを開ける。
「朱音さん」
再度呼びかけられても朱音は振り向かない。
そんな朱音を見て冬真は少し目をつむり、再度目を開けると優しげな視線を背中に向ける。
「もうこんな時間です。
明日、ゆっくり話しましょう」
その言葉に朱音の背中が少し揺れる。
朱音は振り向かずに、はい、とだけ言うと、そのまま部屋に戻った。
ドアが閉まるのを見て、冬真は階段を上り二階に行く。
すると今度は健人の部屋のドアが開き、冬真は健人の方を向いた。
「朱音さんを見ていてくれてありがとうございます」
「・・・・・・お前は自分の行動や言動が自分にどう跳ね返るのか、本当に理解しているのか?」
鋭い顔つきで健人に問われ、冬真は健人に視線を向けたまま、えぇ、と答える。
「俺にはそうは思えないんだけどな。
お前の欠落している部分で一番大きいものが、自分自身の心への鈍さだよ」
そう言うと健人は部屋のドアを閉めてしまった。
ドアを見つめた後冬真は自分の部屋に入ると、電気もつけずそのドアにもたれかかる。
「そんなものに敏感だとして、何になると言うんでしょう」
冬真は部屋の隅の暗闇から出てきた黒い大型犬に視線を向け、
「朱音さんをよく守りましたね・・・・・・アレク」
そう言うと、足下にすり寄ってきた艶やかな毛並みの自分の使い魔であるその犬に手を伸ばし撫でる。
カーテンの引いてない窓からは暗い部屋に月明かりが差し込み、冬真はドアにもたれたままずるずると滑るように降りて長い足を投げ出した。
黒い大型犬は、窓を見ているのかそもそも何も見ていないのかわからない主の側で、寄り添うように座った。
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