第14話
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イベント当日。
イギリス館と書かれたプレートのついている重厚なコンクリートの入り口を抜け、車を回すために用意されたサークル状の車寄せ、その右側に白い洋館があり石造りの階段を上がって玄関の大きなドアを開ける。
目の前には広い廊下、その廊下を挟んだ目の前にホールの入り口があり、午前の部に数組のミニコンサート、昼休憩を挟み、午後の部は冬真含めた三回の講演があり、冬真がその最後を担当することになった。
基本はイベントを主催した団体のスタッフが、設営、客や参加者の対応もしていたが、来ている客も多いせいかスタッフは始終バタバタと慌ただしい。
既に冬真の講演は満員だったが、後ろで見ていては?という冬真の誘いに喜んでいくことにした朱音は講演の開始時間より遙かに早く午前の部がまだ途中というのに到着してしまい、一旦洋館に戻ろうかとも考えたがスタッフの人手が足らず大変そうな様子をただ見ていることは出来ず声をかけてしまった。
「何してるんですか、朱音さん」
その声に振り向けば、カジュアルなジャケットを羽織った冬真が何かのファイルを持ち不思議そうな顔をして立っていた。
家では割とラフな格好をして、仕事では必ず三つ揃いのスーツ、今日は格式張った講演ということでは無いためチノパンとカジュアルな白シャツに薄茶色のジャケット姿。
冬真が少し首をかしげれば、少し長めの艶やかなダークブラウンの髪が流れ、そんな冬真を既に女性達が少し離れたところで熱い視線を容赦なく向けながら騒いでいる。
そういう女性達を特に冬真が気にしていないのを見て、日頃からこういう目にあうのはさぞかし大変だろうと、朱音は外で会うたび妙な心配をしてしまっていた。
「スタッフの皆さんがお忙しそうだったので、冬真さんの関係者と言うことでお手伝いを」
そう言いながらホールに入る人に、本日の資料です、と笑顔を浮かべて渡す朱音を見て冬真は目を細める。
「朱音さん、あとはスタッフにお任せして入りませんか?
僕は緊張しやすいので知っている人が見てくれていると安心して話せるんです。
是非助けていただけると」
そういうと、ウィンクをしてスタッフに先導され冬真は前のドアに進んだ。
緊張なんて冬真がする訳がない。
自分を入りやすいように言ってくれてるのはわかるとはいえ、ただ優しかった冬子とは違い、冬真はどうも女性扱いというよりも子供扱いすることがあって朱音は複雑な気持ちになる。
年齢を未だに聞いてはいないものの、自分より年上なのは間違いないから仕方が無いのだろうが。
少しため息をついて他のスタッフに残りの資料を渡そうと思ったら、既に冬真はいなくなったのにその入ったドアを女性達が見つめ続けている。
目がハートになるとはこういうことなのだな、と思いつつ、朱音は声をかけて資料を渡すと後ろのドアを開けて静かに入り、真後ろの壁の隅にこっそり立って見学することにした。
並べられた椅子に座っているのは全員女性、用意されたホワイトボードに冬真が書くために少し斜めになればため息、前をゆっくり歩きながら説明すれば、全ての女性の頭が冬真の歩く方向を自動追尾している。
なるほど、こうやって宗教団体って出来るんだろうなぁ、と朱音は冬真のわかりやすい宝石の解説とは別の感心をしていた。
多分冬真がここで、高級な羽毛布団とか、がんが消える薬とかを紹介しても、一瞬で完売しそうな熱気を感じる。
後ろのドアからはこっそりと代わる代わるスタッフが様子を見に来ているが、全員女性で目を輝かせているところを見ると、進行状況を確認しに来ているようでは無いようだ。
朱音は笑いそうになりながら、スタッフが何度かドアを開けるたび、一人の女が廊下に立ってこちらを見ていることに気が付いた。
『あの女性、もしかして午前の部で歌を歌ってた人かな。
冬真さんがホールに入った後にも見かけた気がしてたけどなんでだろう』
朱音は気になりながらも前を向けば、ちょうど冬真が講演を終えお辞儀をして頭を上げた。
後ろにいる朱音に冬真は視線を向けると目が合って、にこりと笑みを浮かべる。
ばっ、と全員が朱音の方を振り向き、思わず朱音は内心恐怖で叫んでいた。
全員の目が、『あんた何なのよ!』という言葉で聞こえたからだ。
「ご質問などあればどうぞ」
冬真のゆっくりとした声に今度は全員が一斉に前を向き、ガタガタと立ち上がり、わっと冬真の周りを取り囲む。
写真撮影と録音は先に禁止にしていたため、何故か握手会が始まり列が出来ている。
朱音はほっと胸をなで下ろし、また参加者に睨まれないようにとこっそり後ろのドアから出た。
「あの、吉野さんの会社の方ですか?」
ドアから出てすぐに声をかけてきたのは、あの廊下に立ってこちらを見ていた女だった。
年の頃は二十代後半あたりだろうか、大きな巻き髪で年齢の割に化粧が濃く私服だと思うが色合いがかなり派手だ。
午前の部で見かけたこの女は真っ赤なドレスを着ていたため、最初は同一人物だとわからなかった。
朱音はもしもの時冬真の手伝いが出来るようにとグレーのスーツを着ていたせいか、冬真の仕事の関係者と勘違いされたらしい。
確かにパンフレットの冬真のプロフィールには宝石業と書いてあるし、凄腕若社長とその部下と思われても無理も無い。
「吉野さんにご相談したいことがあって」
切羽詰まったように言い寄る女に朱音は困惑する。
「すみません、私は吉野さんの知り合いではありますが、仕事の関係者では無いんです」
「でも知り合いなんですよね?取り次いでくれませんか?」
宝石の仲介はしていると冬真が言ってはいたが、朱音には詳しい仕事がわからずこういう人を会わせて良いのかがわからない。
もしもこの女性が魔術師関係の依頼なら取り次いだ方が良いのかもしれないが、まさか魔術師ですかと聞くわけにもいかず、私にはわからないのでと朱音は必死に繰り返していた。
「どうしました?」
その声に振り向き、冬真が近づいてくるのを見てほっとしたが、女もそれに気が付き、急いで冬真の元へ駆け寄る。
「吉野さんですね?」
「えぇ。僕に何か?」
「宝石でご相談があるんです」
「申し訳ないのですが、僕は紹介者のある方のみ仕事を引き受けているんです。
ですのでどこか宝石店に行かれた方がよろしいかと」
わかりやすいほど仕事を受けませんと言っているのに、女は動じない。
「いえ、吉野さんじゃなければいけないんです。
あなたのルックス、人を魅了する力、そういう人が扱い、良いと思う、そんな宝石が欲しいんです」
朱音は女の言っている意味がわからなかった。
なんで冬真のそういうところと宝石がつながって、それを欲しがることになるのだろう。
冬真は必死に宝石が欲しいと繰り返す女を見ていた。
「何か事情がありそうとはいえ、先ほどお話ししたように紹介者の無い方に販売はしません。
そうですね・・・・・・あくまでただ話を聞くだけ、ということでよろしければ少しの時間お付き合い出来るかもしれませんが」
女はその提案に考え込んでいたようだが、お願いしますと返事をした。
「朱音さんこの後時間ありますか?出来れば同席して欲しいのですが」
冬真は紹介者から相談のある相手なら女性と一対一で自宅の仕事部屋で会うのだが、実は自宅入り口、仕事用の部屋の玄関と部屋の中などに防犯カメラがある。
盗難を防ぐ為でもあるが、初対面の女性と一対一で会うのは男にとってもリスクがあるのを冬真は承知しているため防犯カメラを設置している。
今回は朱音がいるからこそ、女の話を聞こうとしたのだ。
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